魔法少女の系譜、その157~『機動戦士ガンダム』の人物の多彩さ~
今回も、前々回と前回に続き、『機動戦士ガンダム』を取り上げます。いわゆる「ファーストガンダム」ですね。ララァ・スンや、ミライ・ヤシマなど、魔法少女的キャラクターを取り上げます。
その前に、前回の補足をしておきます。
前回、『機動戦士ガンダム』と、『宇宙戦艦ヤマト』との間に、わずか五年の時間差しかないと書きました。
けれども、娯楽作品の世界において、「五年」は、長い時間です。五年もあれば、娯楽作品は、長足の進歩を遂げます。
これは、娯楽作品でなくても、世の中の流れ全般に言えることですね。
二〇二一年二月現在、世界は、コロナ禍の真っただ中にいます。わずか一年前、二〇二〇年二月の段階で、これほどの騒ぎになると、予測できた人がいるでしょうか? この一年で、世界は、がらりと変わってしまいましたよね。
一年でこれほど変わるのですから、五年もあれば……世の移り変わりは、激しいです。
『宇宙戦艦ヤマト』では、ヤマトの乗員の男女比が、極端でした。百十四名の乗員の中で、女性は、たった一名です。
『機動戦士ガンダム』では、主人公アムロ・レイが、ホワイトベースという宇宙戦艦に乗ることになります。ホワイトベースの最大収容人数は五百名とされていますが、実際、何名乗っているのかは、明らかにされていません。
物語が進むにつれて、戦死したり、乗り降りしたりする人が出るため、常に同じ人数でないことは、確かです。おそらく、一年戦争中には、常時、百名以上は乗っていたものと思います。
仮に、ホワイトベースの乗員を約百名として、その中に含まれる女性は、複数います。具体名を挙げれば、ミライ・ヤシマ、セイラ・マス、フラウ・ボゥ、キッカ・キタモト、ミハル・ラトキエなどの女性たちです。彼女たちは、みな、名前も台詞もあるキャラクターです。
乱暴な計算ですが、これだけの証拠からすれば、ホワイトベースには、ヤマトの五倍程度の女性が乗っていることになります。
ホワイトベースの乗員は、数で言えば、男性のほうが多いようです。艦長のブライト・ノアをはじめ、カイ・シデン、スレッガー・ロウ、ハヤト・コバヤシ、リュウ・ホセイ、オスカ・ダブリン、オムル・ハング、ジョブ・ジョン、マーカー・クラン、モスク・ハンなど、名前と台詞のあるキャラクターの人数が、明らかに、女性より多いからです。
もちろん、この中には、主人公のアムロ・レイも含まれます。
男性のほうが多くても、『機動戦士ガンダム』では、『宇宙戦艦ヤマト』ほどの極端な男女比は、見られません。男性が多士済々であるのと同じように、女性も多士済々です。
地球連邦軍のホワイトベースばかりでなく、ジオン軍側の人物まで入れれば、男性も女性も、もっと多彩な人物が含まれます。
地球連邦軍も、ジオン軍も、軍人と民間人との差はありますが、男女で、社会的地位に大きな差がある社会には、見えません。
ホワイトベースでは、艦長のブライト・ノアを助けて、ミライ・ヤシマが活躍します。事実上の艦長代理です。ジオン軍側では、ララァ・スンが、優秀なニュータイプ兵士として最前線に出ますし、ジオン軍司令の一人は、ザビ家の長女キシリア・ザビです。
二〇二一年現在では、『機動戦士ガンダム』のこの設定は、まったく当たり前で、疑問を持たれないでしょう。
ところが、『機動戦士ガンダム』が最初に放映された昭和五十四年(一九七九年)には、これは、画期的なことでした。それまでの「ロボットもの」や「戦争もの」のテレビアニメでは、『宇宙戦艦ヤマト』か、それに近いくらいの男女比が、普通でしたから。
例えば、『機動戦士ガンダム』と同じ昭和五十四年(一九七九年)に放映されたロボットアニメ『未来ロボ ダルタニアス』を見てみましょう。
『ダルタニアス』には、主な女性キャラクターは、白鳥早苗一人しか登場しません。放映期間の後半になって、早苗のライバルとなる敵側の女性キャラ、キャティーヌが登場するくらいです。『ファーストガンダム』の放映当時には、こちらのほうが、普通でした。
『ダルタニアス』では、白鳥早苗がメインヒロインです。
『機動戦士ガンダム』には、メインヒロインというキャラクターがいません。ミライもセイラもララァも、みな重要なキャラクターで、作品に欠かせません。いわば、複数のヒロインがいる状態です。
男性のキャラクターについても、そうです。主役はアムロ・レイですが、ブライト・ノア、カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、シャア・アズナブル、ランバ・ラルといった、他の男性キャラクターたちも、丁寧に描かれます。
この多彩さ、脇役のキャラクターたちまでも丁寧に描いたことが、『機動戦士ガンダム』が、爆発的にヒットした、大きな要因だと考えます。
群像劇という点では、『宇宙戦艦ヤマト』も、ずいぶん頑張っていました。昭和四十九年(一九七四年)の段階では、あれが限界だったと思います。
