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マルジェラのような名作を生み出すブランドを作るための方法論【7700文字】

パタンナーの島村です。第2回目の投稿になります。
日々アパレルメーカーに勤務していて思うことは、100年後に今作られている服が元ネタとされる名作になっているだろうかと言う疑問。環境省のサステナブルファッションというホームページを見てみると、消費者が服を手放した際に7割近くは燃えるゴミとして処理されてしまうと言うのが実体としてあります。(びっくり!)
これは長く大切に使おうと思えるような魅力的な服を作れなかった作り手の問題でもあります。(アパレル構造による仕組み上の問題のインパクトも勿論あります)


量産品を作るアパレルメーカーのパタンナーとして、できるだけ多くの方々に対してかっこいい・可愛い・美しいと感じてもらえるような洋服を提供することが持続可
能な利益になる
と島村は考えております。


美しい・かっこいいという形容詞は個人的・主観的なものではありますが、誰が見ても美しい・かっこいいと思えるような普遍的な何かが存在するならば、それらの構造や仕組みを理解した上で仕事をすることが重要だと思われます。

そしてその構造や仕組みを体系化出来れば、別視点からの方法論の確立が期待できそうです。


衣服を着る上で私たちが普段意識しないくらい当たり前のようになった日常着には長い時間・年月を経ていくつもの革新があったと思います。

人々に受け入れられて今もなお残り続けているものは素材や形式は違えど、革新の連続で変化し続けて、その結果としての現在の洋服があります。それらの点どうしが結ばれいくつもの時代を生き抜いた時間性をもつ衣服がクラシックと呼ばれ、名作となり得るのです。

名作ヴァルーズシャツ(マルジェラ期のエルメス)



今もなお、名作として愛されるものにはどのような普遍性があるのか。今回は 【美しい】という主観的な内容を扱い、普遍妥当性を持つしくみを解明できないかという発想から資料を作成致しました。

《注意点》
この資料は形而上学的な内容を含みます。出来るだけ、よく分からない用語などは意味を※マークを付け、文章の最後に意味を付け加えております。

それでは行ってみましょう!



主観の伝達可能性


有名な傑作や作品についてしばしば、「その○○は名作だ」という言葉の使い方を耳にしますが、如何にしてそれが名作となるのかという条件や解説をしている情報に
ついてはあまり身近ではないような気がします。

それもそのはず、作品を生み出した製作者と物を享受する観照者は異なり、受け手の感じることと作り手の感じることは完全に一致することはとても難しいのです。

一方で分業制が当たりまえで、モノ作りに従事する人々(全体としての製作者)の数が多いファッション業界でこそ、その難しさは極地に至ります。


何をもって人は洋服を気に入るのか。そして愛着を持って、長く着用される服を生み出すにはどのようにしたら良いか。※趣味判断における多様に絡まり合う要素を総括し、総括したものを纏めて体系化しました。
※イメージ・ 概念として捉えることのできない判断のこと。

名作という普段使う言葉ではありますが、解釈の難しい言葉を沢山の本を参考にしながらその実態を※形而上学的に考察致しました。
※感覚ないし経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性(延いてはロゴス)的な思惟で認識しようとする学問ないし哲学の一分野のこと。簡単に乱暴な言い方で表すなら、実体のない物事を考えること。

参照:https://www.zukai.site/entry/2019/09/29/190345


日々、企業パタンナーとして働く中で、多くの方に「美しい・かっこいい」と感じて頂ける洋服を提供するには、まずは自分自身が「美しい・かっこいい」と感じる洋服を知る必要があるのは自明の事ですが、その主観を通じて理解し、措定をすることは全体に対しての有用性はないのではと以前から感じていました。

そこで今回はある古典の解説書である小田部胤久さんが書かれた「美学」という本を用いて「美しいという主観的な内容の普遍妥当性を持たせるための構造や仕組みを理解しよう」という命題とそこから導きだせる名作が名作としてなり得る条件を纏めてみました。何かしらの手がかりとして、参考程度に見て頂ければ幸いです。



「美学」という本は18世紀のドイツの哲学者であるイマヌエル・カントが書いた『判断力批判』という哲学書を解説している本です。

『純粋理性批判』、『実践理性批判』と並ぶ3大批判書(ここでいう批判という言葉の 意味は物事を根源的に吟味することを指します)として知られており、批判哲学を提唱して、認識論における基礎を作った人物です。
近代哲学の祖とも呼ばれています。

