『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』――「佐藤優が選ぶ中公新書・文庫」を推す

【読書の前に】2016年5月2日(月)

▼銀座のブックファーストをのぞくと、「佐藤優が選ぶ知的ビジネスパーソンのための中公新書・文庫 113冊」のフェアをやっていた。すべての本に対する一言コメントが載っているパンフレットが置いてあったので、パラパラとめくりながら本棚と見比べると、並んでいたのは113冊のうちごく一部だったが、充実の選書だった。

この選書の全容は「中央公論」2016年5月号に載っている。佐藤氏の語り口が切れ味鋭く、視点も広く、とても良質のブックフェアだ。一言パンフレットを手にした人は、ぜひ全文の載っている「中央公論」版を読むことをオススメする。

▼この113冊のうち、筆者が読んだことがあるのは3割ほど。そのなかから、ゴールデンウィークにオススメの本を1冊だけ選んでみた。

それは、石光真人編著『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』(中公新書、1971年)だ。佐藤氏はこの本の特徴を、一言パンフレットにこう綴っている。

〈複眼的に歴史を見ることの重要さを示す一冊。会津藩士の子ども柴五郎の半生の記録で、敗者側から見た維新の裏面史であり、興味深い。国家というものの構造を、立体的に理解する手助けとなる。重要な史料だ。〉

▼NHKの大河ドラマで「八重の桜」が人気を博したが、本書はあの会津人の実録であり、薩摩、長州が抹殺した「黒歴史」だ。柴五郎は悲惨な少年時代を経て、大日本帝国の軍人となり、やがて中国問題の権威となる。佐藤氏の「中央公論」版の推薦文をみておこう。

〈感銘を受けたのは、第二次世界大戦末期のころの柴五郎翁の様子だ。/石光氏は、「この頃の翁の悩みは深刻であったと思う。過去一世紀にわたり、多くの青年が護国のために青春を棄て、血を流し、生涯を捧げ、また経済的困窮に堪えて、東洋における唯一の非植民地としての祖国を築きあげたのである。しかるに、翁の意思に反して対満支政策を誤り、拾収できない戦線を拡げたまま、いたずらに亡国を待っているかのようであった」(152頁)と書く。/日本が植民地化されないために必死で戦ったのに、その日本が植民地化を進めている。その政策を進めているのは薩長土肥である。こうした中で、会津人はともかく沈黙して、自分のするべきことを淡々とこなしていったのだ。敗者はつべこべいわない。会津人らしいメンタリティーを感じるとともに、国家統合の中では、こうした人物をも包摂していった当時の様子がうかがえる。国家というものの構造を、立体的に理解する助けとなる。重要な史料だ。〉「中央公論」2016年5月号150頁ー151頁

▼たった160頁ほどの薄い本だ。「第一部 柴五郎の遺書」「第二部 柴五郎翁とその時代」のうち、第二部に、柴五郎の人生を象徴するような一節がある。

翁の中国観/翁からお話をお聞きしているうちに、穏かな言葉ではあったが、第二次大戦について厳しい批判をされたことがあった。/「中国という国はけっして鉄砲だけで片づく国ではありません」「この戦は残念ながら負けです」「中国人は信用と面子(メンツ)を貴びます。それなのに、あなたの御尊父もよく言っておられたように、日本は彼等の信用をいくたびも裏切ったし面子も汚しました。こんなことで、大東亜共栄圏の建設など口で唱えても、彼等はついてこないでしょう」/私はお慰めするつもりで、戦況かならずしも不利でないことを説明したが、首を静かに振って問題にされなかった。〉139頁ー140頁

この一文に、日本人が忘れてはならない歴史の教訓、戦争の教訓が刻み込まれている。

▼柴五郎は安政6年=1859年、会津若松に生まれ、大正8年=1919年、61歳で陸軍大将、台湾軍司令官、軍事参議官となる。昭和20年=1945年12月13日、87歳の生涯を終えた。日本がポツダム宣言を受諾した4カ月後のことだった。

編者の石光真人は、柴五郎の最期の思いを次のように推測している。

〈緒戦からすでに敗戦を予言しておられたとはいっても、世界に冠たる大陸軍、大海軍を擁しながら、東半球の広大な地域に、戦力を分散し、無力化し、棄て去って、拾収できない戦線を拡大し、国民を不幸のどん底に蹴落として、先輩たちの永年にわたる労苦を、一挙に無に帰した後輩たちの、史上まれにみる愚挙を、眼のあたり見詰めて、「馬鹿なことを!」と胸中叱咤しながら世を去ることが、どんなに辛かったことであろうか。/おそらく翁にとっては、会津落城、下北半島流浪の苦しみにまさる痛恨事であったと思う。〉153頁ー154頁

「日本」という言葉には複合的な意味がある。『ある明治人の記録』を読むと、そのことが骨身に沁みる。筆者がきょう買った本の奥付には「2015年1月25日56版」と記されている。

(2016年5月2日 更新)


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