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新作落語脚本展示場(11)『自販機さん』
私のサイト「なかむら記念館 落語別館」がこの3月末をもって閉鎖するため、そこで公開していた新作落語脚本を順次noteに移してまいります。
11本目は『自販機さん』。2002年7月に「落語別館」初の書き下ろし作品として公開したもの。23年前ともなると、読み返して「ここ書き直したい」って箇所ばっかりですが、あえてほぼそのまま。
~ ~ ~
<登場人物>
・長谷川
・長谷川の妻
・竹田(主人公の元同僚)
ほか
~ ~ ~
――(JR山手線池袋駅ホーム)
駅アナウンス 「池袋ー、池袋ー。
入口付近混み合いますのでー、順にお詰め下さーい」
長谷川 (独白)
「…毎日毎日、行きと帰りは満員電車にスシ詰めで、会社じゃデスクに詰めっきりで、上司や得意先には気を詰めっぱなし。
一日中詰め詰めしどおしなのに、なんで、肝心の人生だけ、こうツマらないんだろう…。
若い頃は夢があったなぁ……。
『21世紀の日本はオレが作る!』なんて息巻いて、2浪して一流の工業大学に受かって…
なんとかそこそこの電化製品会社にもぐりこんだものの…
20年たった今じゃ、その会社の子会社でもって、こんな、しがないサラリーマン生活やってるんだもんなぁ…。
オレは学生の頃、『ロボットを作る!』って、専門書とか読んで頑張ってたんだよ。
専門書っていっても『鉄腕アトム』とか、『Dr.スランプ』とかだけど…。
学生の頃だから、あんまり高い本は買えなかったから…。
それがどうだい、今、会社で扱ってるのは。
自動販売機だよ。
ロボットと自販機…同じなのは機械ってだけじゃないか!
いくら会社が機械を扱ってても、こう毎日毎日ツマらない生活じゃ、まるで自分自身が機械の一部みたいじゃないか!
(だんだん激してくる)
いいのかオレ !? こんなことで !?
こんな機械みたいな人生が楽しいのか !?
こんなスシ詰めの満員電車が楽しいのか !? えっ !?
(あたりをキョロキョロして)…いつの間にか、あたりがずいぶん、すいちゃったな…」
――(ドアチャイム)ピンポーン
長谷川 「ただいまっ!」
妻 「お帰り。どうしたの、血相変えて?」
長谷川 「あのな、オレ、明日会社に辞職願出す!」
妻 「ちょっとー、アナタいきなり何を言い出すのよー。
この不景気なさなかに、会社辞めるなんて」
長谷川 「不景気がなんだ!
オレの失われた夢を取り返すんだ!」
妻 「夢を取り返す前に、住宅ローンの借金を返さなきゃ!
だいいち、会社を辞めて、私たち家族3人の生活はどうするの?」
長谷川 「大丈夫。それはちゃんと考えてある。
明日会社から帰る時にな、倉庫から古くなった自動販売機の機械をくすねて来る」
妻 「自動販売機?
玄関先にコーラとかタバコとかの機械を並べて、小銭稼ぎしようっていうの?
ウチ、マンションの3階よ! 誰が買うのよ!
勝手に商売なんかしたら、管理人さんに怒られるから!」
長谷川 「大丈夫だって…オレに考えがあるんだから。
学生時代、オレが大学のゼミで何と呼ばれてたか、知ってるだろ?」
妻 「知ってるけど……『ゼミのマッドサイエンティスト』でしょ?
だから余計不安なのよ!」
――というわけでこの男、心配する奥さんを尻目に、会社を辞めちまう。
借りて来た軽トラの荷台に、タンスほどもあろうかという自動販売機を積んで帰りまして、マンションの裏の駐車場で何かゴソゴソやっている。
そうこうするうちに3日が経って……。
妻 「あなたー。あなたー。
さっきまた、会社の竹田さんからお電話があったわよー」
長谷川 「ああ、ありがとう。
『留守だ』って言っといてくれたか?」
妻 「ずいぶん心配なさってたわよ。
『長谷川、再就職は大丈夫ですか、よろしければどこか斡旋しましょうか』って」
長谷川 「そうかー。いいヤツなんだよ、竹田って。
同期で入社して、アイツは働きぶりが良いからどんどん出世して、
人事課の管理職に進んだあとも、ずっとオレのことを心配してくれてな」
妻 「それよりも、どうなの? 自販機は」
長谷川 「うん、もうちょっとで終わる所だ。
出来上がったら、3階の部屋まで見せに行くよ」
妻 「エレベーター平気? 重くない?」
長谷川 「平気平気。
中身を軽くして、下にタイヤもつけてあるから、ラクに動く」
妻 「じゃ、部屋で待ってるから」
――(ドアチャイム)ピンポーン。
妻 「あら、出来たのね?