カントの三大批判書


美学という学問が登場してきた時代は18世紀半ば。
※ライプニッツの学統を受け継ぐ ※バウムガルテンによって新たに作り出された哲学的学問であり、「感性」「芸術」 「美」という3つの主題が1つに収斂するところに美学は誕生しました。

※ライプニッツ... ドイツの哲学者、数学者。ルネ・デカルトやバールーフ・デ・スピノザなどとともに近世の大陸合理主義を代表する哲学者。

※バウムガルテン...ライプニッツからの伝統を受け継ぎ、「美学」の創始者として知られる。


知性と理性のはたらきについて自然の認識の可能性を示した『純粋理性批判』
人間の道徳的なあり方の可能性を示し、道徳哲学の根幹を構築した『実践理性批判』
カントはこの二つの領域を媒介する能力として判断力を提起しています。

そして美と崇高さを考察し美的な判断力について論じる『判断力批判』を執筆し、当時の世の中で人間が認識出来ること・出来ない事を見定め、道徳的で正しく生きることはなにかを多様な側面から唱えた人物です。

その判断力批判を解説した美学という本の内容の要点を纏めて分かりやすく説明できればと思います。


美学という学問


はじめに美学というのは美しいという概念を説明する学問ではなく、※美的判断について形式化した学問のことを指します。そしてその形式に美は宿るということを前提 としています。

※美的判断(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典参照)
... カントの「判断力批判」においては,合目的性が快,不快の感情によって主観的に捕捉される場合の判断であり,ときに趣味判断とも呼ばれる。


つまり、なにかを美しいと感じたりするのはあくまで感情にもとづいてて、その根拠はだれにでも伝わる客観的な概念では説明できない(※事実問題ではない)ということです。

※事実問題(デジタル大辞泉(小学館)参照) ...カント哲学で、認識が成り立つ事実を事実として問題にすること。


しかしカントは、美的判断の仕組みを認識の成立の原理と関係づけて説明することはできる(※権利問題である)と考えました。(初見は何を言っているのかさっぱりでしたが、図解を作ってみたら何となく概要が理解出来ました!後半に図解を載せています)

※権利問題(デジタル大辞泉(小学館)参照) ...カント哲学の用語。認識が成り立つ事実を問題にするのではなく、認識が客観的に妥当しうることの根拠を問うことをいう。法律用語からの転用。


『判断力批判』ではその原理の働き方を主観の側から記述しています。私たちはなにかを認識するとき、2つのものを感じます。

それは、認識が捉える対象のデータと、それ以上の「+α」にあたる部分(=快不快の感情)のことです。

『判断力批判』ではその後者に焦点があてられています。美学は、美しいと判断する趣味判断を主題とし、 その判断の分析に向けられています。


この本は※『判断力批判』の何項にも絡み合う論理をまとめて、1章から10章まで展開・要約されていきます。

※『判断力批判』 ...イマヌエル・カントが1790年に刊行した哲学書。上級理性能力のひとつである判断力の統制的使用の批判を主題とする。

〈美しいものの分析論〉が最初に展開され、そこでは 【量】【質】【関係】【様相】という4つの言葉を用いて話が展開され、5章に渡って説明されていきます。

その中で3つ目の【関係】という分析の中で、趣味判断を支える「合目的性の形式」 ないし「目的なき合目的性」についての内容が「名作」とは何かを解明する手がかり として興味深い内容になっていました。

ここがこの美学という本の中で1番発見がありました!
目的なき合目的性というよく分からないコトバの意味を理解することで、名作を生み出す作り手になれるのではと考えました。

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6章から10章にかけては〈崇高なものの分析論〉へと話が変わり、※構想力の拡張・美的判断の根拠としての※演繹論、人々がもつ共通感官についてなど、難解ではあります が非常に豊かな表現方法を用いていきます。そして道徳的観念が付随されて、※悟性から理性(他律性から自立性)へと話が移行していきます。

※構想力(日本大百科全書(ニッポニカ) 参照) ...美的分野においては、悟性と主観的に合一して美を生み出す能力

※演繹論 ...一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る論理的推論の方法。帰納に於ける前提と結論の導出関係が「蓋然的」に正しいとされるのみであるのに対し、演繹の導出関係は、その前提を認めるなら、「絶対的」「必然的」に正しい。したがって理論上は、 前提が間違っていたり適切でない前提が用いられたりした場合には、誤った結論が導き出され ることになる。

