あの頃、のレシピ|きのこの餃子
実家を離れ一人暮らしを始めると、孤独な時間を謳歌することこそ“おとな”であると、ひとり遊びに熱中していた。
没頭したものの一つは映画で、当時職場が近かった池袋の「新文芸坐」にはよく通った。味わい深い古びた旧文芸坐からリニューアルされた新館は、名画座らしからぬ抜群の快適さで入り浸るのに最適だった。
ミニシアター系の洋画や、香港、中国映画も活況で、ジョン・ウー、ウォン・カーウァイ、チャン・イーモウ、チェン・カイコーら、後に巨匠と呼ばれる監督たち、レスリー・チャン、トニー・レオン、アンディ・ラウ、金城武と、私をときめかせてくれた若き日のスターの面々を思い出すと、今なお胸に深く刻まれる物静かで艶やかな感動や、強い印象を残す色彩の記憶が溢れ出してくる。
広告代理店勤めの友人宅で定期的に開かれていたホームパーティで、ある日テーマに選ばれたのは、チャン・ツィーが、デビュー作の「初恋のきた道」で胸に抱えて田舎道をひた走った「きのこの餃子」。
生まれて初めて餃子の皮を粉からこね、集まった6、7人で思い思いに包んで作った餃子は、噛むともちっと弾力のある皮から肉汁がほとばしるその衝撃的なおいしさに、作品のファンはもちろんのこと観ていない人も全員で大いに盛り上がった。
仕事も遊びも、寝る間を惜しみあらゆることに全力だった。
餃子の皮を捏ねると、そんなあの頃を思い出す。
きのこの餃子 2~3人分※16個分
改良を重ねて行き着いたレシピは、マッシュルームを使うのが最大のポイント。香り高く、肉汁あふれる衝撃のおいしさを、ぜひ一度体験してみてください。手打ちの餃子の皮は、やってみると拍子抜けするほど手軽に本格的な味わいが楽しめます。映画の中では蒸していましたが、家ではお湯で茹でる水餃子が作りやすいのでおすすめです。
⒈ 餃子の〈皮〉を作ります。
ボウルに強力粉と塩を入れ、分量の水を3回ほどに分けて加えその都度箸で混ぜ、ぽろぽろとしたそぼろ状にします。次に手でこね始め、生地がひとまとまりになって手やボウルにがつかなくなるまで3〜5分ほど練ったら、ラップ(または鍋の蓋)をかぶせて15分以上休ませます。
休ませている間に粉と水分が馴染んで自然となめらかさが出てくるので、ここではまだゴツゴツした状態でまったく問題ありません。決して水は足さないでください。
皮の作り方は、粉の種類と、水もしくは熱湯で練るなどの組み合わせで様々なパターンがありますが、私は強力粉100%を水で練るのが、生地の扱いやすさと食感ともに好みです。
⒉皮を休ませている間に〈あん〉を作ります。
まず、今回の餃子のポイントとなるマッシュルームを、粗みじん切りにしてレンジで加熱します。手のひらでぐっとつぶしてから刻むと、手早く刻むことができます。
耐熱の器に入れ、水小さじ2(分量外)を振りかけてラップをし、電子レンジで加熱して(600W 1分目安)、そのまま冷ましておきます。
餃子にマッシュルームの組み合わせは意外に思われるかもしれませんが、椎茸ほどクセがなく、特有のコクのある香りが持ち味のマッシュルームは、中華系のお料理にも思いの外馴染みがよく、且つその効果は絶大。先に加熱して旨みのある水分を引き出し、そのスープごと〈あん〉に加えることで、えも言われぬ高級感漂うジューシーな餃子に仕上がるのです。
ボウルに、マッシュルームと油以外の〈あん〉の材料を全て入れ、箸でよく混ぜます。ひき肉の粒感が見えなくなり白っぽく糸を引くような状態になったら、加熱済みのマッシュルームを水分ごと全て加えてさらに混ぜます。水分がひき肉に吸い込まれるまでしっかり混ぜたら、最後に油(サラダ油、ごま油)を加え、よく混ぜて〈あん〉のできあがりです。
ジューシーさを目指したやや柔らかめの配合なので、包む直前まで冷蔵庫で冷やしておくと、扱いやすくなりますよ。
⒊皮を仕上げます。
台に打ち粉をして、休ませていた皮を再度こねます。いわゆる菊練りのイメージで、外側の生地を中へ中へ畳み込むように、5分ほどこねていき、表面がつるっとなめらかになり艶と弾力が出てきたらこね上がりです。
