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コーンフレークの恋
「コーンフレークの食感を、どう表現するか」
そんな問いをXの投稿で目にしたことをきっかけに、数十年ぶりにナオくんのことを思いだした。
彼ならなんと答えるだろうか。
カリカリ、ザクザクではないはずだ。シナシナ、ふやふや、ショナショナ……?
ナオくんは、ふやけたコーンフレークをこよなく愛する男だった。
コーンフレークが水分に触れ、刹那の味わいを求める人々がいっせいにスタートダッシュをきる中、ナオくんはただ、じっと待つ。食感というアイデンティティが失われていく過程は、彼にとって「熟成」なのだ。
そして、牛乳にひたすこと数分。頃合いをみはからって、彼は静かにつぶやく。「時は来たり」と。
今なら、好みは人それぞれだと片づけるかもしれない。ただ、小学生時代のわたしにとって、「ふやけたコーンフレークが好き」という嗜好はあまりに衝撃的だった。
ふやけたコーンフレークが好きだなんて、大人っぽすぎない……?
今ならわかる。
あの日ナオくんに対して感じた衝撃の呼び名を。
人はそれを、恋と呼ぶのだ。
ナオくんと同じクラスになったのは、小学3年生のときだった。
彼は、主語を「小学生男子」と大きく広げても、そのイメージにしっかり包含されるような、どこにでもいる愛すべきクソガキだった。
席替えをすると、なぜか何度も隣どうしになる。
離れたと思えば、今度はななめうしろ。
「ゲッ! またおまえ?」
「そんなの、こっちのセリフだし!」
悪態をつきあっていたけれど、内心ナオくんと席が近いと嬉しかった。絶妙な塩梅で容姿を揶揄してつけてくるあだ名はセンスがよく、悔しいけれど思わず膝をうってしまう。ナオくんと話す時間は楽しくて、多分わたしたちは仲がよかった。
それでも、ナオくんに対する印象は「相性のいいクソガキ」。それ以上でも、それ以下でもない。
彼の印象を大きく変えたコーンフレーク革命の前に、2回あった軽いジャブについても触れておきたい。
1回目は、ティッシュボックスの乱だ。
なんの授業だったか、ごみに模したさまざまなものを体育館に集めて、みんなで分別してみましょう、という試みをしたときのことだ。
プラスチックマークがついたお菓子の袋は、プラスチック資源ごみの箱に。ゴム製の長靴は、可燃ごみの箱に。
電池は? やかんは? スポンジは? と、会場にあるものをあれこれ箱に仕分け、児童にエシカルと常識をしみこませていくのが目的だろう。
仕分け中、空のティッシュボックスと目があった。
あれは、疑う余地なく紙ごみだ。かんたんすぎる。もっと、人生経験を試されるオオモノに挑戦させてくれよ。
ティッシュボックスを無視していると、横からニュッと手がのびてくる。ナオくんの手だった。
ふっ。
そんな、正解が分かりきっているものに手を出すなんて、つまらない男……。
女子小学生らしく、男子を小馬鹿にしたような態度でナオくんを憐れむ。
ところが彼は、紙ごみの箱を通り過ぎて、プラごみの方に向かっていく。いやいや、プラごみて! そういうボケおもんないねん。
呆れて見ていると、ナオくんはおもむろに箱の中に手を突っ込み、内側のフィルムをびりりと剥がしはじめた。
え……?
そこ、とれるの?
フィルムをプラごみ用の箱に放り、外側は紙ごみの箱へ。華麗にティッシュボックスを仕分けるナオくんに、わたしの心は乱されていた。
こやつ……できる……!