いったいどんな風になったのかしら…。
(ドアを開ける)
あらー、綺麗になったじゃなーい。へぇー。
まだガラスケースには何も品物が入ってないけど…。
そういえば、まだこれで何を売るのか聞いてなかったわね。
ねぇーあなた、これで何を売る気なの?
…あら、いないじゃない?
あなたー、どこ行ったのー? あなたー?」
長谷川 「ウーッ」
妻 「あなたー?」
長谷川 「ウーッ」
妻 「ヘンねぇ、なんか唸り声はするんだけど…
どこから聞こえるのかしら……あなたー?」
長谷川 「ここだよ」
妻 「キャッ! びっくりした、中に入ってたの?
ケースの真ん中に窓つけて、目だけ覗かせて…。
遊園地の着ぐるみみたいね」
長谷川 「オレ、明日からこれを着て、町中をあちこち歩き回ろうと思う」
妻 「よしてよー、みっともない!」
長谷川 「いいんだよ、顔なんか見えないんだから。
それにどうせ、会社にいたって機械扱いなんだ。
狭い会社の中で苦しむぐらいなら、この移動自販機の中に入って、自分の好きな場所に移動できた方が自由でいいだろ!」
妻 「狭い会社って、その自販機の中も、ずいぶん狭そうだけど…」
長谷川 「いいんだよ!」
妻 「でもあなた、これで何を売る気?」
長谷川 「オレも考えたのはそこだ。
それなりに人気があって、仕入れが簡単で、それでいて、世間の盲点をつくような、どこにも無いような自販機製品だな」
妻 「そんなものがあるの? 何?」
長谷川 「日用雑貨だ!」
妻 「日用雑貨…またずいぶん、アバウトなククリねぇ。
まぁ、確かにどこにもそんな自販機は無いけど…」
長谷川 「じゃ、売り物を集めよう」
妻 「今から仕入れるの?」
長谷川 「今からじゃいろいろ面倒だからな。
とりあえず最初は、身近の不要品を商品にしよう。
押し入れや収納にいろいろあるだろ、お中元の余り物とか。
あと、おまえが『フリーマーケットに出る』って言って、捨てずに残してた品物な!
あれを全部、自販機で売るから、持っといで!
よし、持ってきたか。
古着に、子供のオモチャに、食器セットに…
お中元の石鹸に、缶詰に、ハンカチセット…
おっ、これいいなー。忘年会用に買ったパーティーグッズの鼻めがね。
それから…健康ブームだからこういうものも入れとかなきゃ。
アブトロニック」
妻 「そんな物、自販機で買う人いるの?」
長谷川 「いるんだよ! お手軽感覚で、自販機だとつい買っちゃうって人が!
あと何か、いらない物あったか?
あっ、これ売ろう。同僚の結婚式でもらった、新郎新婦の写真皿」
妻 「いいの? 知り合いの顔がついてるお皿なんか売って」
長谷川 「大丈夫だろう。すぐどっかに移動しちゃうから。
あとはそうだな、メイン商品にひとつぐらい、重々しいものが欲しいな。
よし、これを売ろう! 地球儀!」
妻 「大っきいわねー! 取り出し口から出ないじゃない!」
長谷川 「あぁ、そうかぁ…。
仕方ない、これだけは別扱いだ。売る時は後ろからポンッと出そう」
妻 「卵じゃないわよ!」
――わぁわぁ言いながら、売り物を自販機に詰め込んで、家を出ます。
始めのうちは、町行く人たちがみんな、自分に注目するので、
「おっ、オレ、スターになった気分!」
なんて無邪気に喜んでおりましたが、ものの小一時間も歩いているのに、何ひとつ売れない。
当たり前です。ゴロゴロ動いてる自動販売機なんて、気味悪いだけですから。
それでもこの男、移動することに一生懸命で、その大事なことに気づいてない。
――(移動する音)ゴ~ロ ゴ~ロ ゴ~ロ ゴ~ロ
長谷川 (独白)
「あぁ~暑ィ~。暑いなぁ~。
夏場は別の商売考えなきゃダメかな…。
それか、北海道とか軽井沢とか、涼しい場所でやらないと…。
それにしても重すぎたな、こりゃ~。
ちょっと品物を詰めすぎたかな…。
次からは、もっと軽い品物にしよう…スポンジとか麩菓子とか…。
あぁ~疲れた…。
まったく、なんで売れないんだろ…。
金魚屋さんみたいに、売り声あげてみようかな…。
『え~、雑貨~雑貨~』
…やっぱりヘンか…。
そもそも、自販機は売り声、発しないよなぁ…。
あぁーもうダメだ、ちょっと舗道の脇で休もう…どっこらしょ…。
あれ? 人が寄って来た?
