水を食べる|焼きなす
一昔前の私なら、夏が来れば揚げ物とビールがすべての物事の始まりで、まず油を取り込んでからいかにその油をビールの爽快感で洗い流すかが一夏のテーマだった。しかし歳を重ねるにつれてその勢いにもやや陰りが見え始め、そしていつからか「今日は何か油を一滴も使わないもの」という思考が自然と選択肢に入るようになってきた。
日本料理の「焼きなす」は暑い盛りに涼を演出する夏の風物詩的な料理。その特徴はなんといっても油を一滴も使わずに丸ごと素焼きする調理法で、皮を強火で焼いて炎の香りを染み込ませたら、氷水に取り手早く皮をむいて、ひんやりと見た目にも涼しげに供するのが料理人の夏の仕事。
もちろん家でもおいしく作ることができる。家では焼いたら特別冷やすことをせずに、焼き立ての余韻が残るぬるいところを口に含み冷たい酒で流せば温度も旨さも辻褄が合い、何よりおとなっぽくて楽しい。あまりの楽しさについつい“適量”を超えて杯を重ねてしまうころが、どうにもおとなになりきれないのだけれど。
■しっとり焼きなすの作り方■
【使った材料】1人前
・なす…2本
[お好みの薬味]
・おろし生姜
・かつお節
・青ねぎ
・大葉 など
・醤油…適量
なすは焼いたら水に取らずに「蒸らす」のがこのレシピの最大のポイントです。なす自体が持つ「水」を残らず生かすことで、水っぽさのない旨味溢れる仕上がりに。味付けは食べるときに醤油をひと回しすればもう終わり。複雑な調理法や味付けに頼らなくても出来るおいしい料理は、たくさんあります。
■動画でもご覧いただけます■
①なすのヘタを包丁で整え、切り込みを入れます
なすのヘタの周りに包丁を軽く当てて、ぐるっと浅い切り込みを入れます。
これは元気にはねている余分なガクを取り除いて、火の当たりを妨げないようにする少しの気遣い。また切り離さない程度に皮に浅く切り込みを入れておくことで、そこが手掛かりとなって後で皮がむきやすくなります。
包丁で真っ直ぐ整えたヘタが、パツっと切り立ての前髪のように見えてなんとなくいつも笑ってしまう。
実の太い方にも何ヶ所かに浅く切り込みを入れておくとさらに皮がむきやすくなります。ちなみに、切り込みからおいしい水が漏れ出てしまうのでは、という心配は御無用。水が漏れ出てくるまでは焼かないので何も問題ありません。
②なすを焼きます
切り込みを入れたなすを、焼き網もしくは魚焼きグリルで強めの直火に当てて焼いてきます。一度網に置いたらあまり触らず、じっくり火に当ててまず片面を一気に熱くしてから、その面の皮が乾いたようになって硬さが少し出てきたら、裏返して同じように反対側も火に当てます。
私の焼きなすは、ポイントが2つ。1つ目がこの焼き加減。皮が真っ黒く焦げてパリパリとはがれ出すほどでは焼き過ぎです。箸で触ったときに「まだ実にハリがあり」、皮は黒っぽくなってはいるけれどまだ紫色も残るくらい、焦げているというよりも「乾いてきた」程度が焼き上がりの目安。皮の切り込みから水が漏れ出てくることもなく「まだ早い?」と感じるくらいが丁度。次の「蒸らし」の工程でちゃんと辻褄が合ってくるので大丈夫です。
③焼いたなすを蒸らします
両面を焼いたらボウルに取り、ラップをして蒸らします。2つ目のポイントがこの「蒸らし」。蒸らすことで、乾いて硬くなった皮に水分が少し戻り熱さも落ち着いて、皮がするっとむきやすくなります。蒸らし時間は5〜7分を目安に「自分が触れる程度の温度になるまで」。焼きなす作りは決して、火傷するほどの熱さを我慢したり素早さを競う荒行ではありません。
この間に、まだハリが残っていた実も余熱でしっとり柔らかく、同時に焼いた皮の香ばしい風味が全体に行き渡る。なのでこの作り方の場合は、皮を真っ黒に焦がしてしまうと、蒸らす間に焦げ臭や苦味・色が強く移り過ぎて却って料理のおいしさを損なう要素になるため、焼き加減はやや浅いと感じるくらいに留めておくことが大事。
日本料理の焼きなすは、まず皮が真っ黒に焦げるまでなすを焼いて/それを直ちに氷水に浸けて冷やしながら/水の中で手早く皮をむく、という手順が一般的。氷水に浸けるのは、急冷することで熱の通りを止めて丁度良い食感を保つ、むいた皮がまた実にくっついて汚れるのを防ぐ、単純に熱くて皮がむきにくいから、など理由はいくつかあるけれど、淡い味わいが持ち味のなすを水に浸ければ当然素材の味は薄まります。
料理屋の場合は、水の中で皮をむいた後にしっかりと出汁をきかせた浸し汁に浸けたり、仕上げに葛でとろみをつけた冷たいあんをかけたりと、水に取るのはまだまだ料理になる手前の通過点だからそれでいい。
一方家ではもう少し気軽に食べられる方が何かと楽しい。であるならば素材の旨味を可能な限り失わない方法を探るのが家向きのおいしさ。ボウルに付く水滴は全部なすが元々持っている水。新しい真水を改めて使わなくても十分足ります。
④薬味を用意して、なすの皮をむきます
なすを蒸らす間に、薬味の準備。おろししょうがとかつお節はぜひたっぷり。他には大葉や青いネギの刻みなど、お好みでその時々であるものを。
万事整ったら、いよいよなすの皮むき。ヘタの周りに入れておいた浅い切り込みを手掛かりにして軽く皮をめくり、下に向かって引っ張ると皮だけがするっとむける。そうは言っても時々は実が皮と一緒にはがれそうになることはあるので、雑にならないように気を付けます。
⑤完成です
皮をむいたなすと薬味を盛り付けてできあがりです。日本料理はあまり色を散らさず、色数を絞って盛り付ける方が渋くキマる。薬味の緑とかつお節のふんわりとした薄茶色に、焼きなすの実の翡翠色とヘタの黒がぐっと引き立つ。なすは縦の繊維が強いので、長さを半分ほどに切ると食べやすくなります。
皮ごと焼いて自分の水分だけで蒸し焼き状態になったなすの舌触りは、しっとりなめらかジューシー。じっくりと熱が行き渡り旨味が増したところに焼いた香ばしさも加わり、味わいは濃厚。醤油は香り付け程度にごく軽くでもう満足。
ぬるいなすの旨味を一口含み、よく冷やした酒で追いかける。おとなごっこの完成形ではないだろうか。
夏野菜のおいしさは「水を食べる」ことにある。
ついつい酒の旨さにかまけて疎かにしがちなおとなの水分補給にもぴったりです。
それでは今日はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。
お読み頂きありがとうございます。 これからもおいしいお料理とおいしいお酒をたくさんお届けします。