都会の暮らし・未来を変える都市農業のポテンシャル(前編)
前回は、人口減少に合わせたアプローチの必要性をご紹介しました。
東京圏はまだまだ人口が増えてますが、減少時代を想定した都市経営が重要だと感じています。
今回は前編として都市農業を「都市経営の視点」で紹介したいと思います。
1. 都市圏における人口増加の代償
繰り返しですが、高度経済成長期以降は、地方から都市圏への上京(特に東京)が進みました。
「always三丁目の夕日」みたいな。
すると宅地の需要が高くなり、宅地価格が高騰。住む場所を増やすために、山や田畑を切り開いて宅地にしてきたわけですね。
農地が減ると、環境や住環境も悪くなるので、「生産緑地」という農地を守る制度はできたものの、市街地にある農地は、宅地化の圧力にその面積を小さくしていきました。(下図の紫)
例えば次の国交省の資料によると、1976年から2009年の約30年で建物用地の面積は2倍(下図:上側の赤色)になりました。
ですが、2040年には人口が減って、空き家・空き地が増えてスポンジ化する(下図:下側で青が増えてくる)と予測されてます。
海外に目を向けると、フランスなどは農村地域と都市型地域がしっかりゾーニングされて、美しい農村風景が広がっています。
比較して、日本の都市部はスプロール現象と呼ばれるように、ランドスケープが意識されず、農地と住宅が無秩序に開発されてしまった都市エリアが多いことは否めません。(農業のために開発を制限されたエリアもあります)
※写真は川崎市ではなくイメージです。
そして、川崎市の住宅事情2016からの抜粋ですが5年間で世帯数より住宅の方が増えています。
川崎市は空き家が少ない方とされていますが、それでも増加傾向にあります。
この増加した住宅ストックには、もちろん農地であったケースも含まれるわけですね。
東京圏も例に漏れず、人も資本も集中して豊かになりました。でも結果、自然や農地が無秩序に失われたことも事実で、その風景が元に戻ることはありません。さらに将来スポンジ化すると、まちはどうなるのかという心配も。
2. 180度変わった国の政策
都市農業は、市街地とその周辺で行われる農業を指します。ちなみに川崎市は市域すべての農業が「都市農業」とされています。
これまでの開発からも明らかですが、都市にある農地は「宅地化すべき」とされてたんですね。なんと開発ありきでした。
でも
農地が「あるべきもの」とされて、本格的に守る動きへ変わったのは平成28年、ごく最近です。
そこから農業を継続したり、経営が工夫できるよう、制度がどんどん変わっていきます。
例えば、生産緑地に収益施設を建てられるようになったり、営農できる人に貸しやすくなったり。
生産緑地の期限も30年だったものが、税制優遇など、さらに10年延長して指定できる特定生産緑地制度も導入されました。
都市農業の経緯は、農水省のHPでまとめられています。ですが法律や手続き、運用はとっても複雑です。実際の制度利用も難しかったりします。
ですが、ここで注目されてきた都市農業。地方での農業とはかなり特徴が違います。
3. 都市農業にある実情は
私が衝撃を受けたのは、丁寧に育てられた完熟の野菜が、とんでもなく美味しいこと。
「小さくても強い農業」で大変有名な、久松農園さん曰く
生鮮野菜の味を決めるのは、栽培時期・品種・鮮度の三要素が圧倒的。これは、僕が繰り返し主張していることです。詳しくは、『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)参照。
例えば川崎の農家さんから購入した農産物。
トマトやイチゴの味・香りがとにかく濃かったり、ナスやオクラを生で食べられたり、梨やブドウも全く品質が違います。
①都市農業の魅力
そんな実体験も含め、都市農業の強みは、生産から消費までの距離(流通)が圧倒的に近いこと。
さらに、地方と比較して小さな面積で、たくさんの種類が少量ずつ栽培されるケースが多いです。
農家さんから見たとき、商品を切らすことなく年間を通して販売できるメリットがあります。
営農形態(売り方)も豊富ですが、庭先などの直売所から販売していることが多いのも特徴です。
新型コロナの影響で、遠出しなくなった代わりに近くを散歩するので、直売所で野菜を購入するお客さんが増えているとのこと。
私たち消費者側で考えると、豊富な種類の野菜を高品質で食べられるということ。
農業生産以外にも、人々の交流が生まれたり、食を学ぶ機会が提供されたり、景観の向上といった多面的なメリットがあるとされています。
例えば川崎市では、農地がフィールドになった「農園フェス」で多くの交流が生まれています。
②都市農業の現状
当然エリアで状況は変わりますが、川崎市全体を例にとると(川崎市農業振興計画より)
