焦げるような暑さと、私と、イエローカレー。
月曜日から会議、会議、会議。
午前中だけで何回会議するんだよ。出席しただけで特に発言することもなく、あくびを堪えていただけの時間だった。
昨日は沢山寝ちゃったせいで、夜眠れなかったし、朝は起きるのがしんどかった。
世間は在宅勤務が多いはずなのに相変わらずの満員電車。知らない人の靴踏んづけちゃって、すみません!と小声で謝るも、この混み具合ならしょうがないと思う。
午後から取引先訪問か。。この暑さの中、移動キツイなー。
ん?課長から電話。
「例の資料できてるか?できてるなら、、」
「あ、っはい!できて・・ます!できてるん・で・す・が、もう一度見直したいなと思っていて、、えーっと、外回りから帰って、提出してもいいですか?」
やっば・・完全に忘れてた。7割程度はできてるけど、課長チェック厳しいからな・・・。どこかでささっとご飯食べて、資料見直してから取引先向かうか。。
月曜だからこそゆっくりランチして、気持ち切り替えようと思ってたのにな。
時間に追われるこの仕事、ほんっと疲れる。昨日の休みも結局一日中寝てたようなもんだったし。
私、この仕事向いてんのかなぁ。
結局、口下手なとこは変わってないくせに営業なんて。
パソコンと資料で朝の満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになっている重たいカバンを肩に掛け直しながら、赤茶色の歩道を見下ろし、取引先へと向かうための駅へと足を動かす。最近ショートカットにしたせいで、襟足が焦げるように暑い。髪の毛を伸ばすのも暑いが、切っても暑いんじゃどうしようもない。
毎年言っているが、今年の夏の暑さは異常だ。焼けるというより焦げるような太陽の日差し。
"39度のとろけそうな日 炎天下の夢 Play Ball Play Game”
って歌も昔あったけど、いやいや、そんな明るいテンションで歌えない暑さ。
駅まであと5分ほどの距離というところで、レトロな外観のお店から漂うスパイスの匂いに足を止めた。
カレーのスパイスの匂いって、どうしてこうも“絶対カレー食べてやる”の気分にさせるのだろうか。
外から見える窓越しの店内はこじんまりとしていながらも繁盛している様子がうかがえる。黙々とスプーンを口に運ぶサラリーマンやOL。
ラッキーなことに、窓際の席が空いているじゃないか。
よし、ここに決めた。もう私の口は、カレーの口だ。
“カランカラン”
木製のちょっと立て付けの悪そうな重いドアを開けると、私より年齢がちょっと上かなというくらいの髪を束ねたお姉さんが「いらっしゃいませ」と優しく微笑んでくれた。
「お好きな席へどうぞ」
一人で入店した時の「何名様ですか?」と聞かない感じが好きだ。
どう見ても一人なのに「一人です」と言ったり、人差し指を立てて一人での入店であることを店員さんに伝えることが私はどうも苦手。
外は35度を超える真夏日であることを忘れてしまうかのようなひんやりした店内。
狙っていた窓際の席に腰を下ろす。襟足に滲んでいた汗も引っ込むような冷えた空調がありがたい。
お冷やグラスとおしぼりを持ってきてくれたお姉さんの顔を見ることもなく、メニュー表を吟味する時間もそこそこに「注文していいですか?」
一番人気と書かれたカレーを指差し「このイエローカレーをひとつお願いします」
店内を見渡す暇なくカバンの中からパソコンを取り出し、作成途中になっていた資料ファイルを開く。
思っていた以上に、資料は完成に近いところまで進んでいた。誤字脱字をチェックして、客観的に見やすいかどうかをチェック。あ、ここに取り込むグラフは、、、えっと、、、
しかめっ面でうーん、うーん、と画面を見ながら唸り声を上げていたに違いない。
10分も経過しただろうか。
さっきのお姉さんが「お待たせしました」とカレーを持ってきてくれた。
鶏肉も野菜もごろごろと入ったスパイスのいい香りがするイエローカレー。