二つに分けてそれぞれを両手で棒状にのばします。両端が細くなるので、太さが均一になるように端を指で押し込んで整えてから、1本を8等分に包丁で切り分けます。(1つ約9〜10g)
切った生地同士がくっつかないように、打ち粉を振っておきましょう。
いよいよ皮を丸くのばしていきます。
皮をきれいな丸にのばすコツは、のばし始める前に先に丸く整えておくこと。最初が丸ければ、自然に丸くのびていきます。
切った生地を指先で円柱状に丸く整えてから、手のひらで真下に押して、平らにします。
ここから麺棒でのばします。
片手で生地の上の方を持ち、手前に麺棒を置いて、「麺棒を前に押す時に力を入れ」「引く時に力を抜き、その時に生地を少し回す」動きがワンセット。この動きをリズミカルに繰り返しながら、7〜7.5cmほどにのばしていきます。
皮の中央より手前半分で麺棒を前後させていると、自然と〈あん〉をのせる真ん中あたりがやや厚めになり、破れにくくなってくれます。手打ちの皮は包むときにものびるので、市販の皮(8〜9cm程度が一般的なサイズ)よりもやや小さめにしておくと丁度よくなります。
この頃に、茹でるお湯を沸かし始めましょう。
⒋〈あん〉を包みます。
のばした皮はくっついたり乾いたりしやすいので、一気に全部のばさずに、何枚かできたら順次包んでいきます。
皮を手にのせ、中央に〈あん〉を軽く押し込むように丸くのせます。1個あたり12〜15gほど包めるとバランスが良好です。(皮の重量より〈あん〉がやや多め)
手前と向こうの中央同士をつまむように合わせてまず半分にたたみ、左右の開いている部分を、親指と人差し指でぎゅっと挟んでとめます。
弾力のある食感なので、重なる部分を余り作らないように、ひだを寄せずぎゅっと押してとめるだけで十分です。開いているところがないように、しっかりくっつけてください。
⒌半分ほど包んだら、先に茹でていきましょう。
お湯がよく沸いたところに、包んだ餃子を入れ、鍋底にくっつかないように、お湯を大きく混ぜます。お湯が再び沸いて餃子が浮いてきたら、表面がふつふつと揺れる程度に火加減して、そこから2分茹でます。
上に浮いてくるのは火が通った目安になりますが、厚みのある皮に包まれたあんの中心までしっかり熱々にするためにはもう少し時間が必要なので、浮いてきてからもうしばらく茹でてください。
⒍できあがりです。
茹で時間が経ったら、少しのお湯と一緒にお皿にすくい取り、完成です。器にお湯を少量入れておくと、くっつかず食べやすくなります。
熱々のうちにぜひどうぞ。溢れ出す肉汁にくれぐれもご注意ください!
〈あん〉の味付けをしっかり目にしてあるので、何も付けずそのままで十分おいしく食べられます。何か付けるとしたら、おすすめなのが、おろしにんにくを加えたお酢が多めの「にんにく酢醤油」。
餃子自体にニラやにんにくといった風味の強い香味野菜を使っていないため、まず素材の味わいがあり、そこへにんにく酢醤油を添えると、さっぱりしつつも旨みがさらに増し、いくらでも食べられてしまいそうな危険なおいしさになります。
皮をのばしながら包んで茹でるのは、それなりに手間と時間がかかりますが、余裕のある時に多めに作って冷凍しておくこともできます。その場合も同じように茹でてから冷凍してください。
食べる時には解凍してからお湯で温め直すか、もしくは次は焼き餃子にするのも絶品。茹で済みなので、油を引いたフライパンで焼き色を付ければ食べられます。もっちり厚めの皮は焼くとざくっとした硬さと香ばしさが加わって、食べ慣れた焼き餃子とはやはり一味違うおいしさを味わえます。
それぞれの“あの頃”の記憶とともに、ゆっくりと食事の時間を愉しんでください。
それでは今日はこのへんで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。