おととことばこ

声の重なりでせかいを見つめる音楽。 https://www.ototokotobako.com

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最近の記事

「じぶん」を奏でる声のかさなりーおととことばこ の、まにふぇすと

HPを、すこし、変えようとおもう。 「おととことばこ の、庭」→「おととことばこ 」 庭、をとる。 理由:「ばこ」が、もう、もともと「庭」の意味、というのと。 「庭」ということばは宇宙をはらんでいてとてもすきなのだけれど、ひとびとがただ集っているばしょ、という表面的なイメージを想起させることば、文字のような気がして。 あらゆるひとが(ひと以外のすべての存在もね)「じぶん」とつながり「じぶん」を生きることこそが、せかいを調和へと向かわせるのだと、わたし自身がいま、すご

    • 憧れだった大学に勝手に寄付してみる(1)

      服部みれいさんおすすめの、スーザン・フォワード著『毒になる親』をきっかけに、じぶんの中の子ども、インナーチャイルドのいのちが渾々と湧き出しているわたし。 そんな自分の内側の声へのとびらをぱかーんと開いた状態で過ごしていると、ふと、自分が今まで何度も繰り返し「2度目の大学受験をする夢」を見ていることに、気づいた。 わたしは高校時代、ものすごく憧れている大学の学部があり、そこ1本を目指して勉強していた。けれども学力が足りず断念し、手堅い地元の大学を選んで手堅く合格した。 ど

      • でんきのことが、きになる。(1)

        コロスケのあたらしい波でいろんなことをかんがえている。 ちきゅうに、うそをつかないで、ほんきで、生きよう。と、おもってきている。 それで、じぶんのクリエイションについてずっと課題だった問題と向き合うことにした。 それは、でんきである。 わたし自身は、自然とつながって生きることに喜びをかんじるけれども、わたしのおんがくというのは、創作するときも、パフォーマンスするときも、何にしたって電源が要る。 3.11この壁を認識したのは、ご多分にもれず、3.11だ。 当時わたし