『ヤマト』から五年を経て、『機動戦士ガンダム』が生まれました。
私は、決して、『ガンダム』と比べて、『ヤマト』を貶【おとし】めたいわけではありません。『ヤマト』の巨大なヒットがなければ、『ガンダム』は生まれませんでした。『宇宙戦艦ヤマト』は、『機動戦士ガンダム』を生む土台となった、偉大な作品です。
『機動戦士ガンダム』は、二〇二一年現在では当たり前になった、「登場人物の男女比が、1:1に近い」、「女性も、男性と同じく、戦闘に参加する」、「男女の社会的地位に、ほとんど差がない」といった要素を初めて入れた「ロボットもの」、「戦争もの」テレビアニメと言えるでしょう。
さて、ここまでが、前回の補足です。であるとともに、今回の前置きでもあります。
個々のキャラクターに焦点を当ててみても、『機動戦士ガンダム』では、「人物の多彩さ」に気を配られていることが、わかります。
強力な「魔法少女」(=ニュータイプ)であるララァ・スンの造形に、それがよく表われています。
ララァ・スンは、インド系の人です。肌が浅黒く、額には、ティラカと呼ばれる模様を描いています。作中で、はっきりインド人と呼ばれることはありませんが、外見は、どう見てもインド系の人です。
昭和五十四年(一九七九年)の段階では、アニメの中で、「日本人以外の有色人種ヒロイン」は、極めて珍しい存在でした。アニメに限らず、漫画や実写ドラマの中でも、そうです。
また、女性キャラクターに限らず、男性キャラクターでも、「日本人以外の有色人種」は、珍しいキャラクターでした。
日本で作られる作品なら、日本人キャラクターが多くなるのは、当然ですね。日本人以外のキャラクターとなると、圧倒的に、ヨーロッパ系ばかりとなります。
とりわけ、少女漫画(と、それをアニメ化した作品)では、ヨーロッパ人が多いです。そもそも、舞台がヨーロッパという少女漫画作品は、一九六〇年代からありました。水野英子さんの『白いトロイカ』などが、そうです。
一九七〇年代に、『ベルサイユのばら』が、巨大なヒットを飛ばしたことで、日本の少女漫画界に、「ヨーロッパを舞台にした歴史もの」の流れができました。
奇しくも、『ベルばら』のアニメは、『機動戦士ガンダム』と同じ昭和五十四年(一九七九年)に放映されました。
『ベルばら』は、十八世紀フランスが舞台ですので、登場人物は、全員、ヨーロッパ系の人です。
『ガンダム』は、二〇二一年現在から見ても、はるかな未来、人類が宇宙に進出した時代が舞台です。宇宙にコロニーができて、大量の人間が住む時代なのに、日本人とヨーロッパ人しか登場しないのでは、おかしいですね。ララァのように、インド系の人もいるほうが、自然です。
二〇二一年現在に考えれば、当然なのですが、昭和五十四年(一九七九年)の段階で、主要なヒロインの一人をインド系にしたのは、英断だったと思います。
ララァと公私ともにパートナーになるシャアは、金髪のヨーロッパ系です。
主役のアムロは、名前からしても、外見からしても、民族的出自がよくわかりません。『ファーストガンダム』放映当時は、歌手の安室奈美恵さんがデビューする前でしたので、「アムロ」という名から、沖縄に実在する名字「安室」が連想されることは、ほとんどなかったと考えられます。
一応、アムロは、日系であるという設定です。しかし、物語には、それは、ほとんど関係しません。
アムロをはじめ、『機動戦士ガンダム』には、名前からでは、民族的出自が推測しにくいキャラクターが多いです。カイ・シデン、フラウ・ボゥ、ランバ・ラル、クラウレ・ハモンなど、名前だけ聞いたのでは、どこの国の人か、予想がつきませんよね。
宇宙世紀が舞台なのですから、多様な民族的ルーツを持ち、出自が推測できない名前を持つ人が増えても、当然でしょう。『機動戦士ガンダム』は、それを実現してみせてくれました。
この点も、『宇宙戦艦ヤマト』から、大きく変わった点です。『ヤマト』は、宇宙戦艦なのに、乗員は、なぜか、全員、日本人でした。
『ファーストガンダム』には、ミライ・ヤシマ、ハヤト・コバヤシのように、はっきりと日系とわかる名前の人もいます。セイラ・マス、マチルダ・アジャンのように、ヨーロッパ系と推測できる名前の人もいます。実際、セイラは金髪のヨーロッパ系で、マチルダは赤毛のヨーロッパ系です。
マイナーどころでは、ティアンムのように、メキシコ系と設定されている人もいます。
ララァ・スンも、外見は明白にインド系ですが、名前から、民族的出自を推定するのは、難しいですね。
じつは、実在するインド人の名前に、「ララLalla」があります。ただし、これは、男性名です。インド人の女性名で、「ララ」や「ララァ」に当たるものがあるかどうかは、調べきれていません。
長くなりましたので、今回は、ここまでとします。
次回も、『機動戦士ガンダム』を取り上げます。