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他人からどう思われるかは本当はどうでもよかった
「他人からどう思われるかが気になる」
この思いに起因する問題は、本当にたくさんあります。多くの人が他人からの目を気にして、嘘の自分を演じています。でも、落ち着いてよく考えてみると、他人からどう思われるかなんて、じつはどうでもいいのだということが分かります。
人間関係の悩みが人の心身を蝕んでいる
人間関係の悩みなんてよくあるよね、では済まされません。こうした悩みが人の心身を蝕んでいるからです。
人は、本当の自分を表現して自分らしく幸せに生きていくことが出来るはずです。でも、「他人からどう思われるか?」を気にしたり、それをコントロールしようとしたりして、自分らしく生きるためのエネルギーを使い切ってしまうと、それが遠のいてしまうのです。
日本社会では、人間関係に摩擦を生じさせること、人と人がぶつかることを、生理的に(つまり非論理的に)避ける傾向があります。そして、そのことと他人からの評価を気にすることなつながっています。
心にもないことを話すだけで人は弱くなる
本音と建前を使い分ける。よく言われることですが、本当にそんなことが出来るのでしょうか? 生身の人間である以上、自分が放った言葉の影響を一番受けるのは自分自身です。
自分の本心を押し殺して、周囲の人々が望むであろうことを話していると、どんどん弱くなります。エーリッヒ・フロムは、嘘の自分を表現することが、その人の劣等感や弱小感の根源だと述べています(『自由からの逃走』)。
そんなにまでして配慮をした結果は、どうでしょう? 周囲の人から気に入られ、ちやほやされ、心配もなく幸せでしょうか?
そんなことありませんよね。いくら相手の期待に沿うように動いたところで、他人からの評価をコントロールすることは出来ないからです。
どっちにしたって敵と味方がいるのなら
ここまでの考察から言えることは、他人からの評価を気にして色々やっても、好かれるか嫌われるかは分からないということです。
気に入られようと嘘の自分を演じる。
あまり気にせず本当の自分を表現する。
どちらにしても、好ましく感じる人もいれば、嫌がる人もいるということなのではないでしょうか。それならば、多大な犠牲を払いながら「他人からの目を気にして自分を殺す」ことの価値は、大変疑わしいということになります。
もちろん、どちらを選ぶのも個人の自由です。大切なのは、本当の自分を表現するもしないも、自分で選べるということです。
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