魔法少女の系譜、その62~『はるかなるレムリアより』~
今回は、新しい作品を取り上げます。今回も、アニメでありません。少女漫画です。そして、またしても、昭和五十年(一九七五年)に、連載が始まった作品です。
ただし、この作品は、『超少女明日香』、『紅い牙』、『エコエコアザラク』、『悪魔【デイモス】の花嫁』とは違って、何年も連載が続いた作品ではありません。短期集中連載の短編です。昭和五十年(一九七五年)のうちに、連載が終わってしまいました。単行本一冊分にも満たないほどの長さです。
普通なら、この程度の短編の漫画を、『魔法少女の系譜』シリーズで取り上げようとは、思いません。作品数があり過ぎて、きりがないからです。
あえて取り上げるのは、それだけ重要な作品だからです。二〇一七年現在では、ほとんど忘れられている作品ですが、後世に与えた影響を考えれば、決して無視できません。
その作品とは、『はるかなるレムリアより』です。高階良子【たかしな りょうこ】さんの作品です。『なかよし』に連載されました。
オカルト好きの方なら、「レムリア」の名に、ぴんと来たでしょう。そう、このレムリアとは、伝説のレムリア大陸を指します。
『はるかなるレムリアより』は、おそらく、少女漫画で、レムリア大陸を取り上げた最初期の作品でしょう。
もともと、レムリア大陸は、科学の仮説として生まれたものでした。原始的なサル、キツネザル―ラテン語で、レムールlemur―の、不思議な分布を説明するために、考えだされました。
キツネザルの仲間は、世界中で、インドと、マダガスカルとにしか分布しません。インド洋で隔てられたこの二か所に、なぜ、近縁なグループが分布するのでしょうか?
現在なら、この問題は、解決しています。プレートテクトニクス理論があるからです。
かつて、インド亜大陸とマダガスカルとは、つながった一つの大陸でした。プレートテクトニクスにより、分裂して、現在の形になりました。キツネザルは、インドとマダガスカルとがつながっている時代に、生まれたのですね。
しかし、プレートテクトニクス理論―の、原型である大陸移動説―が生まれる前は、キツネザルの分布を、うまく説明できませんでした。これを説明しようと考えだされたのが、レムリア大陸です。
「インドとマダガスカルとをつなぐ形で、インド洋に大陸があった。その大陸は、現在は、インド洋に沈んでしまった」とすれば、キツネザルの分布が説明できますね。キツネザルのラテン語名から、その大陸は、レムリアlemuria大陸と名付けられました。
もちろん、現在では、この仮説は、とうに破棄されています。
ところが、科学的に破棄されたのに、なぜか、オカルトの世界で、生き残ってしまいました。
オカルトの世界では、超古代文明とのからみで、レムリア大陸が語られます。「かつて、インド洋にレムリア大陸という大陸があり、そこでは、現代科学をも凌駕するほどの力を持つ文明が栄えていた。しかし、レムリア大陸は、何らかの災厄により、インド洋に沈んでしまった」というわけです。
このオカルト説は、アトランティス大陸や、ムー大陸の話と似ていますよね。
というより、そのまんまです。アトランティスやムーという大陸の名を、レムリアに変えただけです。
オカルトファンは、よほど、「失われた超古代文明」や、「沈んだ大陸」が好きなのでしょう(笑)
オカルト説では、アトランティスが大西洋に、ムーが太平洋に、レムリアがインド洋にあったとされます。ちょうど、三つの大洋に、一つずつ「沈んだ大陸」があったというのが、オカルトファンの気に入ったのかも知れません。
中には、「アトランティスもムーもレムリアも、同じ大陸だった」とするオカルト説もあります。
『はるかなるレムリアより』では、「ムーとレムリアとが、同じ大陸だった」説を採用しています。このため、レムリア大陸は、太平洋にあったことになっています。
『はるかなるレムリアより』の設定とあらすじとは、以下のとおりです。
今を去ること七万年前、太平洋上に、レムリア大陸という大陸がありました。そこには、人類による帝国があり、現代文明をもしのぐほどの文明が栄えていました。
そのレムリア帝国を統べるのは、帝王ラ・ムーと、その配偶者である女性、アムリタデヴィでした。ラ・ムーとアムリタデヴィとは、二人一緒にいて、心を一つにしている限り、不老不死で、無限の力を持ちます。事実上、神さまみたいなものですね。
二人の配下には、三人の超常的な存在がいました。スカラベ、サンダーバード、ナーガラージャの三人です。スカラベは、全身が硬い鎧に覆われた姿で、甲虫のイメージです。サンダーバードは、全身が羽毛に覆われていて、頭部に翼が生えています。ナーガラージャは、東洋風の龍の姿です。
彼らは、普通の人間の姿になることもできるようです。
帝王夫妻と、三人の配下に守られて、レムリア帝国は安泰のはずでした。そこへ、ガアリイという敵役が現われます。ガアリイは、暗黒神のようなもので、人間の姿はしていません。漫画では、顔だけが描かれます。