※悟性 ...一般論としては、対象を理解する能力が悟性であり、その理解をもとに推論を行うのが理性である。


技術と芸術を対比させ、「美しい技術」としての芸術という新たな視点や「範例的独創性」や「美的理念」というキーワードを用いて「美しいもの」から「崇高なもの
へ」の移行論を論じています。

「近代を模索する書」として、主観的な私たち多数の意見を摺合せの中で均していき、物事の普遍性を模索する方法を身に付けることが可能となる1冊でした。


目的なき合目的性とは

さて、ようやくここからカントが提示した『目的なき合目的性』とやらの概念を図解に落とし込んで名作とは何なのかという問いに迫っていきます。

図解1:対象Aを観照する際の全体像

人はある対象Aを判断する際に、※感官を通じて【認識判断】や【趣味判断】を行ない ます。イメージ・概念として捉えることのできる判断を認識判断といい、イメージ・ 概念として捉えることのできない判断を趣味判断と定義しています。
※感官 ...感覚器官。また、その作用。

認識判断というのは認識の為に悟性を通して客観に関係づけられるものであり、概念を持つ為、伝達可能性を帯びています。

一方で、構想力を通して主観に、尚且つ主観の快不快の感情に関係づけられるのが趣味判断になります。個人の感情に基づいて美しいという言葉は使われるため、その美そのものについて語ることは主観的な内容を語ることになり、伝達可能性は無いと言 います。

カントは概念なくして、普遍的※適意の客観として表象されるものが美しいものであると判断力批判で展開されています。
※適意 ...心にかなうこと。気に入ること。



これはいったいどういった事なのか…?

それは美しいものを※表象する際の〈趣味判断における心の動き〉を順序立てて理解することで趣味判断の規定根拠を語ることが出来るのです。

※表象 ...一般には、知覚したイメージを記憶に保ち、再び心のうちに表れた作用をいう(イメージそのものを含めて呼ぶこともある)が、元来は「なにか(に代わって)他のことを指す」という 意味である。類義語に、記号、イメージ、シンボル(象徴)がある。


〈趣味判断における心の動き〉



①美しいものを表象するとき、心の中の表象諸能力(構想力と悟性)は調和的に活動する。

②調和的な活動は美しいものがどのようなものであるべきかの概念を伴わずして、快の感情のみ伴うのである。

③快感情は表象諸能力の活動と表象自体を持続し、美しいものを観照し、留まろうとする能動的な力が働く。留まろうとする原因は概念ではなく、快感情に基づく。
⇒これを「目的なき」と定義している。

④「表象→諸能力の戯れ→快感情→表象の持続」という循環的因果関係が主観の中で成立する。


上記の心の動き・状態は認識一般に関係づけられます。認識一般とは、客観についての規定された概念を持たないにも関わらず、客観への関わりを有するときの、主観面 での心の諸力の状態のことです。

客観に関する概念を持たない趣味判断においては、 概念が判断の根拠になりえない以上、この認識一般という有様の心の諸力の状態そのものが趣味判断の根拠となりえます。そういった意味での普遍伝達可能性があるとカントは言いました。

もう一度先程の図解を載せます。

図解1:対象Aを観照する際の全体像

具体的な話に落とし込んでいきます。

ある洋服を作ろうと考えた時、まず人は【認識判断】をもって、これは○○(概念) ということだから〜にする・〜した方がよい(意図や作為)という論理的思考をします。

対象を見極め、判断をしていく中でその目的に適った服が生まれます。それを広義の原型と呼ぶことが出来るでしょう。

具体的にはドレスウェアやスポーツウェアの枠組みになります。そして目的に合う素材・形態・色彩を選び様式を定めていく作業を経てそれがYシャツになるか、ポロシャツになるかは人間の所作を規定する様式に依拠します。


パタンナーに即して換言するならば、設計図(パターン)が概念にしたがって、作られた服が目的に相当します。パターンは服の原因である為、その服はパターンに対して合目的と言います。

着心地の良い服、ある目的の為に作られる服に対してそれらの意図を汲んだ設計図・パターンのことを目的に適ったもの、つまり合目的性があるということになりま す。その意図は経験的であり、論理的な方法を用いて概念的に説明ができることから認識判断によって伝達可能であり、技術として継承が出来るのです。

一方で意図とは 別のベクトルで考えられる趣味判断において既にある様式を発展させる方法がありま す。それが経験的に即し生まれた原型を直観で観照するという方法(芸術的アプローチ)になります。


