「黒影紳士」season1-短編集🎩第六章 炎の影
🔸この章は黒影紳士
🔗season3-1幕と連鎖
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――第六章 炎の影――
六、炎の影
「最近上手くいっているそうじゃないか。」
風柳が何時もの調子で、黒影をからかいに家まで来るとそう言った。黒影は何時もの愛想笑いをしながらも、悪い気分ではないようだ。
それもその筈、黒影の嫌われていた一見グロテスクな影絵が近頃話題になっているのだ。
それも、黒影の難事件解決の御陰と言ってもいい。
黒影が影絵を描き始めた当初はあまりの不気味さに誰も気には留めず、風柳を通して警察からの恩恵として絵と引き換えに報酬を貰っていたのだが、今や世間に注目され、何処で手に入るのかとマニアの中ではかなり貴重なものとされているのだ。御陰で黒影は難事件を解決する事もなく、生活費を稼ぐようになったのはいいが、白雪はあまり喜んではいないようだった。それもその筈、白雪は黒影の人気が上がると共に、自分の能力が表沙汰になるのをおそれているのだ。それになんと言っても、黒影に悪い虫でもつかないかと冷や冷やさせられる毎日なのだ。
そしてとうとう…黒影の絵を一般公開する事となったのだ。それを聞きつけた風柳が、いてもたってもいられずこうして押し掛けて来たという成り行きだ。
「一体、何処で公開するんだい?やはり、ここまで人気が上がってしまったらさぞかし大きい個展を開くのだろう?」
風柳は白雪の思っていた通り、黒影に根堀りはほり聞くではないか。しかし、黒影は少々飽きれながらも、
「いいえ…私は目立つのが嫌いな性分でしてね。出来るだけ小さい個展にしようと、地元の小さな画廊にお願いして来たのです。それも…出来るだけ告知しないようにね。
…絵と言うものは多ければいいと言うものじゃないのです。謎めいていた方が価値があるってものでしょう?」
と、笑いながら答えた。
「白雪ちゃんは黒影が個展を開くって言うのに、面白くないのかい?」
風柳は黒影の横でずっと膨れっ面で黙っている白雪を気にかけてそう聞く。白雪は、
「そりゃあ黒影が個展を開く何てこれ程祝う事はないわ。…だけど…。」
と、言葉を濁らせる。
風柳は白雪の何時もの恋の悩みじゃないかと思い、こっそり聞き出そうと自分の耳に手を当てて白雪に向ける。白雪は待っていましたと言わんばかりに風柳の耳に小さな声でこう答えた。
「その画廊のオーナー、女なのよ。しかも、私が言うのも爍だけれどかなりの美人で、黒影が好きそうな和服美人。私は毎日はらはらして黒影の監視してなきゃいけないんだから、黒影の個展発表を祝ってるどころじゃないってわけ。」
それを聞くと風柳はがははと笑いながら、
「白雪ちゃんは多忙なのだね。」
と、言ったが黒影には白雪の小言が耳に届かず何の事かと風柳と白雪の顔を呆然と伺っている。
「鈍感な男を持つと女は苦労するって話よ。」
そんな黒影の姿を見て、白雪はあしらうようにそう黒影に言ったが、それでもまだ黒影には一体誰の事だかわからないようだった。風柳は溜息をついた白雪の肩に微笑みながら何も言わず手をぽんと置くだけだ。
「まるで主婦の井戸端会議みたいだな。」
と、黒影は言うなり二人を置いてそそくさと個展の準備に勤しんでいた。黒影の鈍感な性格は今日も変わらずと言ったところであろうか。相変わらず何やらこそこそ話を続けていた二人はさて置いて…黒影は自室に入って個展に出す為の絵を吟味していた。五枚程決まるとその絵を厚手の紙で梱包して紐で括るという作業を数回繰り返すと、リビングでお喋りをしている筈の二人に、
「絵を届けに行きましょうか。」
と、軽く声を掛けると、荷物を数個抱え階段を降りて、玄関に荷物を置いた。
「私も手伝おうか…。」
そう黒影に言うと、風柳も荷物を運ぶ協力をし出す。そんな風柳と黒影の姿を見ながらも白雪は相変わらずの膨れっ面でいた。ここのところ毎日画廊に足を運ぶ黒影に、機嫌を損ねていたのかも知れない。
「これで全部ですね。」
三人が画廊に影絵を運んで、全ての荷を降ろすと、画廊のオーナーの女性がそう黒影に声を掛けた。黒影は、
「ええ、後は当日にお願いします。」
と、答える。そしてオーナーの勧めるように三人はお茶を戴いて暫し、寛ぐ事となったのだ。
「どうも紹介が遅れまして…。私、ここのオーナーをしております、山岡佐江子と申します。」
そう自己紹介をするなり、オーナーの山岡佐江子は風柳に画廊の紹介状のようなものを手渡した。
「わざわざ丁寧にどうも。風柳と申します。黒影君とは、よく事件を一緒に担当させていただいているんですよ。」
と、風柳は和やかに話を進めた。
「そちらの可愛らしいお嬢様は?」
山岡佐江子は黒影に寄り添うように座っていた白雪が気になってか、黒影にそう訪ねる。黒影は、
「ああ…妹ですよ。」
と、何時ものように白雪の素性を隠してそう言った。
「そうでしたか。こんなに可愛らしい妹さんがいたなんて知らなかったわ。本当に黒影さんは謎めいた人でいらっしゃるのね。」
と、それを聞いた山岡佐江子は言うと微笑んだ。そして…
「ああ、そうでしたわ。二日前程に送られてきたあの絵は何処に飾るのかしら?」
と、山岡佐江子は黒影に聞く。黒影はそれを聞いて何の事かと首を傾げて、
「僕は今日初めて個展に出す予定の絵を決めて持って来たのですよ。今日以外にこちらに絵を預けた覚えはありませんが…。」
と、答えるのです。白雪はその会話を聞いて、黒影が白雪に黙って画廊に来ていたのではないかと、
「どういう事?」
と、問いただすが黒影は、
「いや…本当に、私はそんなもの知らないよ。」
と、答えるだけだ。
「どういう事でしょう…。」
山岡佐江子は黒影の思いもよらない返事にそう呟く。
「絵を持ってきてみましょうか?」
と、山岡佐江子の後ろから現れた一人の女が黒影に提案した。
「あなたは?」
黒影は、その初めて見た女性に思わずそう伺う。
「ああ、まだ紹介しておりませんでしたわね。この子は白石穂奈美(しらいし ほなみ)さん。私一人でこの画廊を経営するには人手が足りないものですから、たまにこうしてお手伝いをしてもらっているのです。」
と、答えたのは山岡佐江子の方だった。
白石も紹介されて軽い会釈をする。山岡佐江子とは相反して洋装の今時の風貌の女性だったが、どことなく品を伺わせる顔は山岡佐江子にも似ているようでもある。
「じゃあ、絵をお願いしてもいいかしら。」
山岡佐江子は白石にそう仕事を言い渡すと、やがて白石は丁寧に包装された一枚の絵を抱えて待っていた四人の前に持って来た。
黒影はそれを受け取るなり、早速包装の紙を破り中身を確認する。
「どうかされたのですか?」
黒影にそう声を掛けたのは白石だった。黒影は絵を見るなり、ぴくりとも微動だしなかったのだから、そう聞いたのも当然だ。
「顔色が悪いわ…。」
白雪も黒影の顔を覗き混んでそう言いながら心配そうな顔を黒影に向ける。黒影は真っ青な顔で、何時もの余裕のある態度とは明らかに別人の者のようにも伺えた。
「いや…。絵を運んで少し疲れただけだ。少し部屋の外に出て休んで来ます。直ぐ戻りますから…ご心配なく。」
と、黒影はそこにいた全員に余計な心配をかけまいと、手に持っていた影絵をそのまま抱え、部屋の外へと逃げるようにそそくさと出て行った。
「大丈夫でしょうか…。」
山岡佐江子が黒影の身を案じて、黒影が出て行った部屋の扉を見つめながらそう呟く。
「私が見て来ますよ。何、本人はああ言っているのだから心配する程の事もないでしょう。皆さんはここに居て下さい。」
と、言うなり風柳が席を立って黒影の後を追って部屋を出て行った。
風柳が部屋を出ると、廊下に黒い後ろ姿の黒影が立っているのが見えた。風柳は、何もなかったのだと少し安堵したものの、先程までの黒影の何時もと違う様子にどうかしたのかと声をかけようと歩み寄ろうとした。その時だった。黒影は壁に凭れ、するりと壁を伝って廊下の床に崩れるようにかがみ込んだ姿が見えるではないか。風柳は慌てて黒影の元に走りよる。
「一体、どうしたって言うんだ。」
そう風柳が黒影の肩を持って聞いた時、黒影は屈んだまま口を片手で覆い隠し、何か恐怖を感じているかのように額に汗を滲ませ、青ざめた顔で床を呆然と視点の定まらぬ瞳で眺めていた。肩は呼吸が混乱している所為か大きく上下している。
「おい!落ち着け!」
風柳の声に我を思い出したのか、黒影は徐々に平静を取り戻して行くように伺えた。
「あの影絵…私の両親の死体だった…。」
黒影は小さく風柳にそう言った。
「何だって!?」
