魔法少女の系譜、その50~『紅い牙』と口承文芸~
今回も、前回に続き、漫画の『紅い牙』を取り上げます。
『紅い牙』を、口承文芸と比較してみます。
とはいえ、『紅い牙』くらいに複雑な設定となると、もはや、単純なストーリーの口承文芸とは、比較しにくいです。
ヒロインのランの能力からして、「オオカミ的能力+古代超人類の能力」という二階建てです。このような複雑な設定は、口承文芸では、ほとんど見られません。
「紅い牙」を発動させるランほどの能力を持つヒロインを、口承文芸の中で探せば、もう人間ではなくて、女神になってしまいますね。
ランのように、「超能力を持って戦う」女神は、神話の中に、いくつも見つけることができます。
例えば、ギリシャ神話の女神アテナ、北欧神話の女神フレイヤ、メソポタミア神話の女神イシュタル、インド神話の女神ドゥルガーなどです。
二階建ての能力という点に着目すれば、「神の盾アイギスを持って戦うアテナ」や、「空を飛べる鷹の羽衣を着て戦うフレイヤ」などに似ていると言えます。
いっぽうで、ランは、いつ暴走するかわからない、危険な「紅い牙」の能力者です。ラン自身は善人でも、常に悪の方向に傾く可能性を持ちます。
このように、善悪二面性を持つ点では、「時にわがままを通そうとして、神々を困らせるイシュタル」や、インド神話で暗黒神としての特徴が強い女神カーリーなどに似ています。
特に、カーリーとの類似性は、興味深いです。
カーリーは、正義の女神ドゥルガーが、強力な敵と戦った時、「このままでは、敵わない」と悟ったドゥルガーから、より強力な女神として、生み出されます。ランが危機に陥った時に発動する「紅い牙」と似ていますね。
カーリーは、すさまじい活躍をして、敵を滅ぼしますが、ついでにこの世自体を滅ぼしかねない勢いで、暴れまわります。この点も、たびたび暴走する「紅い牙」と似ています。
インド神話では、ドゥルガーの夫である男神シヴァが、カーリーの力を受け止めて、やっと平穏になったのでした。ランの場合は、ラン自身の精神力で「紅い牙」を抑えます。この点は、神話と違いますね。ランは、自立する現代女性の姿を反映するようです。
『紅い牙』の後半は、サブシリーズ『ブルー・ソネット』となって、ランとソネットとの、ダブルヒロイン体制になります。
もう一人のヒロイン、ソネットも、「超能力+サイボーグ」という、二階建ての能力者です。彼女は、悪の秘密結社タロンに所属するので、一応、悪役ではあります。
が、彼女自身はわりと善人で、不必要に人を傷つけたりはしません。一時的に、ランの味方をしたこともあります。恩人であるドクター・メレケスを非常に敬っていますし、一人の女性として、男性を愛することもあります。完全な悪役とは言えません。
ソネットの能力も、口承文芸の中で探せば、女神クラスでしょう。
実力が伯仲した女神同士が、自身の存続をかけて戦う……おそらく、世界中の神話を見渡しても、このような話は、ほとんどないと思います。
戦う女神は多くても、女神が戦う相手は、まず間違いなく「男神」や「男の悪魔」なんですね。
暴走しがちな「紅い牙」を、自身の精神力で必死に抑えながら、タロンと戦うラン。この時点で、『紅い牙』は、口承文芸の域を超えています。
それに加えて、同等の超能力を持つソネットがからんでくると、もはや、口承文芸で比較できる範囲を、はるかに超えます。
ドゥルガーとカーリーの例に見られるように、『紅い牙』と口承文芸とは、部分的に、重なることはあります。
しかし、「二階建ての超能力少女同士が、その伯仲した実力のすべてをかけて戦う」という、基本的な骨組みは、口承文芸に見られません。
『紅い牙』は、神話的要素や、過去の漫画作品の要素を、巧みに組み合わせて作られています。個々の要素にオリジナリティは少ないかも知れませんが、それらを、このように見事に組み合わせたのは、オリジナリティ以外の何ものでもありません。
昭和五十年代(一九七〇年代後半)にいたって、「魔法少女もの」は、完全に口承文芸を超えたといっていいでしょう。
ついでですので、『紅い牙』を、『超少女明日香』と比較してみます。
この二つの作品は、比較されることが多いです。同時代に、同じ「超能力少女」を主役にした作品ですからね。
実際、比較してみると、興味深いことがわかります。
ランと明日香とが共演した作品『貘【ばく】』があります。和田慎二さんと柴田昌弘さんとの合作です。
柴田さんは、和田さんのアシスタントを務めたことがあり、実生活でも、御友人同士だったそうです。互いに作品に影響を与え合ったとしても、不思議ではありません。
明日香もランも、たいへん強力な超能力者という点では、同じです。
けれども、明日香が完全な善役なのに対して、ランは、「紅い牙」の暴走ゆえに、悪役に落ちかねない存在です。ランのほうが、複雑な善悪二面性を抱えています。
『明日香』でも『紅い牙』でも、主役以外に、複数の超能力者が登場します。一九七〇年代半ばの少女漫画では、これだけで、充分に目新しい要素でした。
『明日香』の場合、敵役は毎回入れ替わります。敵役に、よく超能力者が登場します。
最終的に、敵役が改心して味方になることもありますが、基本的に、明日香は一人で戦います。味方と言えるのは、田添家の人々だけです。
ただし、田添家の人々は、普通の人間で、超能力者ではありません。明日香と共に戦うというより、明日香のバックアップに徹します。
『紅い牙』には、タロンという強力な悪の秘密結社があって、ランは、ずっとタロンと戦うことになります。決まった悪役があるんですね。
タロンには、おおぜいの超能力者が所属します。その一人が、もう一人のヒロインたるソネットです。ダブルヒロイン体制は、『紅い牙』の後半『ブルー・ソネット』を、豊かなものにしました(^^)
「魔法少女もの」として考えると、『魔女っ子メグちゃん』のメグとノン以来のダブルヒロインですね。同等の力を持つ超能力少女を競わせるのは、良いアイディアだと思います。
ランの場合、特に後半になると、一人で戦うのではなく、何人もの味方と一緒に戦うようになります。タロンの側も集団ですから、集団戦ですね。
味方には、超能力者もいれば、普通の人間もいます。それぞれ個性的なメンバーです。味方同士で衝突することもあります。
タロンの側も、一枚板ではなく、内部分裂することもあります。
敵・味方を合わせて、多様な人間関係を楽しむことができます(^^) 集団戦ならではですね。
ヒロインの職業を見てみましょう。
明日香の職業は、ほぼ一貫して「お手伝いさん」です。連載当時の「魔法少女もの」のお約束を踏まえています。
ランのほうは、ころころと職業を変えています。タロンから逃げているために、そうなります。
全体的に、『明日香』は、それまでの「魔法少女もの」の定型を、あまり外していません。
『紅い牙』は、「魔法少女もの」の定型を大きく外して、一ひねりも二ひねりもしています。
どちらが良いとか悪いとかではありません。定型には定型の良さがありますし、ひねった作品には、それなりの良さがあります。
『明日香』が定型だから古臭いかといえば、そうとも限りません。
明日香が「自然界の力を借りる」点などは、二〇一〇年代の現代にも通じるエコロジー的思想です。少女漫画の世界で、こういった思想を取り入れた先駆けでしょう。
今回は、ここまでとします。
次回も、『紅い牙』を取り上げる予定です。