表象諸能力の心の活動(構想力と悟性の調和的な活動)において、快感情を覚えるまでひたすらに表層部分である素材・形態・色彩(下記の図解参照)を入れ替え、探求します。

図解2:物の表層と深層

表層的とも呼べる素材・形態・色彩は変動要因として価値観が社会性や時代性によって大きく変化 していくものですが、その反復性によって表層的階層の必然性が快の感情に基づいて導き出せるということです。

これは意図せず、概念も持たないで反復の中で製作者自 身の意識を乗り越え、結果として無作為な自然を表象しつつも目的に適った技術を発揮することこそが【目的なき合目的性】だと主張しています。

物の様式の中で無作為(意図が無いところまで)に社会的価値・規範・イメージからの逸脱をしつつも目的に適ったものが新しい芸術や様式を生み出す契機となり得るの です。

その契機が名作のはじまりともいえるのではと思います。 また、歴史的事実に基づく過去は不変であり、それらの事実は私たちが生まれる前よりも遥か昔から成立していた文化やそれに係る社会思想を形成していることも受け入れられるものを作る為には理解する必要があるのでしょう。

図解3:目的なき合目的性と名作についての全体像

以上のことから、概念なくして普遍的適意の客観として表象されるものが美しいものであり、それが名作の条件としても当てはまるのではという考えに至りました。


趣味判断を通じて見えてくる名作の条件?


【4つの条件】
●快の感情をもって対象に留まろうとするか?
●範例的・模範的となりうるか?
●原型とリンクした様式には時間性をもっているか?
●共通感覚としてイメージ可能か?

今までの図解1〜3までをまとめ、上記4つの条件を仮定として置きました。簡単に流れとして、まずは認識判断で論理的思考を繰り返し、手を動かし続ける事が大事です。
さらに頭で考え抜いた先、快の感情を心で感じるまでひたすらに行動実践します。ようやく、なんだか分からないけど(合理的な根拠は説明が付かないけど)こうなった。という所までを目指すと、目的なき合目的性を経て新しい様式へ還元される条件みたいなものが浮かび上がるのです。

まとめ


以上の考察から一旦ここで、名作の条件と呼べそうなことを簡単に記述します。これらの条件が成り立つ根拠は明記するべきではありますが、今回は割愛。今後の記事を書く際に、別の形で共有出来ればなと思います!
あと少しです。

《趣味判断を通じて見えてくる名作の条件》
●快の感情をもって対象に留まろうとするか
⇒店頭などで服や家具を見た時に、ふと立ち止まるような場面をよく見かけます。その見ている名作の物自体に美が宿っているというケースです。

●範例的・模範的となりうるか
⇒ファッションロー的な側面もありますが、名作と呼ばれるものにはリプロダクト品
のように模範となるケースがあります。

●原型とリンクした様式には時間性をもっているか
⇒名作と呼ばれるものは素材・形態・色彩は時代によって変化しつつも原型とリンクした様式は長い期間存在し続けるケースです。

●共通感覚としてイメージ可能か
⇒長い時間かけて名作という事が周知されるとそのものの世界観のようなイメージが 表れてきます。ここまでのレベルで王道になってくると名作の物自体+世界観まで気 に入って愛される名作となります。一つの指標としてメルカリの2次流通の値下がり幅 が少ないとその傾向が見て取れます。

何か世の中にインパクトを与えられる物を作りたい、自分が死んだ後にでも語り継がれるような名作を残したいと考えものづくりをする方は多いのではないかと思います。そんな時にこの記事をあたらめて読んで頂けると何かの役に立つのではないかと思うので、是非いいねとフォローして頂けたら嬉しいです!
(今後も哲学などを入れ込んだファッションに関する記事を書いていきます)


ここまで読んで頂きありがとうございます。
さいごにカントの有名な言葉を引用してこの記事を終わりにします。 コペルニクス的転回と言われる「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」 という言葉がこの1部で書いた内容を包括していて思わずはっとさせられる言葉です。


人間が見ている物がすべて他の生き物にもそのまま同じ色や形状で見えているというわけではなく、人間の認識の仕組みが○○だから~という風に見えているだけで、実際はその物自体を直接把握することはできないという意味です。


様々な視点からものごとの仕組みを理解してその上で自分が納得して選択し、より良いモノ作りが出来ればと思います。


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