黒影が力なく差し出した影絵を受け取りながらも、風柳はその影絵を確認した。風柳は余りの驚きに暫し言葉を失った。黒影の言った通り、影絵に描かれていたのはまさしく黒影の両親が亡くなった時の姿そのものだった。影絵だから黒い人影だけだが、風柳は当時、黒影の家が燃やされた事件の担当もしていたので、遺体がどのような姿で発見されたのか目に焼き付いて今も忘れた事はない。キャンバスに描かれた二人の遺体の影が、風柳にあの事件の事を鮮明に甦らせる。
「しかし、あの事件後直ぐさま警察関係者が現場を囲った筈だ。誰もあの現場…否、君のご両親の亡きお姿を見た者はいない筈だが…。」
と、不審に思いながらもそう風柳は口にした。
「…犯人だとしたら?」
と、黒影はぼそっと口にした。
「そんな…。」
風柳は黒影の言葉に思わすそう言うなり押し黙った。両親をなくしてから誰にも心を開かなかった黒影が、やっと笑顔を見せるようになったのに…また、黒影がこの絵の所為で昔の彼に戻ってしまうような気がして、風柳は絵を睨む事しか出来なかった。黒影が未来に起こる事件の被害者の影絵を夢で透視するようになったあの頃…黒影は何時も、自分の両親の犯人が見つかる為ならば…憎き犯罪が無くなるのならばと、どんな事件でも進んで協力して来た。今…黒影が追っていた、一番解決したかった事件が黒影の目前に現れたのかも知れない。犯人らしき人物から送られてきた影絵の裏には“個展を中止しろ”と、新聞の切り抜きで書かれてある。
「いいか、まだ犯人からだと決まったわけじゃない。そのままでは白雪ちゃんも心配する。この件に関しては俺に任せてくれないか…。」
風柳は黒影の項垂れた顔を持ち上げると諭すようにそう言い聞かせる。黒影は、
「もう少し…落ち着いたら、部屋に戻るよ。皆には寝不足だったからと伝えてもらえますか。」
と、何時ものように淡々と卒なく風柳にそう言ったが、それは何処か虚勢を張っているようで…風柳は、思わず黒影の気持ちを察して胸を痛めずにはいられなかった。しかし、傷ついて終わるだけでは駄目なのだ。自分が至らなかったが為に、一人の青年が記憶を失い、微かな記憶の断片だけを頼りに影絵を描き続けた運命を思うと、己のやるべき事が見える。風柳はそんな想いを胸に黒影に、
「ああ、大丈夫だ。もう心配するな。」
そう言って何かの決意に突き動かされるように立ち上がり、部屋へと戻って行った。
風柳は黒影を置いて他の皆が待っている部屋へ戻ると、
「大丈夫だったよ。…ただの寝不足だったらしい。まったく心配を掛ける奴だ。」
と、笑いながら言った。
「そうだったわ、黒影さんは夢を絵にするのでしたわね。起きては描いてを繰り返していたら誰だって体調を崩しますわね。」
と、オーナーの山岡佐江子が言う。
「確かに昨日もあんまり熟睡はしていなかったみたい。夜中に珈琲を作る音がしたもの。」
と、白雪も納得したようだった。
「山岡さんは黒影の事をよくご存知のようですね。」
風柳がそう聞くと山岡佐江子は、
「ええ、最近有名になられたようですが、私はそのずっと前から黒影さんの描く影絵のファンですの。一色で描かれ一見簡素ですが洗練された画風は逆に見る側の想像力を引き出されるものです。」
と、黒影の影絵がよほど気に入っているのか、そう褒めたたえる。白雪はそんな山岡佐江子がよほど気に食わなかったのか、目を合わせる事もない。風柳がどうしたものかと狼狽えていると、丁度いい頃合いに黒影が戻って来た。
「ご心配をお掛けしてすみません。随分良くなりました。」
と、入るなり何時もの笑顔でそう言うと、そこにいた誰もが安堵の表情を浮かべる。
「それにしても一体誰が描いたんでしょうね、この影絵。悪い悪戯ね。」
黒影から白石は影絵を受け取りながらそう呟いた。その直後に、何処からかベルの音が聞こえてきた。
「あら…誰かしら。ちょっと失礼いたしますわ。」
そう言うなり、山岡佐江子は部屋を出る。相手の声は聞こえはしないものの誰かと話しているようだったが、やがて血相を掻いて部屋に戻ってくるなり白石の肩を力無く持つと、
「拓郎さんが…。」
と、言うと同時に崩れ落ちた。
「どうかされましたか。実は私はこの辺りの管轄で刑事をしているのです。良かったらお力添えしましょうか?」
それを見ていた風柳は、職業病からかそう山岡佐江子に聞くと、
「風柳さんは刑事でしたのね。今は離婚した夫の山岡拓郎が今しがた事故で息を引き取ったと…。」
と、突然の不幸の知らせの内容を伝えた。山岡佐江子はショックでその場に倒れ込み、黒影が急いでそれを支え病院へ連れて行く。黒影は乗る気ではなかったが、その後病院に心配して駆けつけた山岡佐江子の母に後を頼み、渋々風柳と同行し山岡拓郎宅へと向かう事となった。
「何よ、ばついちじゃない。」
と、病院で白石が山岡佐江子の母に事情を説明している姿を見つめ、小さな声で素っ気なく白雪がそう言ったのを聞いていた風柳は、
「まだ安心は出来ないよ。黒影はマダムにも人気らしいからね。しかも未亡人だよ。」
と、小声でからかって言うが白雪はそれを本気にとって、
「私も行くわ!」
と、言い出した。風柳は影絵の一件で黒影が心配だったから白雪も同行させたのだが、黒影はやはり事件に白雪を巻き込むのは避けたいらしく不服そうな顔を風柳に向けた。
「やはり事故だったのですか?」
風柳は、山岡佐江子と山岡拓郎が夫婦であった頃から二人の知人であった瀬戸障次なる人物が、亡くなったとされる現場に足を運ぶと先に到着していた他の刑事にそう話を聞いた。
「ええ、恐らく…。この縄製の梯子、随分老朽化している。どうやら仏さんはこの地下で絵を描くのが日課らしくて、絵を切り上げて上に上ろうとこの梯子を使ったが、縄が切れて転落したと言ったところでしょうね。」
と、心なしかつまらなそうに言うのだ。
「運が悪かったみたいですな。」
と、風柳は死んだ山岡拓郎氏を想ってか手を合わせた。
「…そうでしょうか?」
風柳の横で一緒に現場を見ていた黒影はぼそっと、手を合わせる風柳に言った。
「おい、何でも殺人事件にすればいいってもんじゃないよ。」
と、風柳は顔を上げると黒影に忠告する。…が黒影は、
「しかし、何でも事故と決めつけて犯人を逃がすのは警察のする事じゃない。」
と、小さな反抗心を伺わせるではないか。風柳は黒影がここまで言うには何かあるのだろうと黒影の顔を見つめる。黒影は、
「ほら…この梯子横の棚、足跡が付いている。しかも沢山…恐らく山岡拓郎さんはこの梯子の縄が切れそうだった事を知っていた。」
と、言うので風柳も地下を覗き込んで梯子下の横にある棚の上を見つめる。
「確かに足跡のようなものがここからも見える…。しかし、切れたのは棚に乗ってもとどきはしない梯子の上部だ。仏さんもまさか梯子の上部も老朽化していた事に気付かなかっただけじゃないか?」
と、言うが黒影は何やら考えているようだ。
「老朽化した梯子の下部を使わず途中まで棚で上がり、そこからわざわざ縄梯子を使って上っていた山岡拓郎さんが、この上部の老朽化に気付かないなんて何か不自然ではないですか?山岡拓郎さんは何度かこの梯子をチェックしている筈なんです。この縄梯子の切れ目…擦り切れたようにも見えますが、刃物か何かで山岡拓郎さんが降りてから何者かが擦るように予め少しだけ残して切っておいたとしたら、気付かずに上った山岡拓郎さんを転落させる事が出来たかも知れません。」
と、黒影は口を開く。しかし、事故だと言う証拠もなければ誰かが殺したと言う証拠も無い。根拠のない推理に留まる間は、不本意でも事故という事になり、山岡拓郎氏は事故死という事で葬儀となった。
黒影と風柳はその後もこの事件が気に掛かり調べてはいたが、山岡拓郎は誰かに恨まれて殺されるような人物でもなさそうだ。やはり単なる事故だったのか…そう思った頃だった。
「黒影、個展の方はどうするんだんね?」
風柳が黒影に唐突に聞いた。黒影は、
「勿論、やりますよ。準備ももう終わったし心配はありません。」
と、答えるが風柳は、
「事件がどうのという話ではない。あんな脅迫じみた影絵を残されて、個展開催当日に何かあったらと思うと、私は気が気ではないのだよ。」
と、言うのだ。しかし、そんな風柳の心配にも黒影は、
「ここで引き下がったら折角のチャンスが台無しになってしまうじゃありませんか。私はね、両親を殺した犯人が許せないのですよ。向こうからわざわざ近付いて来たんだ。この機を逃すなんて出来ませんよ。幾らあの事件の後、一人になった僕を面倒みてくれた風柳さんでも、これだけは譲れませんからね。」
と、言うのである。ここまで黒影が言い出してしまったら、幾ら風柳でも彼を止められる術はない。
「まったく…だから男の反抗期は手に負えなくて困る。実に困った息子を持ったもんだ。」
と、風柳は苦笑しながら言い溜息をつくと、黒影はくすりと笑ったが、相変わらず山岡拓郎の事件を調べているようだ。もう事件現場に来たのは何回目だろうか…風柳は少し呆れながらも、現場であれこれ確認する黒影の姿を目で追うばかりだ。
