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魔法少女の系譜、その59~『悪魔【デイモス】の花嫁』~


 今回も、前回に引き続き、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げます。
 この作品と、他の魔法少女作品とを、比べてみます。

 この作品は、前に書きましたように、正確には「魔法少女もの」ではありません。
 ヒロインの伊布美奈子は、女神ヴィーナスの生まれ変わりですが、ヴィーナスから受け継いでいるのは、美しさだけです。前世の記憶はまったくなく、自分がヴィーナスの生まれ変わりである自覚も、ありません。肉体的にも、精神的にも、普通の人間です。

 彼女は、デイモスから聞かされて、初めて、自分がヴィーナスの生まれ変わりであると知ります。知った後にも、前世の記憶がよみがえることはなく、超能力に目覚めたりもしません。最初から最後まで、普通の人間のままです。

 二〇一六年現在の作品であれば、前世を知ったことをきっかけに、何らかの能力や使命に目覚めそうですよね。そうして、話がふくらみそうです。
 けれども、この作品では、そうはなりません。美奈子は、ヴィーナスの生まれ変わりであると知った後も、普通の高校生としての生活を続けます。昭和五十年(一九七五年)の段階では、それで良かったのでしょう。

 同じ昭和五十年(一九七五年)に連載が始まった作品でも、『紅い牙』は、違いますよね。
 『紅い牙』のヒロイン、小松崎蘭(通称ラン)は、二種類の「超能力」を持ちます。その片方、オオカミ的能力については、自覚していましたし、自分で使いこなしていました。しかし、もう一つの、古代超人類に基づく能力は、タロンに追われるようになるまで、自覚していませんでした。
 タロンに追い詰められたことで、古代超人類の集合的無意識「紅い牙」の能力が発動し、ランは、その能力を自覚するようになります。

 この点で、『紅い牙』は、ストレートに、二〇一六年現在の「魔法少女もの」につながる作品だといえます。当時としては、斬新でした。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』は、『紅い牙』に比べると、古典的です。それが悪いというのではなくて、二つの作品には、それぞれ、違う魅力があるということです。

 『悪魔【デイモス】の花嫁』がユニークなのは、ヒロインの美奈子が、常に物語の中心にいるとは限らないことです。まったく美奈子が登場しない回もあります。
 デイモスとゲストキャラだけが登場する回や、デイモスさえも登場せずに、ヴィーナスとゲストキャラだけが登場する回もあります。

 ヴィーナスは、闇の世界につながれて、生きたまま朽ちているというのに、どうやって活躍するのでしょうか?
 ヴィーナスの体は、確かに、生きながら朽ちていて、闇の世界から動くことができません。ところが、彼女は、魂だけを肉体から飛ばして、他の場所へ行くことができます。このあたりは、文字どおり、「腐っても女神」ですね(^^;
 魂だけの状態でも、ヴィーナスは、肉体と同じ姿で描かれます。つまり、顔の半分が朽ちた状態です。通常は、朽ちた側の顔を髪で覆って、美しい側だけが見えるようにしています。

 ヴィーナスは、デイモスがちっとも美奈子の体を持ってきてくれないので、業を煮やします。デイモスが美奈子を愛してしまったことを知り、激しく嫉妬します。
 ヴィーナスの力をもってすれば、美奈子をすぐに殺せそうですが、なぜか、ヴィーナスは、そこまではしません。朽ちかかった状態では、そこまではできないのか、あるいは、来世の自分を殺すことに、ためらいがあるのかも知れません。

 デイモスは、もちろん、ヴィーナスと美奈子との間で、悩み続けます。
 デイモスとヴィーナスの煩悶に比べると、美奈子は、能天気にも見えます(^^; デイモスの気まぐれな出現には悩まされるものの、基本的に、普通の高校生として、生活していられるからです。
 まあ、通常ではありえない頻度で、怪奇な事件に巻き込まれるのですけれどね。

 デイモスが美奈子を本気で愛してしまったことも、美奈子自身は、気づいていません。「体を入手するために、付きまとっている」としか、思っていないようです。
 こう書くと、美奈子が「天然ちゃん」みたいですね。けれども、実際には、悪魔のデイモスにも反論する、芯の強い少女です。暴走族と、一人で対峙したこともあります。
 全般的に、彼女は良識のある人間であり、善意や思いやりのある人として描かれています。

 美奈子は、人間の醜い欲望や悪意を感じさせる、衝撃的な事件に立ち会うことも多いです。
 それでも、彼女の善意や思いやりは、揺るぎません。この点は、『超少女明日香』のヒロイン、明日香と通じます。

 これも前に書きましたとおり、美奈子は、巻き込まれ型のヒロインです。自分では意図していないのに、怪奇な事件に関わってしまいます。
 この点は、同じ一話完結型でも、『エコエコアザラク』と違うところです。
 『エコエコアザラク』のヒロイン、黒井ミサは、積極的に、怪奇な事件に関わります。というより、自ら進んで、そのような事件を引き起こすことが多いです。
 
 これは、やはり、美奈子が、魔法少女ではないからでしょう。超常的な能力を持つのは、美奈子の周囲のデイモスやヴィーナスです。良識のある普通の人間が、怪奇事件を起こすには、どうしたって、限界があります。
 黒井ミサは、黒魔術の達人ですからね。しかも、他人を傷つけることに、ためらいがありません。怪奇事件をいくらでも起こせるわけです。

 『エコエコアザラク』は、連載当時から、明確に、ホラー作品と位置付けられていました。表紙に、はっきり「恐怖コミックス」と書いてあります。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』にも、怖い話は多いですが、ホラーと言いきるには、抵抗があります。『エコエコアザラク』のような、直接的な残酷描写はありません。絵はきれいでも、じわじわ来る、心理的な怖さです。
 このあたりは、『エコエコアザラク』が少年漫画で、『悪魔【デイモス】の花嫁』が少女漫画であることによるのかも知れません。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』は、連載当時は、「怪奇コミックス」と銘打たれていた気がします。ジャンル分けするならば、「ホラー・ファンタジー」か、「オカルト・ミステリー」といったところでしょう。

 心理的な怖さのためか、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、当時の少女漫画としては、大人っぽい感じです。文楽(人形浄瑠璃)など、日本の伝統芸能を取り入れた話も多いです。ちょっと、子供向けではありませんよね。
 この作品が、人気があるにもかかわらず、一九七〇年代にアニメ化されなかったのは、わかる気がします。当時のアニメは、漫画よりももっと、明確に子供向けでした。人間の裏面をえぐる、『悪魔【デイモス】の花嫁』のような話は、合わないでしょう。

 『悪魔【デイモス】の花嫁』では、美奈子が登場する回でも、ヒロイン扱いではなく、狂言回し役になることも、多いです。
 「この作品のヒロインは?」と問われれば、「美奈子」としか、答えようがありません。とはいえ、彼女が、「常に主人公」ではないのも、確かです。登場しない回があるほどですからね。

 この作品は、大まかな形としては、美奈子・デイモス・ヴィーナスによる、三角関係の恋愛ものです。恋愛ものという点は、当時の少女漫画のお約束を踏まえています。
 しかし、それは、舞台設定として使われているだけに感じます。それを口実に、怪奇な事件に、読者を引きずり込んでいるようです。不思議さ、怪奇さ、人間の恐ろしさ、運命のはかなさといったものを描くために、悪魔【デイモス】やヴィーナスを持ち出しているようです。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げる予定です。



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