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美容師さんはコミュニケーションのスペシャリストだと気づいた土曜日。

私の、毎月の楽しみの一つに、美容室で髪を切ることがある。
一ヶ月もあれば、髪はもっさりして、
私は目に掛かりそうな前髪を横に逸して会社に通う。
直毛で毛も太めだから余計に厚ぼったく見える。
大学時代は二ヶ月や三ヶ月に一回の頻度だったが、
社会人になってからは身嗜みの清潔さに拘って月イチだ。
……正直なかなかな出費ではある。
カットで3500円、パーマで8000円。
社交のための最低限の、暗黙の了解。
誰からも強制はされないが、
『人に見られている』という意識が私を型にはめ込む。
型にはめ込む、というと聞こえが悪いが、
要は、人から嫌な目をされて傷つくのが嫌だし、
裏を返せば、人から好印象を抱いてもらえるのは嬉しいことなので習慣としている。
髪をいじるのが好き、というのもあるが、
私は行きがけの美容室にこだわる。
月に一回、髪を切ってもらいながら、
顔なじみの美容師の方と話すのが楽しいというのが、
私が美容室で紙を切ることを楽しみにしている一番の理由だと思う。

大学時代は、一時期下宿先の美容室を利用することがあった。
私が行った美容室の美容師さんは誰もがコミュニケーション強者だった。
人から話を引き出すのが上手い、というか、
人に気持ちよく話してもらうことが上手いのだ。

会話はキャッチボールで、
キャッチボールは相手の胸にめがけて投げるのが肝要だ。
ぶっちゃけここまでできれば、『コミュニケーション能力がある』ってことなんだろうな、と思う。
相手の話した内容に対して、文脈に沿って、ロジック立てて返事をする。
「今日は天気がいいですね」に対して、
「そうですね。こういう日はピクニックとかいいですよね」と返すような。

「今日は天気が悪いですね」に対して、
「それは××党の悪政が原因だ!」って返しをしたらなんだこいつってなる。
こういうのをコミュニケーション能力がないというのだと、最近なんとなく理解した。

でも世の中には、「コミュニケーション能力がある」ということに収まらず、
「コミュニケーションに強い」人がいる。
私の場合、その身近な例が美容師さんだった。

まず、会話の切り出しが面白い。
なぜって、一言目がたいてい天気の話から始まるのだ。
いい天気でも悪い天気でも。

でもなんで天気なのだろう?
話を切り出そうとして「いい天気ですね~」と言って、
そのあとが続かない例は、創作作品で何度も見たことがある。
それくらい、天気の話って話が続かない地雷原みたいなイメージが植え付けられている気がする。
美容師さんに、「切り出しが天気の話題じゃないと会話が続かない」って制約があるのかもしれないけど、そうでもないはずだ。

で、考えてみたわけだけど、
「天気」って基本的に誰にも通用するネタだってことに気づいた。

天気って、
自宅から美容室に来るまでにたいてい一度は感じるものだ。
家を出るとき、移動時、店に入る前……天候は常に私たちの肌に振れる範囲にある。
万国共通の「共通の話題」なんだ。属性とか関係なしに固定ダメージが入る系のワザみたいな。
そういうオールラウンダーな面を持っている。だから、天気なのかも。

もちろん、天気の話題で切り出したところで会話が続かないお客さんはいるだろう。
けれど、会話をする意思があれば、次の句が飛んでくる。会話はキャッチボールだ。相手が投げてくれば、次にボールを投げることができる。
それでも会話が続かないお客さんはいるだろう。
そのときの対処法については、また来月美容師さんに会うときに聞いてみたい。

切り出しはできた。
でも、キャッチボールを長くしていると、途中で球切れになることがある。
会話をするのは疲れる。相手に対して、どういう言葉を渡すのが適切か、考えれば考えるほど泥沼だ。
考える時間が増えると、会話の頻度が減る。次第に会話がなくなる。
美容師さんのすごいところは、一つの話題に対する会話を、無理にテンポよく繋げようとしないところだ。性急な応対ではなく、じっくりと考える。それゆえ、余白がある。(私のキャッチボールが下手すぎて余白が生じているってこともあるかもしれないけれど……)
切り出しと余白。でも、最後の一つが一番大事かもしれない。
それは、相手の発言・考えを受け入れつつ、共感したり、褒めたりすることだ。
「相手の発言・考えを受け入れる」というのはコミュニケーション能力の1つだ。しかし、それだけに収まらず、共感と褒めができるところが凄い。
この2つがあるだけで、話すのが楽しくなる。
人は意外と心をひらいてくれ、色々話を続けてくれる。私がそうだった。


私はこの文章を書きながら、改めて、美容師さんを尊敬した。
そういえば、キャッチボールをするときも、ボールを受け止める際にパシン、と快音を鳴らすことがある。「はじめの一歩」でも、鴨川源二(会長)は、ボクシング習いたてのはじめのジャブを受け止める際にあえて快音を鳴らすことで、はじめに自信をつけさせた。

コミュニケーションって、話すことだけじゃないんだってことを気づかせてくれた。
話を受け止めるときの技術も込みで、初めて会話が成り立つ。意思疎通ができるのだ。

今日のカット&パーマの8000円は、
8000円以上の価値を私に運んできたらしい。
そして、きっと来月もそれ以上の実りある時間になることだろう。


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