「風柳さん…どうして、犯人は僕の個展を中止させたいのでしょう?ただの嫌がらせでしょうか?」
黒影が、山岡拓郎のキャンパスを眺めながら、そんな疑問を風柳に投げかける。
「まぁ、もしも影絵と君のご両親を殺害した人物が同一犯ならば、君のご両親に恨みを持っていたであろうから、その火の粉が君に降りかかるのは必然的かもしれんな。」
と、ぼんやり宙を見上げて風柳は答えた。
「山岡拓郎という人物、どうやら脅迫じみた影絵の贈り主と何か関わりがあったようですね。」
その言葉に、風柳は慌てて黒影の近くへ走りより、黒影が見ている物を同じ目線で見つめる。
「ほら…ここにあるのは未完成の下絵構図ばかりだけれど、どうもおかしいとは思いませんか。完成品はどんなもので何処に流れたのか気になるでしょう?この構図…僕はここにあるこれらの構図と同じ絵を見た事があるんですよ。それも…各地の美術館で。」
黒影はそう言って、構図の簡単な線だけのキャンパスを指差して説明する。
「贋作!そうか…山岡拓郎は贋作を書いていたんだなっ!」
そう風柳が手をぽんと叩いて言うと、黒影はにっこりと微笑み、
「ご名答。」
と、答えるのであった。これで山岡拓郎は事故ではなく、事故に見せかけ殺害されたという線が濃くなったと言っても過言ではない。「僕が思うに、僕の影絵が世間に広まるとまずい人物が、山岡拓郎氏を死に至らしめたのでしょう。本物が個展を開くと知り、僕の影絵の贋作を描いていた山岡拓郎氏が邪魔になったのです。だから、殺した。今まで命令通りに動いていた山岡拓郎を殺してでも守りたい秘密があるんです、犯人には。もしかしたら贋作の闇ルートか何か…この事件の裏には何か大きな組織が関係している可能性がありますね。」
そして、黒影はキャンパスの中から、一枚を探って抜き出し、風柳に見せる。
「これが、証拠です。」
風柳が見たキャンパスには黒影に送りつけられた何者かからの影絵と同じ下書きが、乱雑なスケッチで描かれている。
「黒影~、風柳さ~ん、珈琲持ってきたわよ。」
丁度、そんな会話の途中で白雪が梯子の上で二人を呼ぶ。
「ああ、今行くよ。」
黒影は地下室の中から、外にいるであろう白雪に向かって梯子の下で叫ぶ。喉がすっかりかわいていた黒影は、何時もの美味しい珈琲に釣られて思わず縄梯子に足を掛けようとした。
「黒影君、その縄梯子はまだ事件当時と変わらない。それを使ってはいけないよ。」
と、風柳が黒影を注意する。黒影ははと思い出して棚に片足を掛けたが、何故かそのまま止まって先に進みそうにないのだ。
「おい、私も早く白雪ちゃんの特製珈琲を戴きたいんだが。」
そう、道を遮って止まっている黒影に、思わず風柳は言うのだ。その時、黒影は徐にこんな事を言い出すではないか。
「何か…とても大切な物が上にあって…そう、喉から手が出る程の魅力的な物があったら、縄梯子が壊れていた事を忘れたりはしないでしょうか。咄嗟に上がらなくてはならない何かが起こっていたのかも知れませんね。」
黒影は何やら模索しているようでもありましたが、
「…咄嗟に上がってしまうような理由…。思わず君が愛して止まない白雪ちゃんの珈琲が欲しくなるような理由ねぇ…。」
と、風柳が茶化すものですから、黒影はハットの裾を持って顔を隠すと、さっさと上に登って行ってしまいました。
「黒影は一体どうしたの?」
白雪は顔も見ずに通過した黒影の背を見ながら、やっと上がってきた風柳に聞いた。
「ちょっとからかっただけさ。まったく何もあんなに怒る事はないだろうに…。」
と、溜息混じりに答える。
三人はテラスでのんびり珈琲に舌鼓を打つ。
そんな中、黒影の口から溜息に混ざり、天地がひっくり返る様な、最も似合わない言葉が零れるのだ。
「…愛、かぁ…。」
呆然と遠くを見つめそんな言葉を言った黒影とは対照的に、風柳は珈琲を口から思わず咳き込んで吐き出し、白雪は衝撃で珈琲を零してしまった。
「なっ、何よ唐突に!」
白雪がそう聞いたのも無理は無い。黒影は何と言っても女心の分からない鈍感な性格なのだから。
「まさか…あの未亡人じゃなかろうね。」
風柳は咳が落ち着くと、黒影の顔を覗き込んでニヤニヤしながら聞くのだ。
「そうなの?黒影!」
白雪は気が気ではなく、そう問い詰める。しかし、黒影ときたらそんな質問は愚問だとさも言いたげに、
「二人共、何をそんな馬鹿らしい事を言っているんだい。珈琲を零してしまうし、まったく行儀が悪い。」
と、冷静そのもので何時もと変わらない。白雪と風柳は、黒影の真相を突き止めるべく表情の小さな動きでも読み取ろうと無言で見つめるが、黒影は相変わらず珈琲を美味しそうに目を閉じては飲むだけだ。やがて、珈琲カップをソーサーにのせて飲み終わったかと思うと、
「さぁ、では早速行かなくては。あの未亡人には言いたい事も沢山あるしね。」
と、言うではないか。風柳はぎょっとした目で黒影を見た。白雪は、黒影の腕を引っ張り阻止しようとする。
「一体、何のつもりだい?」
黒影は白雪に聞いたが、白雪は何も答えない。
「君がそんなに行動的だったとは知らなかったよ。」
風柳は唖然として口にする。二人は黒影がこれから未亡人のところに告白でもしに行くのだと、すっかり思い込んでいるのだ。黒影は何事かと頭を巡らせて、やっと二人の勘違いに気付くのだ。
「風柳さん…まったく、いい加減にして下さいよ。白雪まで、最近はすっかり思考が似てきたようだ。これから山岡佐江子に会いに行って、山岡拓郎との関係がどうだったか聞きに行くのですよ。それから、風柳さんは、山岡佐江子の周辺の人間関係を調べておいて下さい。必ず不審人物が出てくる筈です。いいですね。」
黒影はそう風柳に念をして不機嫌そうに颯爽と山岡佐江子の入院している病院へ向かう。白雪は勿論、その後を走って追いかけて行った。風柳はぽつり、
「まったく人使いが荒い奴だ。」
と、言いながらも心なしかほっとしていた。
「で、具合はどうですか?」
黒影はまだ白いベッドに横になっている山岡佐江子に聞く。
「ええ、さっきよりは随分落ち着きました。わざわざいらっしゃるなんて、何か聞きたい事でもおありなのでしょう?」
と、山岡佐江子は黒影が来た理由を承知のようである。
「それは話が早い。体に差支えがない程度で構わないのですが、何点かよろしいですか?」
そう黒影が微笑んで聞くと、山岡佐江子はにっこりと微笑んで頷いた。
「込み入った話で申し訳ないのですが、山岡拓郎さんと貴方が一緒にいた頃の話をお伺いしたいのです。二人が離婚された理由と、それからどうだったかをお聞きしたい。」
と、黒影が謙虚に言いますと、山岡佐江子は気を悪くするかと思われたが、逆ににこやかに答えるのだ。
「そうですよね…離婚話が縺れて、事件沙汰になる事は少なくはないでしょう。だから、私が疑われるのも必然なのかも知れませんね。」
と。黒影はハットに目を隠して、何も言い返しはしなかった。
「でもね…出会いがあれば別れがあるのも必然だとは思いませんか。拓郎とは絵を通じて知り合いました。結婚してからは、二人であの画廊を始めましたが、あの人は絵を描く事を諦められなかった。だから、私が画廊を運営して、拓郎は地下で絵を描く事を続けました。その方が、二人の為に良いと思ったのです。お互いの時間はそうする事で、自由を得ましたが、気が付いたら…画廊に一人、取り残されていたのです。離婚を決める数日前から拓郎は、何年も地下に篭り私と顔を合わす事さえなくなってしまった。共にいる意味がわからなくなったのです。…だから、別れを決断しました。拓郎の方は、まだ私の事を気に掛けてはいたようですが、離れすぎていた時間は戻りません。」
と、黒影が聞くまでもなく、山岡佐江子は拓郎との生活について話してくれた。黒影は儚い瞳で病室の窓を眺めてこう言うのです。
「もっと早く知る事が出来たなら…。…拓郎さんは貴方を愛していらっしゃった。離婚も、貴方を想っての苦渋の決断だったのでしょう。
若しくは拓郎さんに何者かが無理やり判を押させたのかも知れない。拓郎さんがいた地下を調べている時に、警察はあの縄梯子が老朽化していると勘違いしていましたが、それは違います。何度も、拓郎さんは地下から出ようとした形跡なのですよ。何者かに閉じ込められて…贋作の絵を描かされていた。それでも貴方に会いたくて、何度もあの縄梯子を上っては降りを繰り返した事でしょう。そして簡単なスケッチだけの残された大量の絵の中から、薄く描かれた貴方の姿を見つけました。今となっては悔やまれてならない。…残念な事です。拓郎さんが地下に篭り出したのは何日程前からなのでしょうか?それに、その時期に出入りした人物が知りたい。私が出来るのは、彼のいた地下で何が起こったのか…それを見つける事だけです。」
と、曇った空を眺めたままである。山岡佐江子は、
