魔法少女の系譜、その119~『ぐるぐるメダマン』のおばけたちのルーツは?~
前回に続き、『ぐるぐるメダマン』を取り上げます。
『ぐるぐるメダマン』は、妖怪がテーマの作品でした。伝承にあるものと、この作品のために創作されたものと、両方の「おばけ=妖怪」が登場します。
今回は、直接、魔法少女の話ではなくて、妖怪について書きます。遠回りのようですが、魔法少女にも、関係することですので。
日本で、妖怪もののフィクションと言えば、第一に挙げられるのが、『ゲゲゲの鬼太郎』ですね。日本に「妖怪」という言葉を、二〇二〇年現在の意味(妖怪=おばけ)で定着させたのは、『鬼太郎』の作者、水木しげるさんの功績です。
『ゲゲゲの鬼太郎』が、最初にテレビアニメ化されたのが、昭和四十三年(一九六八年)でした。アニメは大人気となり、妖怪ブームと言える状況を作り出しました。
その後も、『鬼太郎』は、何回もアニメ化されました。二〇二〇年現在も、第六期のアニメが放映中ですね。新たな『鬼太郎』のアニメが放映されるたびに、「妖怪」に焦点が当てられ、妖怪ブームとなり、妖怪研究も進みました。
日本の妖怪の知名度を上げるうえで、水木しげるさんの貢献度の高さは、語っても、語りきれません。本当に、偉大な方でした。
しかし、巨大な功績の陰には、困ったことも起きました。「妖怪」のイメージが、「水木しげる寄り」になり過ぎたのです。
例えば、小豆洗いという妖怪がいますね。二〇二〇年現在、小豆洗いといえば、ほとんどの日本人が、「頭の禿げたおっさんが、しょきしょきと小豆を洗っている姿」を思い浮かべるでしょう。
ところが、本来の伝承にある小豆洗いには、姿がありません。音だけの怪で、姿は見えません。夜、水辺から聞こえてくる「しょきしょき」という謎の音を、昔の人が恐れて、「あれは、何か怪しいものが、小豆を洗っているに違いない」として、小豆洗いと名付けました。
それを、「禿げたおっさん」の姿で描いたのは、江戸時代の画家、竹原春泉【たけはら しゅんせん】が、おそらく、最初です。『絵本百物語』―別名、『桃山人夜話』―という本に登場します。水木しげるさんが、その姿を引用して描いて、『鬼太郎』で広まりました。
四十年以上にもわたり、断続的に放映され続けた『鬼太郎』アニメの影響力は、巨大です。「小豆洗い」といえば、「禿げたおっさん」で、定着してしまいました。
『ぐるぐるメダマン』は、第一期『鬼太郎』アニメ・第二期『鬼太郎』アニメの後に、放映されました。昭和五十一年(一九七六年)から昭和五十二年(一九七七年)ですね。妖怪(=おばけ)という言葉が普及して、まだ十年経つかどうかの頃です。とはいえ、『鬼太郎』の影響力は大きく、子供たちや、妖怪好きの大人の間なら、おっさんの「小豆洗い」の姿が、だいぶ認知されていたはずです。
けれども、『ぐるぐるメダマン』に登場する「アズキアライ」は、かわいい女の子ですね。しかも、河童の一種とされています。『鬼太郎』の小豆洗いとは、全然違います。
『ゲゲゲの鬼太郎』アニメが、二期まで放映された後で、なお、「水木しげる寄り」でない妖怪(=おばけ)が映像化されていたことは、特筆に値します。少なくとも、この頃までは、映像化される妖怪の姿に、多様性があった証拠です。
創作されたおばけのメダマンとマッサラとはともかく、「海ぼうず」と「アマノジャク」の造形も、伝承どおりではありません。
伝承の「海坊主」は、姿がはっきりしません。海上に突然現れる、大きな坊主頭のようなものです。でも、『ぐるぐるメダマン』の「海ぼうず」には、長い髪の毛があります。
伝承の「海坊主」は、船乗りを襲って、船を沈めてしまう、恐ろしい妖怪です。『メダマン』の「海ぼうず」は、逆に、人間を怖がります。臆病もので、しょっちゅう何かに驚いています。驚くと、口から金魚入りの水を吐きだして、卒倒します。「海ぼうず」の口の中には、不思議な海があるという設定です。
