見出し画像

「ほんもの」って何ですか?



血が通っていないものは結局冷たい



「ほら、おしゃれでしょ」
「ほら、おいしそうでしょ」
「ほら、高級感あるでしょ」

は通用しない時代になってきたし、
より通用しなくなっていくんだろうなぁということを日々感じています。


小手先のテクニックが通じない時代、
バレる時代。


高所得者層は特にそのようなものに飽き飽きしているように感じます。

ほんもの。
ほんとうのもの。
ほんとうのこと。

それを語る「ストーリー」というものがマーケティングにはありますが、
そこに血が通っていなければ冷たいだけかもしれません。


飲食店のレトロ回帰

レトロ回帰ブームがありました。
レトロな喫茶店、
レトロな洋食屋、
レトロな町中華、
クラシックなホテル・・

convit-19終わりで新しいものがより加速的に発信されるなかで、
小手先の真新しいコンセプト品が溢れに溢れ、
そこが飽和となり逆に、
長く人に愛されてきた、
必要とされてきたものを望むエネルギーもレトロブームの加速のガソリンになったのかもしれません。


Tacos 3Hermanos

ムーブメントが起きているタコスショップがあります。
タコストレスエルマノス。

「だってタコスは愛だから。」
というキャッチーな言葉があって、
ほんとうのメキシカンタコスということらしく、
そこには意識やコミュニティがあって「飲食店」という概念を飛び越えています。

山中湖に1号店、原宿にも出店。
ここは表に出ているYAMATOさん、
(表に出てない方もいるらしい)
通称JAMITAさんがカルチャーショックなキャラクター。

JAMITAさんの言葉を聞くと、
「正直」で「ほんとう」で血が通っているので、
いつの間にか感動が生まれ、納得が生まれます。

「ほんとう」を体現したようなムーブメント。


メキシコのタケロから教わるリスペクトと礼儀

Tacos 3Hermanosは牛肉を使った「スアデロ」と
豚肉を使った「カルニタス」がベーシックライン。

メキシコシティは標高が高く、
美味しいお肉が入りにくいという歴史があったらしく、
そんな肉をどう美味しく食べるか、というバックグラウンドがスアデロにはあったそう。

メキシコシティは標高約2,300mの高さのため、
お湯の沸点は約92℃、
チョリセロという鍋のボーラという真ん中が盛り上がった所でマンテカという肉の油と焼かれるが環境上低温長時間で火を入れて行く事になるそう。(コンフィ)

有名でもないエクストラというコンビニの前にRICOS TACOSというタコスがあったらしい。
美味しいからいつも売り切れるそう。
そこのタコスが好きでJAMITAさんが並んでいると、
若い酔っぱらいの連中が来て、
「どっちが辛いんだ」ってことを聞いたら、
千枚通しのようなものを向けて
おじちゃんが
「食ったら分かんだろバカ!」
といったそう。

JAMITAさんはそこでストリートの礼儀などを学ぶんだと感じたそう。
どういうことかというと、
タケロは「ほんもの」を自信を持って作っている

そこは客であろうとリスペクトを持たなきゃいけない
(リスペクトがないなら来なくていいんだぜ)

そこには礼儀がなければならない


それをより深める続きの話

そこではセボジャという油に浸した玉ねぎをタダで配っているらしい。
JAMITAさんが「俺も欲しい」というと
「おめえタダのものせがんでんじゃねえ」
という顔で見られたそう。

