魔法少女の系譜、その167~原始もの/ターザンものの話の続き~
今回も、前回の続きで、「原始もの」、あるいは、「ターザンもの」の話をします。
前回、「ターザンもの」の嚆矢は、エドガー・ライス・バロウズの小説『ターザン』シリーズだと書きました。
けれども、じつは、『ターザン』シリーズには、元ネタといいますか、発想のもとになった作品があります。『ジャングル・ブック』です。英国の詩人ラドヤード・キプリングが書いた小説です。一八九四年(十九世紀!)に出版されました。
『ターザン』シリーズの小説は、今から百年余りも前、二十世紀の初めに出版されました。それより二十年ほども前の十九世紀末に、元祖・ターザンものと言える『ジャングル・ブック』が、世に出ていました。
小説の『ジャングル・ブック』は、短編集です。モーグリという少年が主人公の話が多いですが、モーグリが登場しない話もあります。どの話にも、豊かな自然環境と、そこに暮らす動物たちが登場します。
『ジャングル・ブック』の中では、モーグリが登場する話に人気があり、そこだけが取り上げられて短編集が作られたり、翻訳されたり、映像化されたりすることが多いです。
モーグリが登場する舞台は、おそらく十九世紀末の―出版当時には、同時代の―インドです。モーグリは、もとは普通の人間の赤ん坊でしたが、トラに追われて、ジャングルに逃げ込みます。ジャングルで、オオカミの一家に拾われ、「モーグリ」と名付けられて、育てられます。
十年ほど経つと、モーグリは、立派な「狼少年」に成長し、すっかりジャングルの生活に適応していました。その頃、彼をジャングルに追い込んだトラは、彼のことを諦めておらず、オオカミの一家に、モーグリを群れから追い出せと迫ります。
オオカミの群れは、強力だった群れのリーダーが老いて衰え、トラに対抗できなくなっていました。このために、モーグリは、群れを追われそうになります。
その時、モーグリは、火を見せつけて、自分の力を示します。オオカミに育てられたにもかかわらず、モーグリは、火を扱えるヒトの賢さを失っていませんでした。
その後、モーグリは、人間の村に帰り、メスアという女性の養子になります。メスアの家は裕福で、生活には困りません。しかし、ジャングル育ちのモーグリは、村の暮らしに馴染めませんでした。
そこへ、モーグリを付け狙い続けるトラのシア・カーンがやってきます。モーグリは、オオカミの仲間の力を借りて、シア・カーンを殺します。
村の猟師が、オオカミと会話をするモーグリを見て、彼を魔術師だと思ってしまいます。その噂が村に広まり、モーグリは、村を追い出されます。
ところが、ジャングルのオオカミの群れも、モーグリを拒否しました。モーグリは、仕方なく、若いオオカミたちを集めて、新たな群れを作り、ジャングルで、その群れの中で暮らします。
全般的に、ヒトの文明生活と、自然の中の野生動物たちの生活とが、対比されています。この両方にまたがる存在であるモーグリが、文明と野生との間で引き裂かれて、悩み、苦しみます。
モーグリの実の父親は、地元の木こりで、実の母親は、不明です。地元出身者なので、インド人ですね。
『ジャングル・ブック』は、人気が出たために、世界各国の言葉に翻訳されました。日本に紹介されたのも、『ターザン』シリーズより、ずっと早いです。一九一三年(大正二年!)に、少年向け小説として、抄訳が出ています。その後も、二〇一〇年代に至るまで、断続的に、日本語訳が出続けています。
『ジャングル・ブック』は、映像化も、何回もされています。有名なのは、一九六七年(昭和四十二年)に米国で公開された、ディズニーのアニメ映画でしょう。題名はそのまま『ジャングル・ブック』で、全編を通して、モーグリが主役の話です。
これは、ディズニーのアニメ映画としては、画期的な作品です。なぜなら、主人公が、白人ではない有色人種(インド人)だからです。
おそらく、ディズニーのアニメ映画で、初めて主役を張った有色人種が、モーグリです。映画化される時点で、すでに名作として知られる文学だったからこそ、この時代(一九六〇年代)に、できたのでしょう。
