おすみnoteの原点は高校時代にあった!?
ごきげんよう、おすみです。
今週も無事に週末を迎えることができました。
↑先週の金曜日と全く同じ書き出しですが、週末になるとホッとするのが正直な胸の内で、ついそう思ってしまいます。
金曜日は一週間どんなことを考えながら過ごしていたのかを自身の過去の記事やツイートを読み返すのが金曜日の日課になっています。
そして毎回のように思うのが、小説家やライター志望でもないおっさんがよくも毎日1000字以上の記事を投稿できるなあ…と。
今日はそんなおすみnoteのルーツを辿っていこうと思います。
本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
実は理系家族
文章を書くことが楽しいと感じ始めたのは、高校3年の頃に遡ります。
中学校までは作文や読書感想文がどちらかと言えば嫌いで、夏休みの宿題は2学期になって居残りを命じられても絶対に書き上げたくないと思い、毎回ことごとく踏み倒してきました。
転機は高校に入学してから
最初は文章を書くことがすごく苦手でした。
そんな文章嫌いのおすみに転機が訪れたのは高校に入学してからの事でした。
以前の記事にも書きましたが、中学時代はどちらかと言えば得意だった数学が高校になって全くついていけなくなりました。
新聞部に入部したおすみが担当したのは主にカメラで、記事は先輩や国語に強い同級生に毎回丸投げする状態でした。
この頃から丸投げが得意だったのね、おすみ。
本も教科書を含めて全く読みたくもありませんでした。
(それだけ学校が苦痛な場所という事もありましたが)
が、そんなおすみに文章と親しくなった瞬間が訪れたのでした。
それがおすみの心の避難先に指定していた場所の一つ、図書館でした。
図書館で読んでいたSports Graffics Number
図書館でひたすら読んでいだ雑誌Sports Graffics Number(©文藝春秋社)。
スポーツをテーマにしたノンフィクション人間ドラマは抑うつ状態でフラフラになりながら、教室に入ることに拒絶反応を出しながらでも学校に行き生き続けるおすみの心を揺さぶりました。
大勢のお客さんの前で無数のカメラとフラッシュに囲まれて脚光を浴び、笑顔で声援に応えるアスリートは、観客もカメラもない場所では一人の人間で苦悩や葛藤を感じていて、それでも自身が立てた目標のために日々前進をやめないありのままの姿を書いた記事にいつしか自分自身と照らし合わせていました。
そして、今までスポーツを映像や現場でしか見ていなかったおすみに『文章で読む』という新たな視点を教えられた気がしました。
新聞部に入ったのだから、文章を読ませて現場の雰囲気だけでも伝えることができるようにならないと…新たな生きる目標が生まれた瞬間でした。
新たな視点から生きる姿勢も変わった
その後は新聞部でも積極的に記事の作成を担当するようになりました。
執筆経験を重ねるごとに赤ペンを入れられる箇所も減りました。
本もスポーツノンフィクションを中心に読むようになり、テレビドラマも放送を一切見ずにノベライズ本だけ読んで結末を知るという事もありました。
同世代の子がいじめの体験談をつづった『十七歳』という本も読みました。
恐らくあの本がおすみにとって人生初の自己啓発本です。
そしてあの時の経験が大学入試の志望理由書の作成や進学後のレポート作成、趣味でやっていたブログ作成にも生かしてはきましたが、まさかこの年になってこのおすみnoteにもあの時の経験が活きるとは思いもしませんでした。
経験は、時に予期せぬ時に生きることもあるんやなあと思います。
楽しいこともつらいことも、あの時があったから今がある。
そう思える人生をこれからも送りたいと思う今日この頃です。
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