ガアリイは、アムリタデヴィをさらってきて、自分がラ・ムーになり変わろうとしました。アムリタデヴィは、きっぱりと、ガアリイを拒否します。怒ったガアリイは、アムリタデヴィを殺してしまいます。
アムリタデヴィを失ったラ・ムーは、ガアリイには勝てませんでした。ラ・ムーも、ガアリイと戦って戦死してしまいます。その時、ラ・ムーは、三人の配下に、遺言を残しました。
「いつの世か、未来に、必ず、アムリタデヴィが転生してくる。彼女を探しだして、お前たち三人の誰かが、彼女と配偶者になり、新たなラ・ムーとなれ」と。
アムリタデヴィは、何回も転生できるようですが、ラ・ムーは、できないんですね。ラ・ムーは、もとは普通の人間で、アムリタデヴィの力を借りているだけらしいです。アムリタデヴィのほうが、超常的な存在であり、「人類の女王」と呼ばれます。
三人の配下たちも、転生して、ずっと未来まで、魂をつなぐことができます。
そして、現代(一九七〇年代)の日本。
アムリタデヴィは、長脇涙【ながわき るい】という女子高校生に転生していました。物語は、ここから始まります。最初は、レムリア大陸やら、転生やらといったことは、一切、わかりません。
もちろん、この涙【るい】が、ヒロインです。彼女には、前世の記憶はまったくなく、自分がアムリタデヴィの生まれ変わりであるとは、露ほども思っていません。
涙は、考古学者の父、大学生の兄、そして母の三人に囲まれて、普通の高校生の暮らしをしていました。彼女の父親が、考古学者であるのが、キーポイントです。
このお父さんが、すごい学者さんで、海外へ、がんがん発掘調査に行っています。一九七〇年代の状況で言うと、これは、とんでもなく高名な学者さんしか、できません。ほとんどフィクション的な状況です。いや、フィクションだから、いいんですが(笑)
涙の父親は、レムリア仮説を信じている人です。古代の太平洋上に、レムリアという大陸があり、そこに、高度な文明が栄えていたという仮説を信じています。その仮説を証明するために、海外にまで発掘調査に行っています。
この父親が、良い解説キャラなんですね。お父さんの解説のおかげで、読者が、レムリア帝国のことを知られるようになっています。
いっぽう、涙には、紀彦【のりひこ】―通称、ノン―という幼馴染みがいました。彼は、子供の頃に、失踪してしまいます。じつは、彼こそが、ナーガラージャの転生でした。ナーガラージャとしての使命に目覚めたために、彼は、姿を消したのでした。
敵役のガアリイは、アムリタデヴィの転生を待っていました。ガアリイは、アムリタデヴィの配偶者となり、自分がラ・ムーになることを、諦めていませんでした。昔のように、ガアリイは、涙=アムリタデヴィをさらいます。
涙は、アムリタデヴィの記憶を取り戻します。かわりに、涙の時の記憶を失ってしまいます。転生したアムリタデヴィも、ガアリイの要求を拒否します。
再び、涙=アムリタデヴィが殺されそうになったところに、スカラベとサンダーバードとナーガラージャが駆けつけます。救出された涙=アムリタデヴィに対して、彼らは、自分たち三人の誰かを、配偶者に選ばなければならないと告げます。
紀彦=ナーガラージャと涙とは、初恋の相手同士でした。紀彦の記憶も失っていないナーガラージャは、自分を選んで欲しいと望みます。しかし、涙の記憶を失ったアムリタデヴィは、誰を選ぶべきか、悩みます。
最終的には、アムリタデヴィは、涙の記憶も取り戻します。そして、紀彦=ナーガラージャと結ばれて、帝王ラ・ムーが復活します。
ラ・ムーとアムリタデヴィとがそろえば、ガアリイの敵ではありません。ガアリイは、石に封印されて、めでたしめでたし。
と、この設定とあらすじを読めば、オカルト説のてんこ盛りであることが、わかりますね(笑) ムー、レムリア、超古代文明、世界の帝王、スカラベやサンダーバードやナーガラージャといった神話的な存在、転生などです。
上には書きませんでしたが、地球空洞説まで、取り入れられています。オカルトブームの一九七〇年代の雰囲気が、よく表われています。
ヒロインの涙は、転生型の魔法少女です。前世が、「人類の女王」アムリタデヴィです。
『悪魔【デイモス】の花嫁』でも、ヒロインは、女神の転生でした。けれども、こちらのヒロインの美奈子は、魔法少女ではありません。
『はるかなるレムリアより』は、転生型の魔法少女の最初期の例です。のちの『美少女戦士セーラームーン』などに、つながりますね。
それにしても、これだけ設定てんこ盛りで、複雑な話が、わずか一巻で終わってしまうとは、二〇一七年現在では、信じがたいですね。不人気で打ち切りというわけではなくて、最初から、この長さなんです。
二〇一七年現在ならば、何十巻もの長編になるでしょう。
今回は、ここまでとします。
次回も、『はるかなるレムリアより』を取り上げます。