魔法少女の系譜、その162~ララァ・スンとジュン・サンダースとの間~
今回も、前回に続き、『機動戦士ガンダム』を取り上げます。
といっても、今回は、余談です。「日本人以外の有色人種ヒロイン」についてです。
昭和五十四年(一九七九年)にテレビ放映された『機動戦士ガンダム』には、魔法少女と言えるララァ・スンが、登場します。彼女の大きな特徴の一つは、インド系の人だということでしたね。
昭和五十四年(一九七九年)の段階で、「日本人以外の有色人種キャラクター」、とりわけ、「女性キャラクター」が、漫画やアニメに登場するのは、極めて珍しいことでした。
ララァ・スン以前に、漫画やアニメに登場した「日本人以外の有色人種ヒロイン」として、『魔法少女の系譜』シリーズで、ジュン・サンダースを取り上げました。漫画『サインはV!』のキャラクターですね。
『サインはV!』は、昭和四十三年(一九六八年)から、『週刊少女フレンド』に連載された少女漫画です。ジュン・サンダースは、「日本人以外の有色人種ヒロイン」として、ララァ・スンより、十一年早く登場しました。
ジュン・サンダースと、ララァ・スンとの間を埋める「日本人以外の有色人種の女性キャラクター」を探して、何人か、発見しました。
そのうちの一人は、『魔法少女の系譜』シリーズで、すでに紹介しています。『王家の紋章』のアイシスです。
『王家の紋章』は、約三千年前の古代エジプトが、主な舞台です。したがって、登場人物は、古代エジプト人が多いです。アイシスは、その一人ですね。
しかし、主人公であり、メインヒロインであるキャロルは、金髪碧眼の白人です。現代米国人が、古代エジプトにタイムスリップしたという設定です。
『王家の紋章』の連載が始まったのは、昭和五十一年(一九七六年)です。『サインはV!』の八年後、『機動戦士ガンダム』の三年前です。
この時代には、「漫画やアニメのヒロインは、日本人か、ヨーロッパ系の白人であるべし」というお約束が、まだ強かったのでしょう。ですから、『王家の紋章』のメインヒロインは、白人のキャロルです。
以前、『魔法少女の系譜』シリーズで書きましたように、アイシスは、今、流行の悪役令嬢の原形的存在です。白人のキャロル対古代エジプト人のアイシスという構図です。
こうすると、ひどく人種差別的な構図に見えますが、そういうわけではありません。
『王家の紋章』には、たいへん多くの古代エジプト人が登場します。キャロルの夫となるメンフィスをはじめ、キャロルを助けてくれる古代エジプト人も、多いです。決して、古代エジプト人を差別的に描いているわけではありません。
むしろ、悪役のアイシスでも、同情すべき余地があるように描かれています。しかも、アイシスは、絶世の美女です。外形的には、エキゾチックな美人ではありますが、「日本人以外の有色人種」であることは、まったく気にならない造形です。
じつは、日本の少女漫画の世界では、『王家の紋章』以外にも、古代エジプトを舞台にした作品が、早くから現われていました。マイナージャンルではありますが、「古代エジプトもの」というべきジャンルがあります。このため、「古代エジプト人ヒロイン」が、何人も登場しています。
『王家の紋章』より早い例としては、『ファラオの墓』があります。竹宮惠子さんの作品です。昭和四十九年(一九七四年)から、『少女コミック』に連載されました。『王家の紋章』より、二年早いですね。少女漫画における古代エジプトものの先駆けです。
『ファラオの墓』は、『王家の紋章』とは違って、タイムスリップものではありません。最初から最後まで、舞台は古代エジプトです。ただし、そこに登場する国や歴史は、架空のものです。「古代エジプトを舞台にした架空戦記」といえる作品です。
『ファラオの墓』のメインヒロインは、前半は、ナイルキアという少女です。主人公サリオキスの妹です。後半は、アウラ・メサという少女がメインヒロインになります。