「そうでしたか…。拓郎が地下から出なくなったのは三年程前の事でした。私は一年間、我慢しましたが、二年前に離婚を決意してから顔も合わせていません。その頃から既に画廊を営んでおりましたから、何人もの人間が出入りしています。私は力になって差し上げられそうにもありませんね。」
と、答えるだけであった。三年間も地下に篭り、山岡拓郎氏は一体、どんな生活をしていたのだろうか…食事や風呂はどうしていたのか?山岡拓郎は定期的に、閉じ篭めた何者かによって、外に出されていたのかも知れない。そう、考える方が自然だ。しかし、黒影の脳裏にはもっと恐ろしい考えが浮かんでいたのだ。山岡佐江子は何故、拓郎氏が何年も出て来なかったのに、それを確かめようとしなかったのか。離婚を決めた時、一般的にはその原因となった真実を確かめたくなるものではないのだろうか。幾ら、拓郎氏自身が何者かの命令で地下から返事だけするようにしていたとしても、戸をこじ開けてでも知りたくなるものではないのだろうか…。けれど山岡佐江子はそれをしなかった。人によっては考えが違うものかも知れないが、幾分か不自然にも思える。山岡佐江子が、拓郎氏を閉じ込めた何者かと共犯であったか、若しくは彼女自身の単独でそれを行ったのかも知れない。
けれど、黒影にはそれを証明出来るものもまだない。後は風柳の調べの結果を待つのみだ。
それが、この事件を真実へ動かす鍵となろう。
風柳が黒影邸に着いたのは、時計の針が八時を過ぎ、すっかり辺りが暗くなった頃合だった。白雪は草臥れたのか、もう眠っていた。
事件があった後の事だ…白雪が事件の真相を夢に見るかも知れない。そう思うだけで、黒影は心苦しく、白雪が悪い夢を見ないようにと、眠るその脇で寝顔を見たまま椅子に腰掛けていた。悪夢から醒めた白雪が安心出来るように、せめてもの行動だった。玄関のドアがノックされて、黒影を呼ぶ風柳の声が聞こえると、後ろ髪を引かれる思いで、黒影は一階に降りて、風柳を出迎える。
「いたよ、確かに君の言う通りだった。白石穂奈美が言うには、三年前…丁度、山岡拓郎が地下へ篭り出した頃から、定期的に拓郎氏の知り合いと名乗って訪れていた男がいたらしい。拓郎氏は他の誰も地下には入れなかったが、その人物だけは地下へ何故か入れたと言っていたそうだ。それにね、あの未亡人だがどうもおかしいのだよ。二年ちょっと前あたりから体調を崩す事が多かったそうだ。もしかしてと思って調べてみたら、見つかったんだよ…山岡佐江子の出産記録が。父親は誰だか不明だが、近くの産婦人科に記録が残されていたよ。」
と、風柳は玄関先で言いたくて仕方なかったというように、一気に話すのだ。
「まぁ、いいから上がって下さいよ。」
黒影は、興奮している風柳を落ち着かせるようにそう言うと、招き入れて珈琲を作って出した。風柳は出された珈琲をごくりと飲み込む。
「…ちょっと、苦くはないかい?」
と、喉に走った苦味に顔を顰めて黒影に言った。
「今日はどうしても寝られない理由があるものですからね。白雪も寝ているし、それで勘弁して下さいよ。」
と、黒影が答えると、白雪が起きないように風柳はしおらしくなり、砂糖を何時もより少し多めに入れると渋々とそれを飲む。
「その出入りしていた男が恐らく山岡拓郎を殺した人物でしょう。そして山岡佐江子の産んだ子供の父親かも知れない。贋作を描かせたかった犯人は、山岡佐江子を共犯にし彼を殺したんです。拓郎氏は犯人と面識があって脅迫されて贋作を描かされていたのです。拓郎氏はその犯人に閉じ込められながら贋作を描き続けた。まさか、妻である佐江子がその犯人と関係を持って共謀していたとも知らずに…。犯人はそれとなく拓郎さんに言ったんです。佐江子さんのお腹の中に、拓郎氏との間に出来た子がいると。勿論、拓郎氏はそれを知って、一刻も早く仕事を済ませ、地上に出る事を望んだ筈です。そんな矢先に事もあろうか本物の黒影が個展を開くという話を聞きつけた山岡佐江子と犯人は、今まで描いていた贋作が偽者だと気付かれるのを恐れ、拓郎氏を殺そうと企てたのです。そしてある日、僕への脅迫の影絵を描かせた後…これは憶測ですが、地上から地下にいる拓郎氏に犯人はこう言ったかも知れません。幼い子を地上から見せつけ、殺すなどと言って落とす。勿論、幼児に見せかけた人形だったのでしょうが、拓郎氏は愛する佐江子さんとの間に出来た我子だと勘違いし、必死でその子を受け取ろうと、梯子に手を掛けた。だから、転落したには不自然な程、拓郎氏の遺体は仰向けになって両手を天に掲げていたのでしょう。梯子ではなく、我子を受け止めたかったのですよ。」
黒影は風柳に、まだ証拠こそないがそんな仮説を話す。
「山岡佐江子を事情聴取しなければな。」
それを聞くなり、風柳は早速行動に出ようとしたが、黒影は椅子から立ち上がろうとした風柳の腕を持つと、椅子にもう一度座るように勧める。
「何だい?そこまで辻褄が合うのならば、後は我々の仕事じゃないか。」
と、風柳は言ったのですが、黒影は首を横に振るのだ。
「犯人は、少なくとも僕の両親の死んだ事件に関わっている。これは…僕の事件だ。犯人は必ず、僕が個展を強行したら尻尾を出す。こればかりは、幾ら風柳さんでも譲れません。」
と、澄ました顔でさらりと言うではないか。
「何を言っているんだ。そんな危険な事を!大体個展を開けば、一般人だって観覧するに決まっている。一般人にまで危険が及ぶかも知れないじゃないか。何より、君自身が狙われ兼ねないのだぞ!」
風柳は叱るようにそう言うのだが、
「一般人を守るのが、本来の貴方方の仕事なのでしょう?」
と、言うと黒影は口元を歪ませ笑う。風柳はあまりの黒影の不気味さに何も言えない。長い間追っていた犯人を前に、黒影は復讐を心に決めているに違いない。風柳が何度も捕まえてきた殺人鬼の薄ら笑いにも似て見えた。
何とかして黒影を止めなくては…そうは思ってみても、彼を止められる人間はいない。黒影は今、やっと自分の過去との戦いに決着を付けようとしているのに、誰がそれを分かった上で止められよう。風柳は黒影という一人の青年が道を間違えないように…願うばかりである。
その頃、白雪は黒影の決意も知らず一人夢の中にいた。誰か男の心に同調していたが自分の姿が見えないので、それが誰か分からない。気が付くとその男は炎に包まれた部屋にいた。目の前で縛られた中年の男が彼を呼んでいるようだが、声は聞こえない。助けなきゃ…白雪がそう夢の中で思ったが、同調している男は動かない。そして捕らえられたまま、中年の男は焼かれていく。肌が汗に滲んでいくかと思うと、蝋燭のように其れは溶けていく。やがて火達磨になって行くと、同調していた男の視界も揺らめいた。視界は真っ暗になり、力もないが、誰かが同調している男の腕を取り、引きずっている。そして、引きずっているであろう人物はこう確かに言ったのだ。
「しっかりしろ!勲!」
と。
そこで白雪は目を覚ます。勲…黒田勲。黒影の本名だ。黒影は両親を放火事件で亡くした後から記憶がないと言っていた。けれど、黒影は事件当時、そこにいたのかも知れない。
白雪の心の中に不安が過ぎる。先日の事件が黒影の過去と関係があって、その過去の真実が口を開いて待っているのかも知れない。黒影がずっと知りたがっていた真実…けれど、黒影はあの事件の日…何らかの関係があった。
だから白雪の夢に出た。ならば、はっきりしないで欲しい。白雪は始めて、真実を知る事が怖いと感じていた。一階で黒影と風柳の話し声が聞こえる。黒影が個展を中止しないというような内容がぼんやり耳に届く。白雪は慌てて階段を下った。
「行かないで!個展を中止して!」
黒影と風柳が談話している部屋へ入ると、息をつく間もなく白雪は黒影に叫んだ。
「一体、どうしたっていうんだい、白雪。」
黒影は何時ものように優しい瞳で、白雪の顔を伺って心配しているようだ。
「いいから…個展は中止して!」
白雪はもう一度言う。
「何でだい?真犯人を捕まえるチャンスなんだよ。何か悪い夢でも見たのか?」
黒影がそう聞くが、白雪は悪夢の内容を言い出す事は出来なかった。
「いいから…兎に角、駄目よ。」
白雪はそう言うと、顔を下に向ける。
「大丈夫だよ。風柳さんも一緒に来てくれる。何も心配はいらないよ。」
そう黒影は言って笑うが、白雪は笑う気にはなれない。…何か、嫌な予感がする。けれど白雪にも風柳にもわかっているのだ。これは黒影が何時か対峙しなくてはいけない運命である事を。だから…止められはしないんだと。