伝承に登場する「天の邪鬼」も、姿がはっきり描写されることは、少ないです。何となく人間型をしているように描かれます。
仏像の四天王の足もとに、よく、小さな鬼のようなものが踏まれていますね。あれも、「天の邪鬼」だといわれます。「鬼」という字に引きずられて、角や牙のある小鬼の姿をしています。
『メダマン』の「アマノジャク」は、作品中で、最も伝承に忠実な造形をされている妖怪(=おばけ)です。一本の角があり、全体的に、鬼の姿です。
ただ、胴体や手足など、体のあちこちに顔があります。何かショックを受けると、体がばらばらになって、苦しみます。おばけなので、死なずに、元に戻れるんですけれどね。
『メダマン』の「アマノジャク」は、外見ばかりでなく、性格も、伝承の「天の邪鬼」を受け継いでいます。ひねくれ者で、トラブルメーカーです。
「ミイラ男」は、ハリウッドのホラー映画で創作された妖怪です。二十世紀前半のことです。『メダマン』の放映時点でも、古過ぎて、伝承妖怪のようになっていました。
ミイラといえば、骨と皮ばかりの、やせ衰えた姿を想像しますよね。ところが、『メダマン』の「ミーラ男」は、かなりのおでぶさんです。そのうえ、大食らいです。普通のミイラの印象の、まったく逆を行っています。
日本の子供向け娯楽作品の中で、最初期に「ミイラ男」を登場させたのは、漫画の『怪物くん』でしょう。藤子不二雄(A)さんの作品ですね。
『怪物くん』の漫画の連載は、昭和四十年(一九六五年)から始まっています。二回アニメ化されており、最初のアニメは、昭和四十三年(一九六八年)に放映が始まりました。『ゲゲゲの鬼太郎』第一期アニメと、同じ年です。
これは、偶然ではないでしょう。当時は、妖怪とか怪物とか、そういう怪しいものが求められたのだと思います。怪獣ブームがひと段落して、妖怪ブームに移り変わる時期だったようです。
『怪物くん』に登場するミイラ男は、全身ぐるぐる包帯巻き姿の男性です。二〇二〇年現在、私たちが、「ミイラ男」と言われて、思い浮かべる姿そのものです。
おそらく、『怪物くん』が、日本における「ミイラ男」のイメージを普及させました。二回もアニメ化されたほどですから、『怪物くん』も、人気がある作品でした。二〇一〇年代になってからも、実写テレビドラマ化されていますよね。
こういう作品に、「ミイラ男」が登場すれば、読者や視聴者の印象に残るでしょう。『怪物くん』のミイラ男は、レギュラーキャラクターではありませんが、一回限りのゲストキャラではなく、何回も登場しています。
『怪物くん』のミイラ男は、大柄でがっしりした体格の男性です。ところが、それは、見かけ倒しです。全身の包帯を取ると、痩せたひょろひょろ体型です。
でも、『怪物くん』のミイラ男は、弱くありません。少なくとも、普通の人間では、まったく相手にならないくらい、強いです。古代エジプト由来の骨接ぎ法を会得しており、医療の面でも、有能です。
『怪物くん』のミイラ男に比べると、『ぐるぐるメダマン』の「ミーラ男」は、だいぶ、情けないです(^^; 太っていて、強そうに見えますが、すぐに「腹減った」と言いだして、動かなくなるヘタレです(笑)
『ぐるぐるメダマン』の「ミーラ男」は、全身の包帯を取ったことがありません。一部の包帯がほどけて、脚が見えたくらいです。なので、「ミーラ男」の本当の体型や、素顔は、誰も知りません。メダマンさえ、知らないという設定になっています。
このような「ミーラ男」の造形も、『メダマン』以前に、「ミイラ男」の定型ができていたからこそでしょう。あえて定型を崩して、独創的な「ミーラ男」になりました。
もし、『怪物くん』以前の日本産の娯楽作品で、「ミイラ男」が登場するものを御存知であれば、教えて下さい。
ちなみに、『ゲゲゲの鬼太郎』にも、「ミイラ男」が登場します。漫画の『ゲゲゲの鬼太郎 死神大戦記』で初登場しました。これが、昭和四十九年(一九七四年)のことですから、『怪物くん』よりも後です。『ぐるぐるメダマン』よりは、前ですね。
