猫になりたい / スピッツ短歌
薄闇の衛星みたいなダイニングきみの声ばかりひかってしまう
もう湯気はたたない青いマグのなか異国の浜辺に似ているミルク
さみしさは季節みたいにめぐるからだから言い訳にちょうどよかった
言葉など役にたたない肌寒いソファーのうえの甘いまぼろし
このあいだ猫に引っかかれたんだよねさわれない腕消えかけのキズ
『こいびとは犬と暮らしていたらしい』
胎教もスピッツにしたいねと笑ってはカラオケでわたしがよく歌う『猫になりたい』を楽しそうに聴く友達は、スピッツの曲から名付けられた名前がよく似合う。音楽にからだを揺らす彼女の姿が好きで、その無邪気さが、いつも、ほんの少し羨ましい。
『猫になりたい』を歌いながら、わたしはいつも犬になりたかった。好きなひとを玄関まで迎えに駆けて、離れないようにつながれて散歩して、いつだって撫でられたらうれしくて、そのひとがいなければ死んでしまうかもしれない、かわいいだけの犬。
けれど、束縛されるのなんて嫌だって猫みたいな目で猫を撫でる彼女がよっぽど美しく見えるので、わたしは丸まった背中をさらに丸めて、そんなところばっかり猫みたいになってしまう。
スピッツの歌う“君”にわたしはなれるのだろうか、とぼーっと薄い紅茶を揺らしながら、そういえば彼女はいつも姿勢がよかったな、と、慌てて背筋を伸ばすのだった。
スピッツ×短詩企画『犬になっちゃう紙 vol.3』より
生活になるし、だからそのうち詩になります。ありがとうございます。