犯人はどうしても個展を中止させたいのだ。だから何か動きを見せる。そう黒影は踏んでいた。しかし、個展が開かれる前日になっても、何も事件らしい事は起こらない。勘が鈍ったか…黒影は落胆してはいたが、望みを捨てずに、明日の個展に響かないようにと、早めに就寝する。その日の眠りの中に、事件は起きていた。黒影は見たのだ。夢の中に黒い二つの死んだ影を。被害者が出る…夢の中で黒影はそう思って、個展をこのまま強行すべきか惑う。そうだ…しっかり、ここで被害者の影を観察すれば、個展に来た人物の中からその影に似た人物を重点にガードすればいいじゃないか。未来は変えられる…黒影はそう信じて、黒い二つの影の特徴を探る。重なる様に倒れる二つの黒い影。一人はロングコートを着て、もう一人は膝までのコートを着ている。二つの重なる死体の周りを見るとシルクハットのような影が見えた。二つの影になった人物の髪型、身長をじっくり観察すると、黒影はその衝撃の余りに、ばっと目を覚ます。
余りのショックに息が上がり、額から汗が滴る。黒影が見た夢に出てきた黒い影は、まるで黒影自身と風柳の姿に似ていたからだ。俺が…死ぬのか?…黒影はそんな不安を心に震えていた。未来を変えたいとずっと思っても、変える事は出来なかった。これが…最後のチャンスだと言う事か…。黒影は心に思う。明日、風柳だけでも、助けよう。何時もと違う服を着せて、自分と関わらない所に配備してもらおう。そうすれば…変えられるかも知れない。
…そう、信じる事しか出来ない。黒影は最後になるかも知れない、黒い影絵を描いた。そして…誰にも気付かれないように、ベッドの下にそれを隠す。描きあがった頃…窓から青い光が薄っすらと差し込んでいた。今日…全ての答えが出る。黒影は食い入る様に、その日の朝焼けを目に焼き付けた。白雪が目覚めると、黒影は既にリビングで自分で作った珈琲を飲んで新聞を読んでいる。何時もの朝と何等変わりはないが、自分で珈琲を作っていたのだけは少し不自然にも思える。何時も白雪が起きるまでは、違う飲み物を飲んでいて、一日の一杯は白雪の珈琲で始まるのが暗黙の了解のようなものだったのだから。
「あら?…自分で作ったの?」
白雪がそう言うと、黒影は、
「ああ、何だか苦い物が欲しくてね。やっぱり…白雪が作った珈琲の方が美味しいよ。入れ替えてもらってもいいか。」
と、新聞から目を外して白雪を見ると言うのだ。白雪は特に何がと言うわけでもないが、
「何か、変よ。今日の黒影…。」
そう言いながらも、珈琲を作り始めた。白雪は黒影の妙な違和感が何か探ろうと、黒影の姿を見ながらポットに湯を注ぐ。仕草も態度も何時もと何等変わりは見られない。ただ一箇所…変な場所がある事に気付く。黒影の新聞を持つ手の指先に、何か黒いものが付着しているのが見えた。白雪はそれが何か直ぐに気付く。黒影が影の夢を見た日は、必ず起きて直ぐにそれを影絵にして描くから、そんな日はよくある事だった。何時も影絵を描いたならば、慌てて風柳に連絡する頃だというのに、何故か平然としている。…何か…隠していると気付いたのである。平常を保っているという事は、教えてくれそうにもない。白雪は探る機会を伺う。
「はい、珈琲。」
そう、白雪が作りたての珈琲を黒影の前に差し出すと、黒影は何時ものように香りを楽しみながら時々目を閉じて味わう。
「もう直ぐだな…。白雪、悪いが私の部屋からジャケットを取って来てはくれないか。」
黒影は柱時計を見上げて、そう言った。
「やっぱり行くのね…。」
心配そうに白雪がそう言うと、黒影は何故か悲しそうな瞳と優しい笑みで、
「ああ、何も心配はいらないよ。」
と、言うのだ。白雪はこくりと頷くと階段を上がり、黒影の部屋に行く。ジャケットをクローゼットから一着取り出すと、辺りを見渡した。ここぞとばかりに、影絵を探す。何時もキャンバスが仕舞ってある場所を探してみたが、そこには何も描かれていない白いキャンバスだけだ。そこで机の中も探すが何もない。…諦めかけた時に、ベッドの下に四角い何かの角が出ているのを見つける。あった…そう思ってベッドの下のキャンバスを取り、立ち上がって其れを見る。白雪はそれを見て、思わずキャンバスを床に落としてしまった。
「どうかしたのか?」
一階のリビングから黒影の声が聞こえた。
「何でもないわ。ハンガーを落としてしまっただけよ。」
と、慌てて白雪は嘘をついた。黒影が死んじゃう…風柳さんも…。だから黒影はジャケットを風柳さんに着させるつもりなんだ。夢と違う格好にさせて、未来を変える為に。それに気付いても、白雪には何も止める術はない。
白雪は心に誓った。今日一日、黒影を守ってみせると…。小さい心臓は大きく揺れていた。
黒影は何時ものハットを被って黒のロングコートをばさっとはおると、白雪から手渡されたジャケットを腕に掛け、
「さぁ、行くか。」
そう、何時ものように言った。その言葉の直後に事件は動き出した。一本の電話が掛かり、黒影は既に靴を履いていたので、白雪が受ける。…風柳からだ。個展を予定していた画廊は一晩中警戒していたにも関わらず、先程確認すると、あの脅迫じみた影絵とまったく同じ影絵が掛かっており、その上に首吊りになった山岡佐江子が発見されたと言うのだ。白雪がその事を黒影に伝えると、
「何て事だ、山岡佐江子も利用されただけだったのか!」
そう言うなり、黒影は慌てて飛び出して行った。行き先は決まっている…。白雪は黒影の去った後、風柳に電話でこう伝える。
「黒影にも誰にもこの事は言わないで欲しいのだけど、お願いだから聞いて。多分、今日黒影は風柳さんにジャケットを着るように言うわ。その時は後で着ると言って、中に防弾になる様なものを着こんで、それからジャケットをその上に着て欲しいの。黒影を守れる方法はそれしかないわ。」
と。風柳は何かを察したのか、
「ああ、夢見の白雪ちゃんが言うなら、そうしよう。黒影に危険が起きると言う事なんだね。何時か、黒影君の未来を変えてやりたいと思っていたんだよ。教えてくれて有難う。」
そう言って電話を切る。白雪は慌てて黒影も向かったであろう画廊へと急いだ。
「配備の者は全員ここに残っていますか?出入りした人物は?」
黒影は画廊に着くと、風柳の姿を見つけるなり、そう聞いた。
「否、誰もここから出てはいない。出入りした人物もだ。」
風柳は答える。この中に警官に扮した犯人がいるという事は確かである。しかし、事件が起こるかどうかも分からない一個人の個展の警備となれば、警官も寄せ集めで互いを知らない者ばかり、誰が偽者かなんて分かりはしない。個展が始まる前に犯人は黒影をどうにかして殺すか、この個展を中止させる方法を考えている事だろう。
「今日は思ったよりも熱いですね。風柳さん、そのいかにも警察らしいコートじゃ、お客さんがびっくりしてしまうのではないかと思って、ジャケットを持って来たのです。どうぞ、これに着替えて下さい。それから…ここは僕が責任を持って見ていますから、配備中の警官に不自然な点は無いか、そちらに重点を置いて見ていてもらえますか。」
と、何時ものように根拠は言わないが、てきぱきと支持を出すのだ。
「君を一体、誰が守るんだい?」
と、風柳が聞くと黒影は、
「犯人は必ずこの中にいます。だから、この中に誰も近づけないでいてくれれば、僕は危険になる事もない。だから…頼みましたよ。ちょっとでも異変があったら、僕に知らせて下さい。」
と、言うではないか。風柳は白雪の言った言葉を思い出して…
「わかった。こっちは私に任せておいてくれたまえ。このジャケットは遠慮なく、後で着させていただくよ。」
と、答えた。風柳が絵の飾ってある会場の外に出ると、丁度白雪が着いたようだった。白雪は息を切らして、
「良かった…まだ着替えてないのね。」
と、言うと風柳の腕を引っ張り、配備の者もいない空き部屋へと連れ込んだ。
「繊維強化プラスティックよ。自動車の廃棄場から少し戴いたの。これなら多少の衝撃は受けられる。」
白雪はそう言うと、風柳に鉄製の板の様なものを手渡した。風柳は其れをシャツの下に隠し、ズボンに入れる。腕にも細めの板を入れてガムテープで固定した。その上からジャケットを着ても、元から体格が良い方の風柳にはぴったりである。そしてすっかり防備が出来上がると、風柳は配置に戻った。
「風柳さん、しっかり見ておいて下さいって言ったじゃないですか。」
そう言って出てきたのは黒影だ。風柳はどきりとしてその声に振り向く。
「風柳さんが、似合わないんじゃないかって聞いてくるのよ。似合うわよね、黒影。」
と、風柳と共にいた白雪が答えた。
「ああ、着替えていてくれたのですね。これは失礼しました。どうしたか気にはなっていたんですよ。思ったより似合うじゃないですか。とりあえず今のところは変わりに僕が見ておきましたが、異常はないみたいです。後は頼みましたよ。」