視線に気づくと、彼は「見てんじゃねーよ」とつぶやき、風のように去っていく。時間にして数秒。しかしそれは、あまりにも意味がある数秒だった。
「そう、電池は不燃ごみだよね」
「ペットボトルは惜しいなぁ、ふたとラベルは、外すよ」
児童が仕分けた箱から一つひとつモノを取り出し、先生が答え合わせをしていく。子どもたちは正解が出るたびに喜び、間違いがあるとキャァキャァと騒いだ。
「これは先生、感心しちゃったな。ティッシュボックスは、紙ごみだよね。内側のフィルムは剥がして、プラスチックごみに入れます。ちょっと難しいけど、大正解でした! さて、次は……」
児童の関心が先生の手元に集中する中、わたしはひとりナオくんを見つめていた。
偉業を成しとげた彼は、当然という顔ですましている。
トクン……。
ナオくんって、ただものじゃない。
なんかわかんないけど、わたし、彼に負けてる。
そして、ちょっとだけ……ちょっとだけだけど、
……かっこいいかもしれない。
そして迎えた2回目のジャブが、ママレモン維新だ。
ナオくんに心を乱された翌週、家庭科で調理実習があった。席が近いわたしとナオくんは、家庭科室でも同じ班だ。
「ちょっと男子、ちゃんとやってよー」と文句を言いながら、調理器具やお皿をぶくぶくと洗っているときだった。
「あれ? 出なくなっちゃった」
食器用洗剤ママレモンが、うんともすんとも言わない。振ってみたり、カシュッ、カシュッ、とボトルのおなかを押したりしてみたけれど、だめ。
「おい、貸せよ」と、とつぜんナオくんにママレモンを奪われた。
どうせ空の容器でふざけるつもりだろう。男子がふざけると、班全体が怒られる。周りへの影響を、ナオくんは全然考えない。ほんと、そういうとこがクソガキをクソガキたらしめてるんだからね!
ナオくんはママレモンのふたを開け、そのまま本体を蛇口に突っ込むと、中に水を入れはじめた。なんだ? 水鉄砲でも作る気か?
「やめてよ、先生に新しいのもらってくるから」
ナオくんを制すると、真面目な顔で「ん!」と水いり洗剤を渡される。
「振ってから使ってみ」
なんだよ、水で洗えってのかよ。
まったく男子の考えることときたら。
そう思いながら、スポンジにむけてママレモンを押すと、やや泡立った水が出る。
クシュ、クシュ。
スポンジを揉むと、泡は見事な復活を遂げた。
一連の流れを見守っていた班の子どもたちが、おぉ〜! と歓声をあげる。
「ナオ、すげぇ!」と興奮してナオくんの肩をたたく男子に、「こんなもん、常識だろ」とクールに言い放つ彼。
トクン……。
トクン……。
ドクン……!
やっぱりこの男、ほかの男子とは違う。
生活力というか、地に足ついてる感というか……こんな大人っぽいやつだったっけ?
彼はけっしてイケメンではない。ふざけてばっかりで、勉強も得意じゃない。だけど、だけど……
心の目で、彼を見る。瞬きをすれば見失ってしまいそうな、わずかな光だ。蜃気楼のごとくゆらめく彼の余韻を、じっと見つめる。
そこには、今まで知らなかった彼が、ぼんやり映っていた。大人びた表情のナオくんの瞳がまぶしくて、直視できない。
「……水で復活させるとか、ケチくさっ!」
心の動揺を悟られまいと、思わずにくたらしいセリフが口をつく。ナオくんと話すと、自分のかわいくないところばっかり出てくるのはなんでだろう。
うるせぇ! と言いながら、ナオくんはまた男子の戯れへ戻っていった。
2回にわたる事件により、わたしの心はゆるやかにウォーミングアップをはじめた。
そして、本格的に走り出すきっかけとなったのが、冒頭のコーンフレーク革命である。
給食のときだったか、休み時間の雑談のさなかだったか、状況の記憶はない。たわいもない会話から、コーンフレークの話になったのだろう。
「ふやけたコーンフレークが好きとか、なにそれ! 信じられない」と笑いながら、わたしは心がナオくんに向かって走り出すのを感じていた。
連日見せつけられていた家事能力の高さと、コーンフレークに独自の魅力を見出すナオくんの異端者、芸術家としての姿に、わたしはすっかり魅了されたのだ。
あの頃はまだ、この気持ちの正体をつかめないままだだった。
ただただ、ナオくんが隣の席であることを喜び、知られざる一面に自分だけが気づいているという高揚感を楽しむだけ。
知らなかったのだ。
この乱された心が、衝撃が、走り出した気持ちが、恋なのだと。
===
大人になってみても、やっぱりわたしには、ナオくんが愛するふにゃふにゃとしたコーンフレークが好きになれないままだ。
それでも、彼に抱いたあの日の気持ちは、今も心の中にある大切な場所で、静かに眠っている。
ナオくんは、相変わらずふやけたコーンフレークを愛しているだろうか。今はもう、知るよしもない。