全国的な傾向ですが、
農家数(上図)、農地面積(下図)は減少傾向。
最新の農林業センサス2020では農家数1,049人。
当時の川崎市の人口割合で、約0.068%なので、10,000人のうち農家さんが7人くらいの計算。
ちなみに1,049人のうち販売農家は517人。販売するほどの量を生産されている農家さんは、全国と同様で減少しています。
次に経営規模ですが、5,000㎡(50a)未満が全体の58.6%で半数以上。
販売金額は、とても大きな農家さんもいますが、年間300万円未満が全体の68.5%となります。
当然たくさん農産物を売り上げるには規模が必要ですが、経営規模が限られるので高付加価値化したりブランディングなど、ビジネスモデルの工夫が重要になると思われます。
そして所得は、主な所得を農業以外から得ている農家さん(第2種兼業農家)は販売農家さんのうち51.1%(自給的農家を除く)
少し古い調査ですが、平成23年度の都市農業実態調査では、農家一戸あたり所得のうち約65%が不動産経営所得。川崎市が含まれる特定市はそれより多くて約70%となっています。
こちらの議事録からもマンションなど不動産経営をされている農家さんが実際いることが見てとれます。確かにまちを歩くと、農地だったところが住宅やマンション、大型のチェーン店に変わっているのが随所に見られます。
つまり都市農業では、不動産と農業の経営が並行するケースがそれなりに多いと推定されます。
4. 都市農業と密接なはずの経営課題
都市農業の課題としてよく挙げられるのは、
・農地の減少
・農業者の高齢化、担い手の不足
・農業所得が向上しない
・地域住民の理解が進まない
などなど
なので農業に対する支援(高収益化を支援する補助金や技術支援など)はよく見られますし、自然を相手にする農業は、すぐに収益化できないこともあり、それは大切なことでもあります。
ただ、以前に触れた商店街支援でも同じように、何にアプローチすべきなのか俯瞰してみる必要もあると感じています。
ということで、今回は都市経営の視点から、農業経営と並行する、「都市農業」特有の不動産経営やエリア一帯の経営にアプローチする重要性に着目したいと思います。
人口が減るなかで持続する都市を考えたときに、宅地化だけでない不動産経営のあり方も含めて、都市部に求められる農業へシフトしていくことも、次の世代へ農業を引き継ぐことに繋がるのではないでしょうか。
5. 人口減少時代に大切な「自然資本」
例えば、その一つの方向性として
こちらの成熟型のまちづくりの紹介です。今後、日本の縮退都市政策に必要な前提として
①コンパクト化と矛盾する郊外開発促進政策
②中心市街地における巨大再開発主義
③採算性が見込めない甘い計画にも安易に公的資金投入を許容する緩い補助金スキーム
と手を切らなければ、その成功は見込めない。
と指摘されています。川崎は特に成熟型の都市。
私が注目したいのは、欧米の都市(ロンドン都心部のリージェント・パークやニューヨーク・マンハッタン島のセントラル・パーク)の事例で言及されている「自然資本」の重要性です。
都市空間の経済的利用を最優先したこれまでの「人口増加・成長経済型の都市経営」とは異なり、「成熟型の都市経営」では、自然資本をもっとも重要な資産かつ戦略的資源と位置づけ、積極的な投資対象とみなすべきである。
そして書籍では、自然資本(公園や緑地)が豊かになることで、むしろ都市の価値を向上させるとしています。
自然資本の豊かさは、むしろ都市の価値を高める。最近は、「グリーン・インフラストラクチャー」の名で、あらためて都市の自然資本に投資していくことの重要性が強調されるようになっている(グリーンインフラ研究会 2017Rucshe and Wilker 2017)。
〜中略〜
都心部が貴重な経済的空間だからこそ公園・緑地を配置することで、その土地・不動産の経済的価値が高まることに留意した開発を行う必要がある
例えば、ニューヨーク市ブルックリン地区では、プロスペクト・パーク隣接地の不動産評価額が、公園完成前の1,900万ドルから、完成後に2,700万ドルと1.4倍に増大、公園整備が良好な住宅環境を作り、固定資産税の増加に繋がったことも言及されています。
ただ実は、書籍の自然資本に「農業」は触れられていないんですね。
そのため、ここから私見として着目したいのは、
数々の魅力がある「都市農業」には、自然資本と同様に都市部の価値を変える、大きなポテンシャルがあるのではないかという点です。
農業を「自然資本」として融合する都市は実現するのか。後半では、具体的に取り組まれている事例も交えて可能性を考えたいと思います。
ぜひ、一緒に考えていただけると嬉しいです。
前後半となりますが、お付き合いありがとうございました。後半もよろしくお願いします!