そう言って、安堵の笑みを浮かべると、黒影は会場に一人、戻って行った。白雪と風柳は、黒影が消えるとほっと肩を撫で下ろす。ただでさえ、観察力が鋭い黒影に秘密事をするのは至難の業だ。黒影が信頼している二人だったからこそ、黒影は油断して気付かなかっただけで、もしもこれがあかの他人であれば、用心深い黒影の事だ…とっくに気付いていた事だろう。そんな内にも刻々と個展開始の時間は押し迫って来ていた。しかし、何も変化は起こらない。妙な程に、静かだ…。嵐の前の静けさの様でもある。このまま何も起こらなければと風柳は思うが、しかし黒影が言った事で、間違っていた試しはない。きっと何かある筈だ…そう思いながら、慎重に状況を観察し続ける。白雪が伝えた言葉を思うと、黒影が危険に合う…そういう事だと気付いていた。だからこそ、一時も緊張を崩したりはしない。ぼ~んと柱時計の鐘が鳴る。
「何も起こらなかったようですね。我々は引いて、一般客を入れますか?」
一人の警官が風柳に聞いてきた。風柳はそんな筈はないと暫し沈黙して考えるが、何もなかったからには、これ以上警官がいても個展の妨げになる。
「一応、黒影君に指示を仰ごう。私は報告に行ってくるから、君は全員にこのまま待機するよう伝えておくれ。」
と、その警官に頼み、黒影の待つ会場に入った。
「何も起こらないようだね。」
風柳は会場で待っていた黒影の姿を見つけるとそう言った。黒影は絵を見ていたが、その声に振り向くと、驚いたような顔をした。
「風柳さん、何故こちらに?まだ開始時間には早いですよ。」
と、言うのだ。風柳はあれと思って、黒影の傍に寄って、
「否、確かにさっき時計の鐘が鳴ったのを聞いたよ。」
と、言いながら黒影の懐中時計を覗き込む。確かに、黒影が言うようにまだ十分程早いではないか。
「しまった、これは罠ですよっ!」
黒影は何故か、会場の扉の方を見て、風柳に言った。黒影が扉の方を見ると、一人の警官が立っている。
「皆にはもう退去命令が出たと知らせておきましたよ。」
その警官は口を歪ませそう言った。
「時計に予め細工をしておいたと言う事ですか。」
と、黒影が悔しそうに言う。
「貴様!お前が…。」
風柳はまんまと罠に掛かってしまった事を知ると悔しがって唇を噛んだ。
「風柳さん!どうしてジャケットを脱いだのですか!」
黒影は、この危機的状況よりも、風柳のジャケットが何時も着ていたコートに戻っていた事に衝撃を受けているようである。みるみる冷静沈着な黒影の顔が、青ざめていく。
「もう、これで難を脱したと思っていたのだよ。この瞬間が君の狙いだったとはな。」
風柳はそう答えると、犯人である警官を睨みつける。
「黒影…否、黒田勲…あんたなら、もう自分が死ぬ事がわかっているのだろうね。冥土の土産に、君の一番知りたがっていた事を教えてやろう。俺の名は瀬戸障次。あんたの父、黒田茂とは大学の頃、同級生だった。君はもう覚えていないかも知れないが、何度か黒田家を訪れた事もある。俺と黒田茂は互いに美術を愛し、画家を目指していた。二人共それなりの才能はあった方だと思うよ。けれど、他の生徒とは違い、金持ちではなかった僕らは大学を中退し、ある夢を誓ったんだ。絵画という芸術を金持ちだけの特権にさせるわけにはいかない。純粋な芸術的価値をこの世に残すべきだと…。僕らは同じ境遇で、同じ理解の下、ある組織を作った。ほんのからかいのつもりだったのさ。贋作を見ても本物と分からない金持ちが、これは素晴らしいと騙されて、それを飾って自慢し合う。そんな奴らを見て笑いたかっただけだったのさ。しかし、それが思ったよりも金になってね。僕らは贋作の闇ルートを作り上げ、膨大な資産を得た。
そして闇ルートでは、いかに精巧な贋作を作るか…それが芸術的価値に変わる。闇でも黒田茂の作品は、贋作の最高峰として持て囃されていたよ。しかし、この俺が描いたものはそこでも評価される事は無かった。何時の間にか、何処の世界でも一人になっていた俺は、何時か黒田茂を越す為に、大きくなった彼の組織を乗っ取る計画を立て始めたのさ。それに、資金が溜まりすっかり金持ちに成り上がった茂は、もう組織を辞めようと言うじゃないか。俺は勿論反対した。けれど茂の意思は固かった。だからあの日…黒田家に火を放ったんだよ。その頃付き合っていた山岡佐江子と共にな。」
瀬戸障次は、全てを話した。それはすなわち、どんな手を使ってでも、この場で黒影を殺すという事に他ならない。
「貴様…山岡佐江子にも過去をばらすと脅していたんだな。」
黒影は、憎しみ満ちた顔で犯人を見る。瀬戸障次さえいなければ、山岡夫妻の愛はきっとあんな虚しい結末を迎えはしなかっただろう。
そして父を裏切り、自分まで殺そうとする犯人をどうして赦せるものか。
「何故、俺まで狙うんだ。贋作がばれるのがそんなに怖かったのか?」
黒影は犯人を馬鹿にするようにそう聞いた。犯人は銃口の照準を黒影に向けて、
「黒田茂の息子だからだよ。茂を殺したのに、あんたはまた絵画という芸術世界に名声を求めてやってきた。その姿が憎き茂の再来の様にも思えたのさ。父親が贋作の闇ルートを作った張本人だとも知らずに、大富豪の下に甘やかされて育ったあんたが気に入らないんだよ。だから家を燃やしたのに、それでもあんたは罪人の子だという事も忘れ、正義をきどって世に出てきたじゃないか。だからこうして、思い知らせてやる為にわざわざ出てきたんだよ。」
と、言うのだ。黒影は父がただの画家だったと信じていたのに、この事実に衝撃を受ける。
けれど今は、悲しんでいる場合ではない。何とか…何とか、この状況を脱しなければ…。
その時だ。犯人の後ろに、白雪の影が薄っすら見える。白雪は犯人の背後から、黒影に見えるように何かのスプレー缶を見せた。黒影が何かあった時にと、白雪に携帯させていた防犯スプレーだ。黒影は犯人に言った。
「残念だったな。僕は父の様に簡単にお前に殺されはしないよ。撤去命令を解除しておいたのさ。君がここに来る前に、こんな事もあろうかと連絡しておいた。」
と。犯人ははっと焦りを顔に滲ませると、咄嗟に背後を振り向く。そして、そこに待っていたのは白雪の防犯スプレーだったのだ。目にスプレーが直撃すると、目の痛みに犯人は転がって悲鳴を上げる。
「畜生!殺してやる!黒田家が滅亡するまで呪い殺してやる!」
犯人はそう罵声を叫びながらも、泪で開く事すら出来ない筈の目をこじ開けて、その信念で黒影目掛けて銃を発砲した。
「黒影!」
白雪はその銃声と共に、黒影の名を叫んだ。
そして、どうか当たりませんようにと、目を閉じる。黒影に銃弾が当たると思われた直後、飛び出したのは風柳だった。風柳に押し倒された黒影はそのまま床へ叩きつけられる。気が付くとぐったりとした風柳の姿が、圧し掛かっているではないか。
「風柳さん!風柳さん!」
黒影は必死に風柳の体を揺する。影夢で見たのはこれだったのかと絶望しながら、どうかこれだけはただの夢であって欲しい…そう願いながら…。白雪も慌てて黒影と風柳の元へ向かう。
「…黒影…。」
風柳が目を開けると、黒影と白雪の顔がぼんやり見える。白雪は銃弾が当たったであろう箇所を確認し、こう言った。
「ほら、何時までもそうしていないで、犯人を逮捕してよ。」
と。黒影は白雪の言葉に、目を丸くして見ている。こんな重大な時に、白雪は一体何を言っていのだろうと疑いたくなる気持ちは当然だ。しかし、風柳の姿をよく確認して見ると、血痕すらついていない。
「どういう事だ?」
黒影はそう口にしながらも、風柳の銃弾が当たったであろう場所を確認すると、金属のような板を見つけるのだ。
「まったく、人使いが荒い二人だ。」
そう、言いながら風柳はゆっくりと立ち上がり、悶え苦しむ犯人に手錠を掛けた。銃も取り上げられた犯人はそれでも、然程黒田家が憎いのか散々恨み言を言って引っ張られている。
「白雪、これは一体どういう事だい?僕は夢でも見ているんだろうか…。」
呆然と黒影が白雪に尋ねる。
「夢は醒めたわ。ベッドの下の隠し物を見つけただけよ。」
そう白雪がにっこりと微笑んで答えると、黒影は脱力してその場に仰向けになって転がった。その時だった。風柳と一悶着している犯人の口から、妙な言葉を耳にしたのだ。
「…お前、生きていたのか…。」
と。黒影は始めその言葉を自分の事だと思っていたが、犯人は元から黒影が生き残っていた事を知っていて、今回の一連の事件を起こしたのだから、黒影にではない。では、誰に当てられた言葉なのか…それを考えると、黒影には一つの案が浮かんでいた。犯人は風柳に向かって言っているのだ。犯人は放火事件を起こした後も現場にいて、風柳の姿を見ている。しかし、犯人の姿を見ていながら、何故風柳は犯人を捕まえなかったのか…。犯人は一般の野次馬に化けていたのか…。色々な仮説が黒影の脳裏を交差する。やがて黒影はぽつりと、黒影を心配して床に膝を付き、顔を覗き込んでいる白雪に言った。
「…まだ…事件は終わっていない。」
と。確かに…そう、言ったのだった。その言葉の後に、黒影は頭を割られるような頭痛に痛みを堪えながら床に倒れたまま転げる。
「何、どうしたの?」
