アンパンマンと鯖缶のカレートースト
食卓に新風を巻き起こしてくれるのは、いつだってストック棚の住人たちだ。
「そのうち使うかも」「とりあえず買っておこう」と、棚の奥に押しやられたまま忘れていたのに、急に思考に飛び込んできて、そのまま鮮やかな着地を決めてくれる。
今朝はそれが、鯖缶とアンパンマンカレーだった。
朝は米派(主におにぎり)なのだが、その日は珍しく食パンがキッチンに鎮座していた。食パンを食べるときは、たいていおかず系のトーストにする。
刻み海苔を散らして、しらすトースト。
ツナマヨトーストに、ピザトースト。
薄味にした肉そぼろで、肉味噌チーズトースト。
目玉焼きを焼いて、ラピュタトースト。
肉や魚、卵やチーズを一緒に乗せて焼いてしまえばおかずを作る手間が省けるし、主食でタンパク質が摂れるので、一石二鳥というわけである。
その日は、バリエーションの食材メンバーが不在だった。シンプルにチーズトーストにしてもいいけれど、もうちょっと、どうにかしたいんだよなぁ。
困った困ったと思っていると、棚の奥の方から「……わたくしがおります」と微かな声が聞こえた。
……誰?
覗いてみたら、鯖缶だった。鯖の、水煮缶である。
あー、はいはい、あったねぇ。
お肉もお魚も使い切ってしまい、どうしようと思うたびに、いつもピンチを救ってくれるのだ。頼れる相棒、鯖缶。スペックよし、工夫次第で味もよしなのに、普段まったく思い出さないのはなぜだろう。長らく放置してしまって、ごめんよ。
秋は鯖の旬だしね。
よし、今日は鯖缶で、いっちょやってみようじゃないの。
とりあえずフライパンを火にかけて、冷凍の玉ねぎみじん切りをパラパラ入れる。鯖缶を入れたら、ヘラで雑に潰す。魚臭いと文句を言う輩がいるので、料理酒も適当に入れる。あとはケチャップと、魚に合うハーブでも適当に入れれば、それなりに仕上がるだろう。
1分程度グツグツさせて味見をすると、なんだかイマイチだった。混沌としていて、爽やかな朝には似つかわしい雰囲気というか、ケチャップとハーブでパンチ効かせても、鯖が圧倒的に一人勝ちしちゃってるというか。
「相変わらず、強いね」と声をかけると、鯖缶は顔を真っ赤にさせて「ご、ごめんなさい」と呟いた。愛いやつじゃ。
さて、どうしよう。
再び、困った困ったと思っていると、今度は引き出しから「僕の出番じゃない?」と声がする。ん? 聞き覚えのある声だぞ。……戸田恵子?
引き出しを開けると、戸田恵子ではなく、アンパンマンカレーだった。
あー、はいはい、あったねぇ。
我が家ではレトルトカレーを食べることがほとんどない。それなのにアンパンマンカレーが何箱も待機している。
子どもたちとスーパーに買い物に行くと、シール欲しさにポケモンカレーをねだる兄たちが「これは末っ子ちゃんの」とアンパンマンカレーを勝手にカゴに足すのだ。
使う予定がないので、減らない。子どもがスーパーに同行した回数分、レトルトカレーがたまっていく。そのアンパンマンカレーが、声をかけてきたのだ。
「鯖の臭み、僕がパンチしますよ!」
「僕ハーフサイズだから、カレーソース的にも使えますよ!」
アンパンマンカレーが、やたらとゴリゴリ営業をかけてくる。さすがは、有象無象が陳列された棚で選ばれし実力派アンパンマンである。押しの強いタイプはやや苦手だが、彼のセールストークは的確で、魅力的だった。
なるほど。鯖と、カレーか。
確かに、安定の組み合わせである。
パンでもいけるかもしれない。
アンパンマンカレーの何が優秀かって、幼児の量に合わせて小分けになっているところだ。1袋では多いけれど、ハーフサイズになっているのでアレンジしやすい。これなら、フライパンで煮詰めている鯖トマトに加えても、パンに乗せるフィリングとして成り立つだろう。採用である。
フライパンでグツグツやっているところに、1袋分のアンパンマンカレーを送り出したところ、瞬時に世界が平和になった。優秀な二人が手を取り合うと、話が早い。
出来立てのアンパンマン鯖カレーフィリングとチーズを食パンに乗せ、オーブンに入れてトーストボタンを押す。
「アンパンマンカレーだ!」
「ヤッタァ!」
出しっぱなしにしていた箱を見て喜ぶ子どもたち。ちょうどパンが焼けたのでオーブンを開けると、カレーのいい香りとチーズのとろっとしたビジュアルに、再び歓声が上がる。
期待を裏切らず、子どもたちは夢中でトーストを食べた。食べたそばから、みんな笑顔になっていく。その笑顔を見て、私も思わず幸せな気持ちになる。あっちこっち、平和。
ありがとうアンパンマン。お腹も心も満たされて、いい一日のスタートが切れそうだ。
ありがとう、ありがとうと思っていたら、トーストからまた微かに「わたくしもおります……」と声がする。
うん、うん。鯖缶もね。君がいなきゃ、今朝のメニューは成り立たなかったよ。いつもピンチを救ってくれて、ありがとう。
ストック棚には、まだまだ隠れた可能性が眠っている。
次はどんな組み合わせで、風が吹くのだろう。気まぐれな朝の楽しみが、またひとつ増えた。
【back number】
#1 秋の始まりと、ドラゴンフルーツ
#2 希望のピザトースト
#3 とりあえず、かき玉汁
#4 やさぐれた日の、豆腐白玉だんご
#5 やっぱり、大根葉ふりかけ