
#003 企業理念(パーパス)に潜む「心を動かす」WHYのメカニズム
Cover photo by Olena Bohovyk
短期集中連載「インサイド・アウト – これからの『働く』の方向性を考える」 第2回(全6回)
前回の記事では、インサイド・アウトの事例のひとつとして「意味のイノベーション」を取り上げました。それは、自己と向き合い、どのような意味や価値を大切にするかを内省するアプローチのこと。そして、「意味」が響き合う関係をつくり出そうとする試みであり、信じることを、信じてくれる人に届けるという営みである、と。
仕事のデザインにおいても、自身に向かってWHYを投げかけ、自分ならではの在り方を模索することが出発点となります。
今回の投稿では、私たちを衝き動かすWHYのメカニズムを探ります。
WHYからはじめる
インサイド・アウトは私たちを衝き動かす。プレゼンテーション動画配信サービスの”TED TALK”でこれまでもっとも再生された動画のひとつに「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」がある。副題は「WHYからはじめよう」。
ここで紹介されるゴールデン・サークル理論からは、私たちの衝動がどのように湧き上がるのか、そのメカニズムについてのヒントが得られる。

(※日本語版動画を文末の参考欄に)
動画のサムネにもあるように、このモデルは同心円の図で表わされる。中心にWHY(なぜ)があり、その外側にHOW(どのように)があって、もっとも中心から離れた外縁にWHAT(なにを)がある。
意欲や情動に働きかける「古い脳」
この理論は、私たちの脳の仕組みとその働きに依拠している。
人間の大脳の主要な部位は、大脳新皮質と大脳辺縁系に分かれる。
脳の表面部分にある大脳新皮質は、脳の構造においてはもっとも新しく、合理的で分析的な思考や判断、言語機能など「知性」を司る。
これに対して、内側にある大脳辺縁系は「古い脳」とも呼ばれ、意欲や情動といった「本能」の働きに関与するとされている。

通常、私たちは外側にある大脳新皮質で情報を処理し、合理的な判断をしようとする。WHATによるものごとの理解は、私たちが理性的であることを支えてくれる。
一方で、私たちの感情を揺り動かし、行動へと駆り立てる衝動は、内側に位置する大脳辺縁系が刺激されることによって起こる。
インサイド・アウトによって、つまり、WHYからはじめることによって、メッセージはひとの本能に働きかける。そして、それが直感的な判断を呼び起し、私たちの湧き上がる衝動の源泉となる。
理念を語る。何者であるかを示す。
この動画の語り手であるサイモン・シネックは、ゴールデン・サークル理論の実践例としてアップル社のコミュニケーション戦略を挙げる。
それは、次のようなWHYを語ることを起点としている。
現状を打破すべく果敢にチャレンジすること。私たちのあらゆる取り組みはこうした信念に基づく。これまでにない、まったく新しい考え方をすることに価値があると信じている。
WHYは理念や信条と捉えてもよいだろう。昨今では、企業がパーパス経営を標榜し、その存在意義や目的を掲げる動きが活況だ。商品やサービスでの差別化が困難になった時代において、どのような価値観に基づいて活動を営むのかという企業としての原点が問われている。
企業としての理念を表明することは、何者であるか、何者でありたいかを示すことでもある。WHYからはじめることによって、企業組織はあたかもアイデンティティを身に纏うかのような存在となる。それによって、企業と私たちの間に関係性が生まれ、共感を呼び起こす力が立ち上がる。
WHYを問う。進路を見定める。
アウトドア用品の製造・販売をおこなうパタゴニアは、故郷である地球を守るために私たちはビジネスを営むことをパーパスとしている。
創業者であるイヴォン・シュイナードの著書「レスポンシブル・カンパニー」を読むと、背筋が伸びる。そこには、覚悟、決意、気概が溢れている。だが、息苦しさを覚えることはない。決然としていながら、寛容で、柔軟。これまで常識と信じていたことを見直したり、思い違いを悔い改めたり。ページを繰っていくほどに、温かい気持ちに包まれる。
おそらくそれは、他者の評価を気にしたり、外部からの要求に汲々としたり、ということではなく、内省を起点として「こうありたい」という自身の姿を思い描いているからだろう。
構えることなく、ただ息をするように、彼らにとって大切なことを行動に移していく。
ファッション(流行)を追い求めることなく、「長持ちしないものはつくらない」とする製品開発方針。
リサイクルや再流通による循環経済を目的とした古着回収プログラムや修理部門の拡充などの顧客サービス。
農場での原料生産から倉庫への輸送に至るサプライチェーン全体での炭素排出量、エネルギー使用量、廃棄物量、輸送距離などの環境負荷の算出と情報公開。
表土を再生し、地下水の減少や河川の汚染を遅らせ、大気中の炭素の土壌への固定化を進め、生物多様性を改善するリジェネラティブ(環境再生型)農業の事業化。
そして、すべての株式を環境保護基金へと委譲することによって「地球」を株主とみなす社会還元への姿勢。
企業活動のあらゆる面でこうした価値観を体現し、志を同じくする企業や団体を巻き込んでその取り組みを進化させることによって、同社は独自のポジショニングを獲得している。
それは、彼らにとってのWHYが私たちの心を揺さぶるからだ。
WHYを問うことによって、進むべき道筋がみえてくる。
参考:
本文でも触れた環境再生型農業や牧畜業、環境修復型漁業に関する動画をここに置いておきます。実験(experiment)がもたらす価値や多様性に関する示唆もあって見応えあり。”革命とは常に足元からはじまる”