この二人以外に、アンケスエンという少女も、重要な役で登場します。
ナイルキア、アウラ・メサ、アンケスエンの三人とも、生粋の古代エジプト人です。それぞれ、タイプの違う美少女です。「日本人以外の有色人種」ですが、肌が黒っぽく表現されることはなく、日本人だとしても、ほとんど違和感のない表現をされています。
昭和五十三年(一九七八年)には、『海のオーロラ』という少女漫画作品が現われます。里中満智子さんの作品です。『週刊少女フレンド』で連載されました。
この作品は、主要な登場人物たちが、古代エジプトや、ヤマタイ国や、第二次世界大戦中のドイツなど、さまざまな時代・場所へと転生してゆく物語です。スケールが大きく、いろいろな意味で、時代に先駆けた作品でした。手塚治虫さんの『火の鳥』の少女漫画版と言える作品です。
『海のオーロラ』の古代エジプト編では、主人公が、ルツという名の古代エジプト人の少女です。ルツは庶民ですが、ライラという高貴な身分の女性に仕えることになります。ライラも、古代エジプト人です。他に、実在した古代エジプトの女王、ハトシェプストも登場します。
ルツもライラもハトシェプストも、ナイルキアやアウラ・メサやアンケスエンと同じように、日本人としてもおかしくない造形です。肌は黒っぽくありません。
以上の古代エジプトものは、それなりに人気がある作品でしたが、アニメ化はされませんでした。
アニメの世界で、「日本人以外の有色人種の女性キャラクター」を探すと、昭和の時代には、極めて少ないです。
希少な例の一つが、昭和五十年(一九七五年)にテレビアニメが放映された『アンデス少年ペペロの冒険』です。題名のとおり、現代の南米アンデス山脈地方が舞台でした。
南米を舞台にしたアニメ作品なんて、二〇二一年現在でも、とても少ないですよね。『アンデス少年ペペロの冒険』は、放映当時、非常に冒険的な企画でした。
『アンデス少年ペペロの冒険』の主人公は、インディオ、つまり、アンデス先住民の少年ペペロです。メインヒロインは、同じくインディオの少女、ケーナです。この二人以外も、登場人物の多くは、アンデス先住民です。白人は、ほぼ登場しません。
ペペロもケーナも、やはり、日本人だとしても、おかしくない造形をされています。アンデス先住民は、日本人と似たモンゴロイドですから、二〇二一年現在の「政治的正しさ」を適用したとしても、変な造形ではありません。
個人的に、過去の作品にまで「政治的正しさ」を要求するのは、良くないと考えています。たまたま、『アンデス少年ペペロの冒険』については、現在の基準を適用してもおかしくないというだけです。
以上の作品を、時系列順に並べると、以下のようになります。
昭和四十三年(一九六八年) 『サインはV!』
↓
昭和四十九年(一九七四年) 『ファラオの墓』
↓
昭和五十年(一九七五年) 『アンデス少年ペペロの冒険』
↓
昭和五十一年(一九七六年) 『王家の紋章』
↓
昭和五十三年(一九七八年) 『海のオーロラ』
↓
昭和五十四年(一九七九年) 『機動戦士ガンダム』
数が少ないとはいえ、「日本人以外の有色人種ヒロイン」は、『サインはV!』から『機動戦士ガンダム』へと、一足飛びに飛んだわけではないことが、わかりますね。
ところが、『サインはV!』のジュン・サンダース、および、『機動戦士ガンダム』のララァ・スン以外の女性キャラクターは、造形において、大きく異なります。この二人以外のキャラクターは、肌が黒っぽくなく、生粋の日本人と言っても通る造形です。
「肌の色が黒っぽい女性」を重要なキャラクターとするのは、昭和の時代には、ハードルが高かったのでしょうね。
けれども、じつは、『サインはV!』と、『機動戦士ガンダム』との間に、「日本人以外の有色人種ヒロイン」で、「肌の色が黒っぽい女性」が登場する作品が、ありました。
長くなりましたので、これについては、次の機会にします。