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アンパンマンと鯖缶のカレートースト

食いしん坊3児ママによる、朝ごはんエッセイ連載。
おいしさも栄養も作る楽しみも全部叶える、執念の朝ごはん。


食卓に新風を巻き起こしてくれるのは、いつだってストック棚の住人たちだ。

「そのうち使うかも」「とりあえず買っておこう」と、棚の奥に押しやられたまま忘れていたのに、急に思考に飛び込んできて、そのまま鮮やかな着地を決めてくれる。

今朝はそれが、鯖缶とアンパンマンカレーだった。


朝は米派(主におにぎり)なのだが、その日は珍しく食パンがキッチンに鎮座していた。食パンを食べるときは、たいていおかず系のトーストにする。

刻み海苔を散らして、しらすトースト。
ツナマヨトーストに、ピザトースト。
薄味にした肉そぼろで、肉味噌チーズトースト。
目玉焼きを焼いて、ラピュタトースト。

肉や魚、卵やチーズを一緒に乗せて焼いてしまえばおかずを作る手間が省けるし、主食でタンパク質が摂れるので、一石二鳥というわけである。


その日は、バリエーションの食材メンバーが不在だった。シンプルにチーズトーストにしてもいいけれど、もうちょっと、どうにかしたいんだよなぁ。

困った困ったと思っていると、棚の奥の方から「……わたくしがおります」と微かな声が聞こえた。


……誰?


覗いてみたら、鯖缶だった。鯖の、水煮缶である。

あー、はいはい、あったねぇ。

お肉もお魚も使い切ってしまい、どうしようと思うたびに、いつもピンチを救ってくれるのだ。頼れる相棒、鯖缶。スペックよし、工夫次第で味もよしなのに、普段まったく思い出さないのはなぜだろう。長らく放置してしまって、ごめんよ。

秋は鯖の旬だしね。
よし、今日は鯖缶で、いっちょやってみようじゃないの。


とりあえずフライパンを火にかけて、冷凍の玉ねぎみじん切りをパラパラ入れる。鯖缶を入れたら、ヘラで雑に潰す。魚臭いと文句を言うやからがいるので、料理酒も適当に入れる。あとはケチャップと、魚に合うハーブでも適当に入れれば、それなりに仕上がるだろう。

1分程度グツグツさせて味見をすると、なんだかイマイチだった。混沌としていて、爽やかな朝には似つかわしい雰囲気というか、ケチャップとハーブでパンチ効かせても、鯖が圧倒的に一人勝ちしちゃってるというか。

「相変わらず、強いね」と声をかけると、鯖缶は顔を真っ赤にさせて「ご、ごめんなさい」と呟いた。いやつじゃ。


さて、どうしよう。
再び、困った困ったと思っていると、今度は引き出しから「僕の出番じゃない?」と声がする。ん? 聞き覚えのある声だぞ。……戸田恵子?

引き出しを開けると、戸田恵子ではなく、アンパンマンカレーだった。

このサイズが2つ入っている

あー、はいはい、あったねぇ。

我が家ではレトルトカレーを食べることがほとんどない。それなのにアンパンマンカレーが何箱も待機している。

子どもたちとスーパーに買い物に行くと、シール欲しさにポケモンカレーをねだる兄たちが「これは末っ子ちゃんの」とアンパンマンカレーを勝手にカゴに足すのだ。

使う予定がないので、減らない。子どもがスーパーに同行した回数分、レトルトカレーがたまっていく。そのアンパンマンカレーが、声をかけてきたのだ。

「鯖の臭み、僕がパンチしますよ!」
「僕ハーフサイズだから、カレーソース的にも使えますよ!」

アンパンマンカレーが、やたらとゴリゴリ営業をかけてくる。さすがは、有象無象が陳列された棚で選ばれし実力派アンパンマンである。押しの強いタイプはやや苦手だが、彼のセールストークは的確で、魅力的だった。

なるほど。鯖と、カレーか。
確かに、安定の組み合わせである。
パンでもいけるかもしれない。

アンパンマンカレーの何が優秀かって、幼児の量に合わせて小分けになっているところだ。1袋では多いけれど、ハーフサイズになっているのでアレンジしやすい。これなら、フライパンで煮詰めている鯖トマトに加えても、パンに乗せるフィリングとして成り立つだろう。採用である。


フライパンでグツグツやっているところに、1袋分のアンパンマンカレーを送り出したところ、瞬時に世界が平和になった。優秀な二人が手を取り合うと、話が早い。

出来立てのアンパンマン鯖カレーフィリングとチーズを食パンに乗せ、オーブンに入れてトーストボタンを押す。

「アンパンマンカレーだ!」
「ヤッタァ!」

出しっぱなしにしていた箱を見て喜ぶ子どもたち。ちょうどパンが焼けたのでオーブンを開けると、カレーのいい香りとチーズのとろっとしたビジュアルに、再び歓声が上がる。

期待を裏切らず、子どもたちは夢中でトーストを食べた。食べたそばから、みんな笑顔になっていく。その笑顔を見て、私も思わず幸せな気持ちになる。あっちこっち、平和。

ありがとうアンパンマン。お腹も心も満たされて、いい一日のスタートが切れそうだ。


ありがとう、ありがとうと思っていたら、トーストからまた微かに「わたくしもおります……」と声がする。

うん、うん。鯖缶もね。君がいなきゃ、今朝のメニューは成り立たなかったよ。いつもピンチを救ってくれて、ありがとう。


ストック棚には、まだまだ隠れた可能性が眠っている。
次はどんな組み合わせで、風が吹くのだろう。気まぐれな朝の楽しみが、またひとつ増えた。



【back number】
#1 秋の始まりと、ドラゴンフルーツ
#2 希望のピザトースト
#3 とりあえず、かき玉汁
#4 やさぐれた日の、豆腐白玉だんご
#5 やっぱり、大根葉ふりかけ


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