読後感想 羊は安らかに草を食み
ネタバレ、あらすじありの読書感想です。
タイトル 羊は安らかに草を食み
作者 宇佐美まこと
出版社 祥伝社
俳句仲間の三人組、まあさん、アイちゃん、富士ちゃん。
それぞれ86、80、77才の老女である。
まあさんが認知症で施設に入る前に、3人は、まあさんの”人生のつかえ”を取る旅に出かける。
大津、松山、國先島を巡る老婆たちの旅。その途中でまあさんの書いた俳句にまつわる過去の話が語られる。まあさんの過去は、壮絶なものだった。
敗戦後の満州で、親を亡くしたまあさんとその友人かよちゃんは、二人だけで自分の命を守り、子供だけで日本に戻ってきた。
日本に戻るまでの二人の生活は悲惨なもので、自分たちの命を守るために泥棒し、嘘をつき、殺人まで犯す。周りの大人たちの残酷な行為から逃げるしかない少女たちは、他の誰かを見殺しにするしかない。仕方がないことはわかっていても、心の痛みは消えない。辛い物語だ。
フィクションとはいえ、取材もされているだろうから、同じようなケースが存在したのは事実だと推測できる。
世代的には私の親と同世代だが、日本にいた日本人とは、その苦労は雲泥の差だっただろう。そういった歴史上の出来事を私は詳しく知らない。
本当はもっと知っていなくてはいけない事なんだろう。
この年になって、衝撃を受けている自分が、些か恥ずかしい。
だが、教育されなかった気もする。
国が関わった残虐な事実を、あえて積極的に教育されなかったのではないかと今なら感じることができる。
辛い出来事が後世に伝わるかどうかは、現代なら震災や大きな事故などに置き換えられるものだろう。私は正確な情報を後世の人々に残すことが大切だと思う。だがその情報も、政治的に、営利的に、捻じ曲げられる可能性もあるだろう。そうなら、どうすれば様々な情報から真実を探り当てる判断力を持てるだろうか。判断力を持つ人間になるために教育があるわけで、的確な教育を受けていなければ判断もできないのではないか?
もはや堂々巡りだ。
せめて、知識は受け身でいては手に入らないものなんだと、自分に言い聞かすしかない。様々な、本を読むことが助けになるかもしれない。
話がそれてしまった。
日本に戻った二人は大人になって結婚する。だが、現在二人は疎遠になっている。まあさんを、かよちゃんに会わせたいと考えるアイちゃん、富士ちゃんは、懸命にまあさんの足跡を辿っていく。
ミステリ風に、まあさんの人生が少しづつ明らかになっていき、とうとうかよちゃんにたどり着く。
なんと、かよちゃんはまあさんがファンだと言っていた、元宝塚の月影なぎさ(もちろん架空の人物)の母親だったのだ。
ここからは、スター月影なぎさのダメ亭主が絡みながら、謎が一段深まり、アイちゃん、富士ちゃんの老女は、思いもかけない行動をとろうと考える。
最後は出来すぎで、違和感があった。
こんなことある? という偶然で危機を回避するという設定はどこか白ける。先日、ある作家さんのお話で「現実で偶然はあるんですけど、小説で偶然はダメなんです」とおっしゃっていたが、そういうことだなと思った。
戦争がなければ心の傷を受ける事がなかっただろうまあさんの夫や、まあさんとかよちゃんの絆の深さ、そこから始まる秘密。
あまりにも重いまあさんの人生。これ以上の重さは救いがないと考えて、あえて、都合の良い終わり方をしたのかもしれない。
羊は安らかに草を食み、というのは教会のパイプオルガンで演奏されているバッハのカンタータとして出てくる。優れた統治者のいる地では、安息と平和が訪れるという意味を持つアリアらしい。
満州で懸命に生きていたまあさんとかよちゃんは野生の羊のようであった。
そして、のんびり牛たちが草を食んでいる國先島の放牧場をバックに、二人の老女がまあさんの為にしようとしている恐ろしい行為の結末は?
優れた統治者の治める土地など、どこにもないのだろうか?
どこか皮肉めいたタイトルとなっていた。
未知の感染症に苦しむ今の世界を見ていると、人間がいかに無力であるかを思い知らされる。でも、人間って生き物の尊さも感じる。
自分自身の老後を意識する年齢になった私は、この作品を読んで、一つの人生の終え方を教えて貰えたような気がした。良い作品だった。
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