日本では、平成元年(一九八九年)から平成二年(一九九〇年)にかけて、『ジャングルブック・少年モーグリ』というアニメが放映されました。現在の四十代以下の日本人には、この作品が、最もなじみ深い『ジャングルブック』でしょう。
このアニメ作品は、全五十二話にもわたり、ジャングルと文明生活との間で引き裂かれるモーグリの成長を、原作以上に、丁寧に描きました。
じつは、『ジャングルブック・少年モーグリ』よりずっと前、ディズニーのアニメ映画『ジャングル・ブック』が公開されるよりさらに前に、日本で、『ジャングル・ブック』を元ネタにしたテレビアニメが放映されていました。
それが、『狼少年ケン』です。日本のテレビ草創期の、昭和三十八年(一九六三年)から、昭和四十年(一九六五年)にかけて、放映されました。まだ、モノクロの作品です。
『狼少年ケン』では、ケンという少年が主人公です。舞台は、ヒマラヤ山脈が見える地域なので、『ジャングル・ブック』と同じインドでしょう。
ケンも、モーグリと同じように、オオカミに育てられた少年です。けれども、そうなった理由は、作品中では、語られません。ケンは、最初から、完成された「狼少年」として登場します。
野生動物のような体力を持ち、ヒトとしての知力も持つケンは、ジャングルの動物たちと協力して、さまざまな問題を解決します。
『狼少年ケン』は、日本のテレビアニメの中で、最初期に現われた「ターザンもの」です。しかし、『ターザン』シリーズよりは、明白に『ジャングル・ブック』のほうに、影響を受けていますね。
『狼少年ケン』は、日本のアニメにおいて、「日本人以外の有色人種」が主役を張った、最初期の例です。モノクロ作品のため、ケンの肌の色は、よくわかりません。顔つきを見ると、明らかに、黒人をイメージした顔つきです。
ディズニーにおけるアニメ映画『ジャングル・ブック』と共通性がありますね。でも、ディズニーの『ジャングル・ブック』より先に、『狼少年ケン』が生まれたのは、誇っていいと思います。
「狼少年」と聞いて、ぴんと来た方もいるのではないでしょうか。
少女漫画の魔法少女もの『紅い牙』は、明らかに、『狼少年ケン』を意識しているでしょう。『紅い牙』シリーズの第一巻は、『狼少女ラン』ですよね。
『狼少女ラン』の時点では、ヒロインのランは、「古代人類の血を引いた超能力者」の面より、「狼に育てられた少女」の面のほうが、強く出ています。普通の人間としては異常すぎる体力や、暗闇でも見える眼などの「狼少女」としての能力を、ランは、必死に隠して生きています。
ランの場合、狼少女としての能力と、古代超人類の血による超能力と、両方を持つので、ややこしいですが。
「幼少期に野生動物に育てられることにより、人並みはずれた能力を持つ」のは、「ターザンもの」によく見られます。『紅い牙』は、野生的能力と超能力とを合わせることにより、ユニークな「魔法少女」を造形することに成功しました(^^)
『紅い牙』は、変則的ではありますが、「ターザンもの」の一例と見なすことも、できますね。
『紅い牙』以降にも、魔法少女ものの中には、「ターザンもの」の要素があるものが、まれに、現われます。
魔法少女ものとは別に、日本の少女漫画の中に、「女ターザンもの」という流れがあるのですね。ものすごく細い流れで、最近は、ほとんど作品を見ませんが。
「女ターザンもの」の流れの中に、魔法少女ものが紛れ込むことがあります。「女ターザンもの」自体が細い流れのため、目立ちません(^^;
前回取り上げた、『少年ケニヤ』のメインヒロイン、ケートは、「女ターザン」といえるでしょう。『はるかなる風と光』のヒロイン、エマも、その傾向があります。
古い少女漫画の代表例では、『ふたごのプリンセス』という作品があります。昭和五十年(一九七五年)に、少女漫画雑誌『プリンセス』に連載されました。作者は、わたなべまさこさんです。
『ふたごのプリンセス』は、題名どおり、双子の少女がダブルヒロインです。双子の片方の少女が、もう片方と引き離されて、ジャングルでゴリラに育てられ、「女ターザン」になります。
『ふたごのプリンセス』は、魔法少女作品ではありません。
今回は、ここまでとします。
次回は、「原始もの」、「ターザンもの」から離れて、新しい作品を取り上げる予定です。