白雪は心配して黒影を止めようとした。頼みの風柳は、犯人を連行してもういない。
「熱い…。」
唸る様に、黒影はそんな言葉を発した。白雪が黒影の額を見ると、夥しい汗が噴出しては流れ落ちる。みるみるうちに顔も真っ赤になっているではないか。救急車を呼ばなくちゃ…そう思って、白雪が黒影の傍を離れようとした瞬間、黒影は白雪の腕を強く握って阻止する。白雪が黒影の顔に視界を戻すと、黒影は苦痛の中から薄っすら瞼を開いて、微かにだが首を横に振る。行くな…そういう意味だ。
「でもっ!」
そう、白雪は言ったが黒影は何も答えず、腕の力を緩める事はない。気絶…したのだろうか…。ぐったりと倒れて激しかった動きも止まる。それでも、黒影の腕の力はそのままだった。白雪は何時、黒影の呼吸が止まってしまわないかと、そればかりが気がかりで黒いコートが呼吸に揺れる様をずっと眺めていた。
やがて黒影の目がばっと開く…。辺りを見渡して、白雪にも目が行った。そして呆然とこんな事を言い出したのだ。
「行かなくては…。」
ふらふらなのに、何処かへ行こうとする黒影。白雪はそれを止めようとしたが、黒影は壁伝いに、何かに呼ばれているかの様に歩みを止めない。
「一体、どうしちゃったのよ!」
何もわからない白雪は黒影にそう聞いた。
「過去…が、見えた。真実の過去が…。」
黒影は確かにそう答えた。白雪は暫し考えて、
「じゃあ、私もサポートさせてもらうわ。」
と言うと、黒影はまだ汗に塗れた顔で微かに微笑む。逃げても…真実は必ずあって、残っているもの。それを止めたって、何時かはわかるものなのだから。白雪はそれでも、共に探そうと思うのだ。黒影の知らない間に、白雪はほんの少し…立派な女性になろうとしていたのかも知れない。
黒影と白雪が行ったのは警察署だ。
「風柳さんなら、まだ犯人の取調べですよ。」
と、係りの者が二人の姿を見つけるとそう教えたが、
「ああ、風柳さんに用があるんじゃないよ。今日は別件捜査だ。悪いけれど過去の新聞記事を調べたいのだが…。」
と、黒影が言うと、快く係員は資料室に案内した。
「風柳さんは取り込み中だろうから、この事は言わないでくれないか。これは僕の仕事だからね。」
そう係員に言うと、にこやかに微笑み係員は出て行った。黒影は係員がいなくなったのを確認すると、忘れたくても忘れられない忌々しい日づけを探す。黒田家放火事件の記事を探していた。
「あった…。」
黒影が、そう言ってその日の新聞記事をテーブルに置いて、食い入るように見つめる。
「こっちもあったよ。」
白雪が黒影に言った。何の事かと黒影が振り向くと、同じ事件の調査報告書を手に持っている。放火事件で死んだのは、黒田茂とその後妻黒田美代子。前妻の黒田藤子は既に病死で他界していた。事件の生き残りは黒影こと黒田勲と、弟の黒田時次。時次はまだ新米の警察官になったばかりだった。何故、警官になると急に言い出したのかはわからなかったが、これからだっていうのにこんな事件が起きて、黒影は記憶を失い…それから何処へ行ったのか…。幾ら黒影が時次の顔を思い出そうとしても頭痛が起きるだけで、思い出せなかった。何か危機に晒されているのかもしれない…だからこそ、黒影は時次を探す為、両親の恨みを晴らす為に、今まで沢山の事件に身を投じてきた筈だ。病死した藤子の後に、後妻の美代子が来た事は、あまり気持ちの良い事ではなかったが、独り身になった父を思うと、仕方のない事だと思っていた。
白雪が差し出した調査報告書を見ても、それらの家系図関係は簡単に書かれている。それに美代子の連れ子が時次だという事も調べはついていたようだ。今となっては贋作で莫大な遺産がある黒田家に美代子は遺産目当てで来たのかも知れなかったが、長男である黒影が継ぐ事になっていたので、そこには何等不自然な点はない。時次とも後妻とも仲は悪くなかったと調書にも書かれている。黒影が気に掛かったのは、それよりも両親の殺害方法である。縄で縛られ灯油を掛けられているだけならまだしも、包丁で一箇所刺されていた。
放火するだけで十分殺せた筈なのに、何故刺す必要があったのか…。憎しみがそこまでさせたのか…暴れたのでそうなったのか…。そして何故、同じ日にいた筈の時次と黒影だけが助かったのか…。誰が助けてくれたのだろう…。黒影の思考から抜けた箇所だ。何故、両親が焼けた姿を僕は知っているんだ…。動けなくされて見ていた…そして誰かに助けられたのだろうか。何か辻褄が合わないではないか。黒影は一つの仮説を脳裏に描いた。犯人は二人いた。否、山岡佐江子も含め、三人いたのかも知れない。死亡原因の欄を見ると、刺し傷ではなく煙を大量に吸った為の窒息死のようだ。もしかしたら…放火した人物と両親を刺した人物が違っていて、刺した人物が黒影を助けたのではないだろうか。黒影は必死で失った時次の顔写真を探すが、何処にもない。放火事件の時に死んだのではないかと書かれていた。その調査書を書いた人物を見ると、やはり風柳だった。
放火事件の数日後、身寄りのない黒影を引き取ってくれたのも風柳だったから間違いではないだろう。
「駄目だ…思い出せない。取調室に行ってみるか。」
と、黒影は頭を抱えて言った。きっと、思い出したくない過去に拒否反応を起こした脳が痛むのだろう。
「僕も聞きたい事があるんですが、いいですか?」
係員の者に再び聞くと、風柳がいる取調室に案内される。
「白雪はちょっと待っていてくれないか。」
黒影は白雪にそう言うと、係員はお茶でもとソファーに案内する。
「おや、黒影…どうしたんだい?」
取調べ中の風柳が、その黒い姿に気付いてそう聞いた。
「ちょっとその犯人と話がしたい。外してもらってもいいですか。」
黒影がそう言うと、渋々ながらに、
「君が言うんなら、仕方ない…。短めにしてくれよ。」
そう言って、風柳は消えた。黒影を殺そうとしていた犯人と黒影だけの会話…妙な緊張感が張り詰めている。
「放火事件も…あんたがやったんだったな。」
黒影が切り出す。
「そうだよ、恨み言でも言いにきたのかい?」
と、茶化すように犯人は言ったが、黒影は気にも止めないようだ。
「その放火事件について聞きたい。あんたは俺の両親に縄を掛けて灯油を撒き火を付けた。
それで十分殺せる筈だったのに、何故刺した。」
と、聞く。犯人はきょとんとした目で机をばんと両手で叩く。
「誰が刺したって?冗談じゃないよ。確かに殺したのは俺だが、警察はそこまで俺を陥れたいのか!」
逆上してきた犯人にも冷静に黒影はゆっくりと聞き返す。
「刺していないんだな。」
と。その言葉に犯人は脱力したようだったが、
はっきりと答えた。
「刺してなんかいないよ。」
と。黒影はその答えを待っていた。
「確かだな。」
そう念を押すと、犯人は黙ってこくりと頷く。黒影の中の仮説が確かな証言ではないものの、間違いではないと確信を持てた。黒影はそれだけ聞くと、さっさと取調室を出て風柳に、
「用事は済みましたよ。」
と、告げる。風柳は不審そうな顔で黒影をみたが、何時ものすまし顔なのでそのまま取調室に戻って行ったようである。
「白雪…役所に行こうか…。」
黒影は緑茶を飲んで職員と話す白雪にそう話し掛けた。
「もうここはいいの?」
そう聞くと、にこやかに頷く。
「そろそろ珈琲も飲みたくなってきた。昼食を取ったら出掛けよう。」
と、何時もの優しい口調で言うのだ。けれど白雪は、
「まだお腹空いていないわ。先に行ってからゆっくり昼食にしましょう。」
と、言うのだ。白雪は黒影が一体何を調べているかの方が気になるようだ。
「そうか…それもいいな。先に行って後で吟味するのも悪くない。」
そう言うと、黒影は何時ものように白雪の小さな手を取って、仲睦ましく警察署を後にした。
「何だか、あの二人を見ているとほっとするよ。」
と、役員は二人の後姿を見てぼそりと言うと、お茶を飲み干した。
「私もあれを見ているとほっとするよ。」
取調べが終わった風柳が、何時の間にか役員の横で茶を啜ってそんな事を言ったかと思うと、資料室に入って行った。
黒影は役所に着くと、戸籍謄本を申請しているようだ。
「何に使うの?」
白雪は申請書を書く黒影の手を見て聞く。
「自分の過去さ。意外と面白いものが見られるかも知れない。」
そう言った後、黒影は書き終えた申請書を提出して、暫く経つと封筒に入れたままのそれを開く事なく、手に持って戻って来た。
「さぁ、珈琲の時間だな。」
そう、白雪の頭を撫でて言うのだ。黒影宅に二人が戻る途中、黒影は白雪に妙な事を聞いた。
「白雪は、風柳のおじちゃんが好きかい?」
そう聞くと、白雪は少し考えて、
「うん。黒影の次にだけれど。」
と、答えた。
「そうか…。」
黒影はそう口から零すように言うだけだ。白雪は黒影の心情を見ようと顔を覗き込んだが、シルクハットに邪魔されて見る事は出来なかった。
