コロナが招く「福祉崩壊」の危機――住まいを失った人々に安心して暮らせる居住の保障を(稲葉剛)
稲葉 剛(一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人)
まさに「緊急事態」――生活困窮で家賃が払えない
新型コロナウイルスの感染が増えるなかで、3月末頃から、家賃が払えなくなり「大家さんから出て行けと言われ困っている」という相談が相次いでいます。これまで家賃の滞納など、したことのなかった人たちからも相談があります。
2008年のリーマンショックのときに住まいを失ったのは、製造業の労働者が多かったのですが、今回、まず最初に生活が苦しくなったのは、仕事ができなくなった飲食店などの自営業者やフリーランスの人たちでした。それが、長期化するにしたがって幅広い業種に広がり、家賃を払えず、住まいを失うという事態が拡大しています。
「緊急事態宣言」が出される前から、こうした状況になることが予想されたので、私たち「住まいの貧困に取り組むネットワーク」は、3月末に「緊急アピール」を出しました。それは、大家さんや不動産業者、家賃保証会社に、無理やり家を追い出すことは違法ですよと警告し、同時に、政府に対して共に公的支援を求めていきましょう、と呼びかけたものです。
2日で42万件アクセス 助けを求める人・人・人
4月18,19日には、私たちと連携している法律家のグループが中心になって、全国一斉に「コロナ災害を乗り越える――いのちとくらしを守る なんでも電話相談会」を行いました。弁護士、司法書士、社会福祉士、労働組合員、行政職員、地方議員、NPO職員たちが共同で対応をしたのですが、2日間で約5000件もの相談が寄せられました。
ただ、これはほんの一部の数字で、電話アクセス数は約42万件もあったそうです。まさに、対応しきれない相談が寄せられている状況になっています。
ネットカフェ閉鎖――路上に追いやられる人々
東京都などの大都市では、4月7日の「緊急事態宣言」によって、ネットカフェに休業要請が出されました。都内にはネットカフェに約4000人が暮らしていると言われています。その人たちの多くはワーキングプアで、たとえば建築・土木・飲食店などで働いていますが、「宣言」が出される前から仕事が減って収入が減少し、所持金が尽きかけていた人が多かったのです。そこに追い打ちをかけるようにしてネットカフェが閉鎖され、所持金が数十円しかないような状態で居場所を失い、路上生活へと追いやられるという、かなり深刻な状況になっています。
東京都がビジネスホテルを借り上げ、しかし…
危機感を募らせていた私たちホームレス支援に取り組んできた団体は、4月3日に東京都に対し、ホテルを借り上げ、感染症リスク対策として個室を提供するよう求める緊急要望書を提出しました。
私たちの要請を受けて、4月6日に小池都知事が記者会見をして、「ネットカフェで寝泊まりする人や住まいを失う人に一時的に住居支援します」と発表しました。そして実際、ビジネスホテルを借り上げてくれたのです。
ただ、事業の開始が遅かった問題もあって、まだ500人ほどしか利用できていません(4月20日現在)。さらに困ったことに、ビジネスホテルを提供していることを、都はまったく広報していないのです。また、利用状況を確認しようとしても、情報開示をしないため、その実態すら把握できません。私たち支援者や都議会議員らがSNSなどで発信して、なんとか知らせる努力をし、都にも利用しやすくできるよう要請し続けています。
こういう事業を明らかにして、受け入れ態勢を整えたうえで、ネットカフェに休業要請をしてくれたらよかったのですが、順序が逆で、それを知らずに路上へと出て行った人も多くいます。また、なんとか私たちとつながって申請に行ったものの、窓口で追い返される事例が多発しています。
自宅待機が推奨されるなかで、福祉の相談窓口の職員数も減っています。しかし、相談者は増える一方で対応が悪くなっている、という問題もあると思います。今、「医療崩壊」が懸念されていますが、「福祉崩壊」も迫っているのではないか、と危機感を強くしています。
感染が拡大するなかで、今何ができるのか
私たちの「つくろい東京ファンド」には、4月8日から2週間で100件以上のSOSが寄せられています。電話代が払えず電話がストップしている人も、スマホを持っていれば、フリーWi-Fiでつながることができます。「もう死ぬしかないんじゃないか」という絶望的な声も聞こえます。近県からの相談もありますが、移動する電車賃もない場合、近くにいる支援団体に連絡して対応してもらい、緊急宿泊支援を行っています。
しかし、リーマンショックの際は、派遣村に500人が集まるような大規模な相談会を行うことができましたが、今回は、感染症リスクのために、そうした大規模相談会を開くことができません。炊き出しも、これまでなら温かいご飯を提供できていたのが、今は事前にパック詰めしたものを、間隔をあけて渡して、それぞれ食べてもらっています。なんとか工夫を凝らしていますが、これまでとは違う難しさがあります。
「つくろい東京ファンド」が中心となって設立した「東京アンブレラ基金」による相談受付フォームはこちら。
「東京アンブレラ基金」設立に賛同してくださった協働団体の皆様
住まいの確保を第一に――「居住福祉」の確立を
5,6月になると、新たに住まいを失う人が大量に出てしまうのではないか、と懸念しています。この先、不況が深刻化・長期化していくと、どれだけ多くの人に及ぶのか、と。
そのため私たちは、貧困対策を拡充し、住宅支援を行うよう国に対して要求し続けています。
厚労省にも少し変化が見られます。これまで失業者だけ、それも離職2年以内の人だけが対象だった住居確保給付金が、4月20日から、収入が減少するなどして生活に困っている人も受給できるようになりました。これは、住まいを失わない対策としてとても重要です。
私たちはずっと「ハウジングファースト」、つまり、住まいの確保を第一にして困窮者支援を行うことの重要性を訴えています。住まいは、すべての人間生活の基盤であり、福祉の基礎です。しかし、「居住福祉」(故早川和男神戸大学名誉教授が提唱)の思想が根づいていない日本では、困窮すると住まいを失うことが簡単に起きてきました。
新型コロナの影響が広がるなかで、このままでは、かつてないほど多くの人たちの生活の基盤が失われかねません。今こそ「居住福祉」を掲げ、安心して暮らせる住まいの保障を実現していかなければならないと思います。
※つくろい東京ファンドでは、セーフティネットの「修繕」への参加を呼びかけています。ご協力をよろしくお願いいたします。
(いなば つよし)一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授。著書に『閉ざされた扉をこじ開ける―― 排除と貧困に抗うソーシャルアクション』(朝日新書)、『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)ほか。杉浦真理・菅澤康雄・斎藤一久編『未来の市民を育む「公共」の授業』(大月書店、2020年)に「住まいの貧困と住宅福祉」を執筆。
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