イエローカレーって、バターチキンカレーとは違うのだろうか。とふと疑問に思いながら、パタンとパソコンの画面を閉じカバンにしまった。
カレーを目の前にし、私お腹空いていたんだ・・・と気付く。
詰め込まれた会議と取引先への訪問と資料のことばかり考えていたから、自分のお腹の減り具合なんてすっかり忘れ去っていた。
バターの香りがする黄色いカレーとごろっとした大きめの鶏肉を口に頬張る。ちょっと甘めで、スパイスが後を引く味。
辛いものは好きだけど“辛いカレー”は苦手。辛すぎるカレーって、ただただ辛さだけが口に残るような気がして。
でも、この辛さ控えめでしっかりスパイスが効いてる感じは好きだ。
茄子も、玉ねぎも、ちょっと苦手なニンジンも。アクセントになっているナッツも、夢中で食べた。
スパイスの匂いに釣られて衝動的に入ったお店だったけど、本能で選んだ時って大概外れない。
しっかりお肉も野菜も食べられたし、さっきまでの焦ってた気持ちは、いつの間にか満腹と共に穏やかになっていた。
最後の一口を大事に味わって、口の周りをこっそり手鏡でチェックしようとしていた時、テーブルの端に小さなガラスの器に入ったバニラアイスとアイスコーヒーが置かれた。えっ?という顔でお姉さんの顔を見上げる。
「コーヒー苦手でしたか?」
「あ、いえ、そういうことじゃなく、、私、カレーしか頼んでない、、」
「うちはランチタイムにアイスとコーヒーがセットで付いてくるんです。よろしければどうぞ」
とにっこり微笑んで、「こちらお下げしますね」とカレー皿を下げて行った。
そういえば、さっきはきちんと見てなかったけど、メニュー表の右上に「ランチタイム11:00〜14:00 アイスとコーヒー付き」って書いてある。甘党の私には嬉しいサービス。
カレーの後のアイスは本当にありがたい。恐らくガラス器ごと冷蔵庫で冷やされていたのであろう。冷たい器と表面シャリっと氷の食感も感じるようなバニラアイスを口の中で溶かしながら、外の風景をぼーっと眺める。
なんだか、外まで涼しくなっているんじゃないかとさえ錯覚してしまうくらい、さっきまでの体に籠っていた暑さは消え、ひんやりとしてきた。
アイスコーヒーを少しずつ飲みながら、もう一度、パソコンを開き直す。
うん。こう見ると、我ながらまぁまぁよく出来ているような気がしてきた。
入社当時から今まで、何度も何度も、やり直しさせられているうちに、コツを掴んできた資料作成。
これなら、一発で通る気がする。
取引先への提案内容を、もう一度頭の中で復唱する。よし、大丈夫。
さっきまでの暑さとともに憂鬱な気持ちまでどこかへ消えたみたいだ。
出入口近くのレジで、さっきのお姉さんに「ごちそうさまでした。美味しかったです。」と伝え、お会計を済ませる。
「ありがとうございました!」と弾んだ声のお姉さんと、厨房の中から覗くお父さんらしき男性が目尻のシワを寄せこちらを向いてお辞儀してくれた。
二人に背中を押してもらうように、木製の重いドアを開け、強い日差しの太陽の下へとまた足を踏み出す。
フィクションですが、画像は私が作ったイエローカレーです。
実際には、KALDIで買えるロイタイの「イエローカレー」に鶏肉と野菜とナッツをたくさん入れて煮込んだもの。
野菜は、茄子に玉ねぎににんじん。ナッツはカシューナッツと、トッピングにスライスアーモンド。
辛さを和らげるための隠し味には、アーモンドミルクと練乳をすこーし足したりして。
街の片隅で、そんな思いの営業マンや、働く人がほっと一息つけるような昔ながらのカレー店があるかもしれないなと思いながら書いてみました。
食べ物って、身体のエネルギーになるだけじゃなくて、心身ともに元気にさせてくれたり、ちょっとした気持ちの切り替えにもなったりしますよね。
あなたも
街で漂ってきたスパイスの匂いでカレーを食べたくなったことありませんか?
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