アニメの『鬼太郎』では、ずっと後の第五期に、初登場しました。
『ゲゲゲの鬼太郎 死神大戦記』のミイラ男は、鬼太郎の敵役でした。「ファラオの呪い」という妖術を使い、一度は鬼太郎を倒します。こちらのミイラ男も、強いですね。
『怪物くん』と『ゲゲゲの鬼太郎』とで、「強いミイラ男」という定型が生まれ、それが崩されたのが、『ぐるぐるメダマン』の「ミーラ男」だと思います。
創作妖怪(=おばけ)のマッサラは、『メダマン』におけるマスコット的存在です。
マッサラ以外のおばけたちは、全員、人間型をしています。人間が演じるという実写の制約上、どうしても、そうなります。
マッサラだけは、体が皿型です。皿の食物を盛る部分に、顔があります。顔は、簡単なアニメーションで、表情が変わります。普段は、顔が見える状態―つまり、皿を立てた状態―で、ふわふわと宙を飛んでいます。ワイヤーアクションで、動きが表現されます。
語尾に「~サラ」が付いた、独特の言葉でしゃべります。「困るサラ、何するサラ!」といった調子です。後の魔法少女ものにおけるマスコットと似ていて、興味深いです。
マッサラは、「しゃべる語尾に特定の言葉を付けて、キャラを立てる」例の、非常に初期のものだと思います。『ぐるぐるメダマン』以前に、こういうしゃべり方をするキャラはいたでしょうか? 御存知の方がいらっしゃるなら、教えて欲しいです。
主役のメダマンも、創作妖怪(=おばけ)ですね。メダマンは、ひょっとしたら、妖怪「百目【ひゃくめ】」を下敷きにして、生まれたのかも知れません。
じつは、メダマンは、顔以外に、脚や腹など、体のあちこちに目があります。
百目という妖怪は、伝承では、確認されていません。水木しげるさんが創作したものと考えられています。水木さんの漫画『悪魔くん』に登場して、知られるようになりました。全身に、百個もの目が付いた妖怪です。基本的には人間型ですが、『悪魔くん』に登場した百目の子供は、犬のように描かれていました。
伝承はありませんが、江戸時代の絵画に、百目にそっくりな、目だらけの妖怪が登場します。おそらく、水木さんは、このような絵をヒントに、百目を創作したのでしょう。
もし、メダマンが「百目」から創作されたのだとすれば、作品中で、唯一、「水木しげる寄り」の妖怪(=おばけ)ということになります。姿が全然違うので、「百目」の印象はありませんが。
資料がないため、本当のところは、わかりません。
『メダマン』の作品中では、妖怪という言葉は、ほとんど使われません。一貫して、「おばけ」です。
そのことからして、『鬼太郎』の影響から逃れようとしていることが、うかがえます。「水木しげる寄り」でない妖怪像を提供しようとしたのでしょう。その意気や良し、と思います(^^)
なお、『ぐるぐるメダマン』のキャラクターデザインを担当したのは、漫画家の吾妻ひでおさんです。「吾妻さんが百目を描いたら、メダマンになった」のかも知れません(笑)
『メダマン』のおばけたちは、吾妻ひでおさん流の妖怪たちだったわけです。
意外に思われるかも知れませんが、吾妻ひでおさんは、日本の魔法少女の歴史に、非常に貢献しています。重要なところに、ちょこちょこ、名前が出てきます。
例えば、日本の魔法少女史上、最初に「魔法少女としての姿」に変身したのは、『好き!すき!!魔女先生』ですね。ヒロインの月ひかるが、アンドロ仮面に変身します。このアンドロ仮面のデザインを担当したのも、吾妻ひでおさんです。
日本の魔法少女史上には、横山光輝さん、赤塚不二夫さん、石ノ森章太郎さん、手塚治虫さん、永井豪さんといった、そうそうたる漫画家さんたちがからみます。あまりにもすごい人たちが並ぶので、吾妻さんの功績が見えにくいのでしょう。
今回は、ここまでとします。
次回も、『ぐるぐるメダマン』を取り上げます。