【読書往来】若林宣『帝国日本の交通網』

▼歴史・乗り物ライターの若林宣氏による『帝国日本の交通網 つながらなかった大東亜共栄圏』(2016年、青弓社)は、大東亜共栄圏が日本にとって分不相応であり、机上の空論だったことを事実をもって浮き彫りにする力作である。

▼帝国日本は1942年、東は真珠湾のハワイ、南西は中国大陸、西太平洋、インド洋まで戦端を広げた。

〈(帝国日本は)広大な版図を手にするが、それらの諸地域を有機的に結合する力を持たず、占領地相互間の交通ネットワークを十分に形成できないまま、敗走へと転じた。日本占領下での満足な交通機関といえば、旧宗主国時代に建設、整備された既存の鉄道や道路交通がせいぜいだった。だから、インフラ整備の著しく立ち遅れていたソロモンとニューギニア方面では「道なき道」を行くような戦いとなり、また戦争前に存在した東南アジア域内の船舶によるネットワークは破壊されたままだったのである。〉(237頁)

▼また、帝国日本の「帝国」としての力不足を、若林氏は東南アジアの「軍票」をキーワードに論じている。

〈東南アジアという南方資源地帯を旧宗主国から切り離して日本の経済圏に組み込んだつもりでいても、その経済活動を支える交通網を整備できなかった現実は、当時の東南アジアを経済的に引き受ける力量を日本が持っていなかったことを意味するのではないか。一見、軍事的占領によって円の経済圏に取り込んだように見えても、実際には各地域でそれぞれに発行された軍票は、実質的に内地の通貨とのリンクを欠き、中国の占領地も含めた地域がそれぞれに率が異なるハイパーインフレに見舞われた事実を見ても、そう考えるよりほかにないように筆者には思えるのである。/「大東亜共栄圏」という、日本を中心として、日本のために考えられた経済圏は、数年ともたずに崩壊するべくして崩壊した。占領した各域を結ぶ交通網(ネットワーク)さえ築けなかったのだから、「大東亜共栄圏」が砂上の楼閣に終わったのも当然のことだろう。〉(240頁)

こうした推測を支える、細かな、そして膨大な史実を、モザイク模様のように集め、遠くから眺めるとクッキリ輪郭がわかるように纏(まと)められたのが本書である。「面」の占領ではなく「点と線」を結んだにすぎなかった「大東亜共栄圏」が、〈占領地住民の過重な負担によってかろうじて保たれていた〉(208頁)実態も丁寧に描かれている。若林氏が取り組んだテーマは、史論を展開するための史料そのものが極めて乏しい分野であり、本書は日本の「近代」を考えるための貴重な資料集でもある。

(2016年3月22日 更新)

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