昼食を済ませて珈琲に手を掛けると、黒影はテーブルの上に放置していた戸籍謄本の入っている封筒を開けた。暫く黙って見ていたが、やがて顔は厳しいものとなる。
「僕が探していたのは…兄さんだったのか…。」
そんな言葉を呟いた。
「黒影にお兄さんがいたの?」
白雪はその言葉に思わず聞き返す。
「ああ…そうみたいだな。今から兄さんを白雪に紹介してやるよ。悪い奴だが、きっと気に入るよ。」
と、黒影はそんな事を言うのだ。そして黒影は誰かに電話を入れた。下の名前は何か…そんな会話をしている。白雪は、黒影のお兄さんに会えると知って、わくわくしながら珈琲をもう一杯作った。黒影が言った“悪い奴だが”という言葉が気がかりではあったが、本当に悪人ならば、黒影は紹介しようなどと言い出す筈もない。
「珈琲が冷めてしまうわ…。」
なかなか来ない黒影の兄という人物に、白雪は痺れを切らしてそんな事を言う。
「大丈夫さ、きっと来る。そろそろだと思うよ。」
黒影がそう言った直後だった。まさに、話をすれば何とやら…待ち構えていた張本人が現れたのである。出迎えた白雪は慌てて玄関に飛び出すと一人の人物を見つけたが、その人物を気に留める事はなく、その後ろを見渡す。
「白雪、僕の兄さんの風柳さんだよ。」
黒影は白雪の肩にぽんと手を置くと、そんな事を言う。
「嘘っ!だって風柳さん、随分老けているじゃない。」
と、つい口にする。風柳は、
「本当だよ。老けて見えるだけさ。…と、いう事は君の知りたがっていた真実は全て…見えたのだね。資料室に行って、あの放火事件の資料が燃えて消えていた事を知った私は、そろそろ君に呼ばれるだろうと覚悟していたよ。」
と、言うのです。白雪はまったく何が何だか理解出来ずにいたのですが、その後の黒影の話で全てを知る事となりました。
「何故、今まで気が付かなかったのか…本当に馬鹿らしくて笑えましたよ。僕が探していた弟の名前が時次…そして貴方の名前は風柳時次朗。まるで昔のままではありませんか。騙されていましたよ、すっかり。」
と、黒影は笑うと珈琲を口にする。けれど風柳は笑わない。無言で珈琲を飲み、何かを待っているようでした。
「風柳さんと後妻の美代子さんが黒田家の一員になった時、既に貴方は僕の兄さんだった筈です。しかし、表向き前妻の藤子が生きている時からの愛人だったと世間に知られたくはなかった父は、貴方が僕の弟になる事で、黒田家に入る事を赦したのでしょう。そして放火事件の数日前、貴方は警官になると言い出した。その事実を知って、そして父が贋作の闇ルートを築いた人間だとも知った。だから、自分で真実を知ろうとしたのです。そして放火事件が企てられていた事も知っていたが、貴方は父を恨み、我子を騙し続けた母も憎んだ。だから其の日が来る事を言わず、とうとう放火事件が起きた。あの炎の中で、僕が見た時、父と母は縄に縛られ胸部を刺されていた。そのまま時間が経てば死ぬのに、何故犯人はわざわざ刺したのか…。刺したのは貴方だったのですね。本当は自分の手で恨みを晴らしたかったのですから。」
黒影がそう言うと、風柳は、
「相変わらずの名推理だ。何も否定はしないよ。」
と、風柳は罪を認める。
「でも、それだけじゃなかったんですよ。僕には貴方が憎めない理由がある。あの後、僕の縄を解いて助けてくれたのは…貴方でしたね。ずっと…忘れていましたよ。こんなに近くにいたのに…。僕は何故貴方が両親を恨んでいたのか、貴方と両親が殺される前の会話を聞いて知った。そして縄を外された僕は両親に、こんな事を言ったんでしたね。
“これは貴方方の罪だ。僕は貴方達の罪を許そう。けれど、このまま死んで兄への罪を償って下さい。僕は兄を…探します。”
そう言って見殺しにしたのです。兄はすっかり逃げたと思っていた。けれど貴方は出てこない僕を心配して、煙に撒かれて倒れた僕を警官の成りをして助けに来てくれた。けれど、僕は記憶を失った。それを知った貴方は、名前を変えて僕の前に現れた。罪の意識から兄である事を隠し、弟を救いたいという執念だけで、こんな風に成り果てた僕を、いつも見守って助けていてくれた。そうなのですね。」
黒影はそんな緊迫した話をしていても、何時ものように幸せそうに珈琲を飲んでいる。やがて長い沈黙が部屋を包み、黒影と風柳の珈琲カップが空になる。
「白雪、もう一杯くれないか。」
「白雪ちゃん、お替りくれないか。」
黒影と風柳の声が重なる。微妙に言葉は違うものの、姿形も違うがそっくりではないか。
「はいはい、やっぱり兄弟ね。そっくりだわ。」
白雪はそう答えると、何時ものようににこやかに珈琲を沸かす。何故かそれを見た黒影と風柳はほっと肩を撫で下ろす。白雪が二人を見る目が変わったらと思うと、気が気ではなかったのだ。けれど…何時ものように接してくれている。それが二人にとって、どんなに有難かった事だろうか…。
「で、黒影君は僕を警察へ出頭させ、私は君を逮捕しなくてはいけないのかい?君は幼かったし、驚いて何も出来なかった事にすれば事情を説明する必要はあるが、多分直ぐに釈放されるよ。」
と、風柳は言い始めた。あまり考えたくはない、これからの事だ。
「不思議なものですね。この黒影と呼ばれた男を逮捕できるのが貴方だけで、その人の罪を推理できるのも僕だけだなんて…。でもね、風柳さん…僕は貴方を警察には突き出せなくなってしまったのですよ。自分を助けてくれた人間に、何をしてやれるかと思ったのですが、気が付いたらあの事件の調書を燃やしてしまったのですから。証拠がない限り推理は推測でしかない。そうでしょう?」
そう言って、笑うのです。風柳は黒影が事件を揉み消そうとしている事に気付く。
「しかし…。それでは私は罪を償えない。それに、そこに小さな証言者がちゃんといるではないか。」
風柳がいう小さな証言者とは白雪の事である。今の会話を、何故黒影は白雪のいる前で話したのか…さっぱり検討がつかない。
「否、彼女は証言者にはなれない。貴方にもちゃんと罪を償っていただきますよ。本当に僕に申し訳ないと今も思うのならば、これから家族をやり直しませんか。ずっと僕らには両親も誰もいなかった。だから家族というものを知りたいのです。家族の証言は無効ですよ、兄さん。白雪と僕の婚約を…許してもらえるでしょうね。」
黒影はさらりとそんな事を言うのだ。白雪は思わずその言葉に珈琲スプーンを床に落としてしまった。けれど風柳は朗らかに笑うと、
「まだ白雪ちゃんは若いから犯罪だぞ。婚約はいいが、結婚まではちゃんとお邪魔虫させてもらうよ。」
と、答えたのだ。
「風柳さぁ~ん。」
白雪は思わずがっかりして、そんな言場を言うと落ちたスプーンを拾って洗う。
「白雪、兄さんに失礼じゃないか。」
黒影が茶化すようにそう言うと、白雪は可愛らしい頬を膨らませて、
「結婚したら、兄さんって呼ばせてもらうわ。」
と、つんとし鼻を風柳に向けるのだ。けれど心なしか嬉しくて…何時もの他愛ない日常に感謝した。もう辺りはすっかり闇の帳が落ちている。珈琲を飲みながら家族の様に語らう三人に一本の電話が掛かる。
「黒影、風柳さん、事件よ!」
電話を取った白雪が二人に告げた。
「また行くのか…黒影君。これからも辛いぞ。」
風柳はもう、事件に関わる理由がなくなったと、
黒影にそう言った。すると黒影はさっと、何時ものシルクハットと黒のロングコートを翻し、こう答えるのです。
「真実は闇にある。だから僕は真実を知る為に、黒を纏いてそれを守るのだ。」
その言葉を告げると、何時ものように真っ黒な姿で闇に向かって行く。白雪が玄関を出る黒影の腕を取り、振り向かせると軽く唇に口付けて、
「いってらっしゃい。」
そう言って笑顔で見送る。黒影は白雪をきょとんとした目で見つめると、顔が赤くなってきたのを隠そうと、シルクハットを深く被る。
「まだ、早いぞ!」
二人にそんな野次を飛ばしながらも、風柳は黒影の後を追って走り出した。それを見送る白雪の目には、真っ黒な二つの影が、まるで闇に溶け込むように揺れているのが見えるのでありました。そして勿論白雪もちゃっかり二人の後を追う。月が見た三人の影はまるで川の字のように仲睦まじく揺れているのです。
ー黒影紳士season1短編集は此処で完…で、す、が
約20年の時を超え、この一冊を思い出す日がきっと来るでしょう…
奇跡を読みに約20年後に再び会いましょう。
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🔸🔗season3-2幕の最終章へお戻りの方↓
🔸🔗このseason1短編集自体が、season6総てと大連鎖しております。(season6)更新🆙時にリンクを追加で繋げます。ー準備中ー
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。