あっそうか、今まで、近寄ろうにも動き回ってたんで、警戒してたんだ。
そうかー、最初から一ヶ所にジッとしてればよかったんだー。
なんで気がつかなかったんだろ…。
さーさー、日本初の移動自販機! 日用雑貨の自販機!
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい…あれ、みんな帰っちゃうね。
おっと、今度はおばさんの団体が来た。
ワイワイ騒いでるけど、なんか買ってくれないかなー。
おっ、一人が近寄って来た……!
…と思ったら、つり銭返却口に指を入れてやがる!
(大声で)奥さん! なんか買ってって!
…みんな逃げちゃった。
こりゃ、黙ってた方がいいみたいだな」
――こんな調子で、ハナは誰も寄りつきませんでしたが、
そのうち、物珍しさもあいまって、ボチボチ商売になってくる。
長谷川 (独白)
「いやーしかし、ジッとしてるのはラクでいいけど、自販機の中って、すげー退屈だよなぁ…。
外の世界ったって、このちっちゃい窓からしか見えないし…。
もう少し窓を大きくすれば…でもそれだと顔がバレちゃうしなぁ…。
そろそろ移動しようかなぁ…。
あぁ~暑い…眠くなってきちゃった…あぁ~。
(いびき)グゥー…グゥー…グゥー…」
――(自販機を激しく叩く音)ガーン!
長谷川 (独白)
「わーっ! なんだなんだ !? あー驚いた。
ん? 酔っ払いが逃げてった。
なんだよ、自販機を蹴っ飛ばしやがって、タチの悪い酔っ払いめ…。
……ん? 酔っ払い? もうそんな時間か?
ありゃー、すっかり暗くなってるよ!
うっかり寝ちゃったんだ! まずいな~。
家族が心配してるだろーな~。
今何時なんだろ? 時計持ってくりゃよかった……。
ん? 向うから人の声が聞こえる。
ちょっと時間を聞いてみるか。
あの…ダメだ、ありゃ日本語じゃないや。困ったな。
ヘーイ、エクスキューズミー! ファッツターイム、イズイッツ…
お、お、おーい !? オレをかつぎ上げて、どーする気だ !?
車の荷台に積んで、どーする気だ !?
ヘーイ! エクスキューズミー!」
竹田 「(自販機をコツコツと軽くたたきながら)…長谷川。おい、長谷川だろ」
長谷川 「うう~…エクスキューズミ~…」
竹田 「エクスキューズミーじゃないよ、長谷川だろ?
何やってるんだ? 自販機の中で」
長谷川 「うう~…。
あっ、竹田じゃないか…ここはどこ?」
竹田 「会社の自販機倉庫の前だよ。
おまえがこの間まで勤めてた会社の。
残業明け、帰ろうと思ってここをたまたま通ったら、怪しい外国人の集団が、自販機を取り囲んでボソボソしゃべってたんだ。
で、声をかけたら逃げて行っちまって…。
何か事情がありそうだな。話してくれよ。
うん…うん…。
『学生の頃は夢があった』…うん。
『ロボット作りたかったけど、今じゃ自販機作ってる』…。うん。
『会社の機械になるんなら、いっそ自分が機械になろう』…。
そうか、なるほど。
よかったじゃないか、夢が叶ってさ!
なぜってそうだよ。今の長谷川、ロボットみたいでかっこいいよ!」
長谷川 「かっこいい? ホント? えへへ…」
竹田 「まぁ、かっこいいのはいいけど、これで暮らしていくには、もう少し体力のある年頃でないと。
おまえ自身が体を壊しちゃ、元も子もないだろう。
奥さんもお子さんも、きっとそれを心配してると思うぞ」
長谷川 「家族か…(涙ぐむ)。
そうだな、家族のことは考えてなかったかもしれないな…」
竹田 「そうだ。オレがいい再就職先を思い出した。
そこへ行けるよう、話をつけてやるよ」
長谷川 「そうか! ありがとう、恩に着るよ!」
――(電話の呼出し音)プルルル プルルル
妻 「もしもし…あなた!
どうしたの、こんな時間まで連絡して来なくて…
心配したじゃない!」
長谷川 「おい! 喜んでくれ!
竹田の紹介でな、前にいた会社の親会社に、再就職が決まりそうだ!」
妻 「ホント !? よかったわねー!
私も内心、ハラハラしてたのよ!
それで、部署とかは決まったの?」
長谷川 「ああ、親会社のビルにある、社員食堂だ」
妻 「社員食堂?」
長谷川 「そう。そこのチケット券売機だ」
<完>
~ ~ ~
今読むと、なんか落語というよりショートショートみたい。
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