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ぐにゃぐにゃベクトル
世の中、優れた人はいる。
しかし残念ながら、劣っている人もいる。
これは世の必然だ。仕方がない。
でも、それをその一言で片付けてしまうのももったいないし落ち着かないので、それについてちょっと考えてみた。
※この話の中では、「人間の生き方」という抽象的なものを「ベクトル(方向や力を表す矢印)」に例えて考えています。ご了承ください。
俺の考え方はこうだ。
「優劣」とは、それを決める人の中にあるものなのだと。
つまり、俺がAさんに対して「あの人すごいなぁ」と思っても、それは単なる「自分の中での“優”」であり、
その感じ方は人それぞれだということだ。
なにをそんな当たり前のことを、と思われるかもしれないが、よく考えてみるとその深さに気づく。
その考え方は、単に他人を見つめているだけでは身につかない。
他者の中に自己を組み込むことで分かる。
誰にだって、自分自身の好きなところもあるし、嫌いなところもある。(そうじゃなきゃそもそも人間じゃないので、ここはすんなり通させて欲しい。)
だが、それを必ず他人も同じように「コイツのこういうところ良いな」と思っているのかと言えば、違う。
具体的には、
例えば自分が「俺って基本的には誰とでも馴染めるし、リーダーシップもあるんだよな」と思っていたとしよう。
そういうところを自分の良いところとして認識したとしよう。
しかし(一部の)他人は、そうは思わない。
「こいつ目立ちたがりやだよな…」だとか「ダル絡みしてきて邪魔なんだよな」だとか
そうやって他人に思われることだってある。
つまり、自分が思う自分というのは、あくまでも
「自分の中での自分」であり、他人にはそのとおりに受け乗られないものなのである。
あくまでも当たり前のことしか言っていない(つもりだ)が、
自分を相手に理解されなかったり、相手のことを理解できなかったりという背景には、こういうことがあるんだと思う。
しかし、そんな「相手が俺のこと、この程度にしか思わないんだな」という感情ばかりでは、人生に楽しみなんてなくなってしまう。
そこで俺の考えた発想が、タイトルにもなっている「ぐにゃぐにゃベクトル」だ。
(なんともダッセェ名前だが、そこは適当に受け流しておいてほしい。)
この「ぐにゃぐにゃベクトル」の概念では、名前の通り、自分自身を1つの「直線」として捉えないというものである。
「自分の中の自分」「家族からみた自分」「社会からみた自分」
いろいろな自分が存在するというまとめきれない事実を、
「自分とはそういうものなんだ」と、まとめて捉えることである。
時によって行動が変わる。雰囲気が変わる。気持ちが変わる。
当たり前のことである。
世の中はそういう人に対し「筋が通ってねぇ」みたいな評価をつけることもあるが、そんなのどうでもいい。
さて、そういった考えの結果、「ぐにゃぐにゃベクトル」が生まれる。
ぐにゃぐにゃベクトルは、真っ直ぐではない。
自分の思うように進み、ときには他人に干渉し、ときには他人に干渉され、
結果的に他者との関係を善く保っていく。
しかしそんなフラフラしたようでありながらも、これはあくまでも「一本の線」である。そうでなければならない。
「線ではある、しかし真っ直ぐではない」
こう聞くと、なんだか良く分からない現象になる。
それこそが、人間の不確かさであり「人間らしさ」でもあるのだ。
ぐにゃぐにゃの線がポキポキと折れてしまうのは、
それは自分の中でのまとまりを欠いているということだ。
そういった人たちが、人生に悩みを抱えているんじゃないかと思う。
つまり、「ぐにゃぐにゃベクトル」の『ぐにゃぐにゃ』とは、言い換えれば「しなやかさ」なのである。
また、いくら「真っ直ぐではない」とは言え、ちゃんとラインとして維持していく必要もある。
縁がぼやけてしまったり、ギザギザになってしまったりする…
それは、人間が自らに自信を持てなくなっていたり、自らを捨てていたりする状態だ。
そうなると、もはやせっかくのベクトルが、変なものになってしまう。
そう、大事なのは「ベクトル」としての誠実さ。
他人に干渉され続けるのでもなく、他人を干渉し続けるのでもなく、
だからといって自らに自信がないわけでもない。生きる理念は捨てない。
曲がっていてもいい。ひねっていたって、ぐるぐるしていたって良い。ただ、一本の線であること。これが重要なんだ、と。
これこそが「ぐにゃぐにゃベクトル」の真髄であり、
俺たちが社会で生きていくための重要な要素なんじゃないか…と、
とある高校生は考えました。