【知能研究者はろばに乗れるのか】 知能研究における異分野交流の難しさと取り組み
ろばを売りに行く親子
「ろばを売りに行く親子」というお話をご存知でしょうか。
簡単に説明すれば、
ろばを連れた親子が歩いていると「せっかくろばを連れているのだから、ろばに乗ればいい」と言われる。子供がろばに乗れば「親を歩かせるなんてひどい」と言われ、親がろばに乗れば「子供を歩かせてひどい」と言われる。そこで二人でろばに乗ると今度は「ろばがかわいそう」と言われてしまう。
人の意見に流されてしまうのはよくないという示唆のあるお話です。
知能研究はむずかしい
私が研究に取り組む中で、「ろばを売りに行く親子」のお話を思い出させられた出来事がありました。ある2人の知能研究者の先生に、こんなことを言われたのです。
とある科学者「工学的なアプローチで知能研究に取り組む研究者は、ものを作ることばかり気にしすぎていて、作ったものの評価をおろそかにしすぎている。」
とある工学者「科学的なアプローチで知能研究に取り組む研究者は、評価ばかりを気にしすぎていて、作ったものや見つけたもの自体の面白さをおろそかにしすぎる。」
違うアプローチで研究しているのですから、意見が合わなくてもいいのかもしれません。それぞれの分野の価値観に基づいているので、むしろあるべき姿だとも言えます。
しかし、せっかく同じ”知能を知りたい/作りたい”というモチベーションがあるのですから、協力関係を結べればなお良い気もします。
第3回異分野交流会 -学問の垣根を越えて知能とAIを考える-
3月21日に下記のようなイベントが開催されました。
このイベントでは、多種多様なバックグラウンドを持って知能に向き合う11人もの若き研究者が集いました。特筆すべき点は、彼ら・彼女らが異なる専門分野を持つお互いを認め合いながら、有意義な議論を交わしたこと。
なぜ、ここではそれほど有意義に議論することができたのでしょうか。
研究におけるホワイトソースを作りたい
登壇者の一人である上智大学の布川絢子さんの講演にその答えが潜んでいたように思いました。
彼女が語ったのは「知能研究のホワイトソースを探求したい」ということ。
布川さんは、計算論的神経科学・脳を参考にした人工知能・計算論的精神医学という3つの領域を例に挙げて、それぞれの研究領域が別々の価値観や目的を持ちながら、共通して題材としている概念(ここでは「脳と対応づけができる計算モデル」)に別の立場から光を当てているにすぎないのではないか、と指摘しています。
講演の最後に彼女はこう語りました。「共通して題材としている概念は、ホワイトソースのようなもの。グラタンを作っている人と、クリームコロッケを作っている人、どちらも必要なのはホワイトソース。別々に作るより、共に美味しいホワイトソースを探求したら、今よりもっと美味しいグラタンやクリームコロッケができるかもしれません。」
このイベントで有意義な議論が交わされていたのも、それぞれの研究領域はアプローチにすぎず、それぞれの知見を持ち寄って「知能」という名のホワイトソースを追求したい、という共通意識があったからに思います。
ろばを活用するにはどうすればいいのか
知能について知りたいはずだったのに、知能を知るためのアプローチである学問を決めた途端、学問における貢献にばかり目がいってしまう。そしてそのために、知能について知ることがおろそかになってしまうのであれば、少しさみしいように思います。
ろばの話にしても、ろばに誰が乗っている/乗っていないという事実だけを見ればどうにもならないかもしれませんが、その本質にある親子の思いをみんなが理解できれば、みんなに納得してもらうこともできるかもしれません。
目先の事実やアプローチにとらわれず、知能研究における「ホワイトソース」を探求していくことの大切さを改めて認識することができました。