「好きにすれば」という発言の深い意味〜受動的攻撃をする初職の二人目の元上司の場合〜
表題の台詞は
直接表現せず遠回しにして遠回しにして「怒り」の表現をする #受動的攻撃 の一種である。
初職で入社当時は主任だった元上司や一期上の年下の先輩に注意されて反論すると必ず、
「好きにしたら⁈」と言われる始末だった。
支配的で自由裁量を許されない厳格な家庭で育った私は、
あんなにうるさい奴らがそう言ったのだからやっと自由になれると額面通りに解釈したものの、実際にそうしたらまた言われてしまうという危惧から何も出来なくなってしまったことがあった。
本当の意味は
私の言い分に対して指摘されたことに対して反抗的で従順になれなかったことに対する怒りで見放したという対応だった。
今回は初職の二人目の元上司について語ろう。
二人目の元上司は所謂マニュアル人間でかつ、前任の元上司から引き継いだ方針や昭和型の指示系統のシステムを忠実に遵守した性格であり、
職場内カーストの最下位者に相応しく、上からの命令は絶対でマニュアル通りに円滑に遂行することを絶対であり、配属時から異常な職場環境であったことは勿論、反対意見を直談判しても聞き入れず、裏に自分自身の査定に影響してしまう恐れがあるという意味が込められている。
主任時代から、
伝票の認印を頂きに行く為に貧乏ゆすりを頻繁にしていることから、私のことを信用していないのではないかと感じており、性格が違えど、前任の元上司がしたことを額面通りにやって退職するまでつまらない仕事しか与えなさそうな部分は当たっていた。
又、その元上司の最終学歴が高卒で #底辺校 出身であったことを知り、
同じ底辺校出身の私からすれば、部下をサポートすべく立場にも関わらず、物事を深く考察する能力がないと見做した。
前任の元上司程執拗な感じではなかったのはまだましであったものの、
表面上における #パワハラ 要因はなく、私がその元上司から受けた指摘に対して否定されたという間接的な怒りが込められており、抑圧した要望がかなわないことに対する反撃が癪に触って静かな攻撃をしたことから、パワハラ 要素にも繋がったのではないか。
子会社に出向してから、電話でやりとりすることが多く、
その当時とは違った生き生きとした口調で対応されて困惑した。
私はまともに相手しなかったが、
恐らく厄介者である私から離れて解放された様子であり、現在だったら遠回しな言い回しで禁止行為をされたこともあったことから、 #ハラスメント であると見做すことが出来、将来的にいい関係でいられないと切り捨てた。
当時20 代前半の若輩者で若気が至った私に対して、
抱えている問題を放置されてたというか、ダメ社員と見做されたという感情的な対応から仕事を与えず、育成を放棄したのも同然であり、それを人並みに出来ないというコンプレックスでしかないという受動的攻撃で片付けるのは、 #経験格差 を恐れている私に対して「諦めろ」という社会的殺害と言わんばかりだ。
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只今失業中で高齢家族に合わせた生活を強いられており、取材する時間と費用がない状態で2時間という短時間で執筆しなければならない厳しい状況です。
主たるジャンルはいじめ、ハラスメント等の労働・社会問題を過去の回想を基にして執筆しております。