ただ、タケロのおっちゃんは目の前の自分の仕事を終わらせたら覚えててくれて
「ヘイ」
とくれたそう。
その時にJAMITAさんは
「ありがとう」
と思ったらしい。

そして
「お金を払ってるから当たり前」
のような意識がもしかして自分の中にあったんじゃないかと自責の念をもったそう。


これ何てことない話なんですが、
すごくすごく本質的な話だと、すごい話だと感じました。

お金を払ってるから「上」とか、
お金を払ってるから「当たり前」とか、
そこに良い意識は生まれません。


かっこいいということ

日本でもテキ屋さんというお祭りに出ているお店。
昔は堅気ではない組織の息があったり、
商店街などでも良くも悪くも「みかじめ料」などがあり、
それを払えばいざという時のトラブルから守ってくれたりと、、
必要悪として地域の組織と共存していた時代がありました。
(逆にそれを取り締まる事で外国人〇〇や半〇〇などが無秩序に横行することになるのですが・・)

でもタケロのおじちゃんに関しては、
メキシコシティというラフな街で
誰もお金巻き上げに来ないし、
「あの人かっこいいし」
「あの人いなくなっちゃったらおいしいタコス食べれないし」
という必要性で成り立っていることが
「粋」
だと感じたそう。

これって涙ちょちょ切れるほど大事な意識じゃないでしょうか。


コミュニティの時代

お客様は意識を共有できる仲間であって、
そこが共有できないならば無理に関わる必要のない時代。

フェア。

お金の有無が経済の全てを決めていた時代は終焉を向かえ、
意識(こころ)と経済が繋がる時代。
「ほんもの」の時代。

それの断片をJAMITAさんはメキシコシティで感じて、
それを「愛」と表現しているんだと個人的に感じています。


「職人」か「職人じゃない」か

もう面倒くさいほど僕らの業界はこのやり取りがあります。

もう、稚拙にまとめると、
「職人だと偉い」
となりがちなんです。

JAMITAさんは自分を職人じゃないと言い切ります。
タケロなんだと。

一般人とタケロの違い

タコスを作るか作らないか
だそう。

メキシコでは道ばたで美味しいタコスがいっぱいあるから一般人が家でタコスを作らないそう。


「ほんもの」か「ほんものじゃない」か

「職人」か「職人じゃない」か、
なんてフェーズではなく、
これからの時代は
「ほんもの」か「ほんものじゃない」かなのかもしれません。

すごく職人ぶっていても意識がそこに無ければ猿芝居とみられてしまいます。

トレスエルマノス的にいうと、
「愛」か「愛じゃない」か。

自分的に言うと
「感謝がある」か「感謝がない」か。



Tacos 3Hermanosへ

これは実際に行かないと。
という事で茨城から帰ってくるなり、
タイミングあったので向かっていてお店に近くなったところで、
時間も時間だったこともあり、
カフェで話し込んでいるJAMITAさんを見かけました。

帰りにそこを通るとまだ4人くらいで話し込んでいました。
失礼を承知で単身話しかける大塚。
JAMITAさんの隣にいた人が
「なんか見た事あるなと想ったら、パティシエの・・」と声かけてくださり、
そうすると、
食べログマガジンの取材でカメラマンとして来てくれた方でした。

長髪ドレッドハーフの方で、
食べログマガジンの取材に似つかわしくない出で立ちながらも、
すごくピュアで面白く長くお話した記憶が。
繋がりますよね。

失礼にも関わらずJAMITAさん、DMよこせ、という事を仰ってくださり、
やり取りさせていただきました。
良いヴァイブスをありがとうございます。
リスペクトです。

そして意外にも通りを出たらすぐ一緒に作った商品が置かれているTamituの店舗で、
こんなに近かったんだと。
そのすぐ上にはお手伝いさせて頂いているラグジュアリーブランドさんが。
いろいろ繋がってくなと。
思った次第です。


ほんものを知るか知らないか

面白いのが、
この話をしちゃう事があって(謝)、
もちろん響く人、
「なんか愛の話だねー。」って響かない人がいるんですが、
意外にラグジュアリーのお偉いさんに響いたところがありました。


血の通った、
ほんもの。
ほんとうのもの。
ほんとうのこと。


スアデロ
カルニタス



#感謝の芽吹き

いいなと思ったら応援しよう!