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賛否両論の「みどり湯」に泊まってみた

原付でゆく北海道旅10日目、最北端の宗谷岬に到達した私は稚内に向かった。お目当は、"賛否両論のライダーハウス"として有名な「みどり湯」だ。

▼前回までのあらすじ


ライダーハウス「みどり湯」って?

みどり湯とは、日本最北端の街・稚内にある銭湯だ。創業から60年以上経っており、このさむーいさむーい稚内で、昔から地元の人々の体を温めてきた。そんなみどり湯の隣に5~9月限定でオープンするのが、ライダーハウスみどり湯。宿泊費は1泊2,000円。ちなみにライダーじゃなくても宿泊可能である。

実は、北海道に来るまでみどり湯の存在を知らなかった。ただ北海道に来てから何人ものライダーがみどり湯の話をしていたので、ライダー界隈では結構有名みたい。

何がそんなに有名なのかというと、どうやらみどり湯オリジナルの"儀式"なるものがあるようで……

21時から始まる"ミーティング"

みどり湯に到着すると、オーナーのおばちゃんが迎え入れてくれた。宿泊に関する一通りの説明を淡々と終えてから、彼女はこう言った。

「21時からミーティングがあるのでね、参加お願いしますね」

ミーティング……?はっ!これがライダーたちがニヤニヤしながら話していた例のミーティングか!!!

ふと横の貼り紙を見ると「ミーティングは強制参加ではありません」といった文言が書かれていた。おばちゃんの口調的には強制参加っぽかったけど、そういうわけでもないのか。

とりあえず隣の銭湯にひとっぷろ浴びに行く。

銭湯みどり湯の休憩所にて

お湯、めーちゃくちゃ熱かった。地元民らしきおばあちゃんが、熱すぎて身動きがとれない私を見て少し笑いながら、余裕の表情でお湯に浸かっていた。猛者だ。

もうすぐ21時になる。ライダーハウスに戻ろう。

まわるミラーボール・・・

21時。15人ほどの宿泊客がリビングに集合していた。若者もいれば、おじいちゃんもいる。女性はオーナーのおばちゃんと私だけだ。

何が始まるのだろう…

ミーティングのプログラムが発表される。

1.オーナーから宿泊の説明
2.一人ずつマイクを持って自己紹介
3.肩を組んで「大空と大地の中で/松山千春」を合唱

なるほど、これが賛否両論の理由か。人見知りの人にとっては自己紹介とか肩組んで合唱とかハードル高いよな~と思った次の瞬間、電気が消えた。

ミ ラ ー ボ ー ル が 回 り 始 め た 。

そしてオーナーのおばちゃんの話が始まる。ディスコを思わせる本格的なミラーボールが回る中、おばちゃんの世間話がリビングに響き渡る。マイクを使っているので、少しエコーがかっているのが実にシュールだ。

世間話を終えて、ライダーハウスで過ごす際の注意事項を話し始めたおばちゃん。この話がまぁ~それはそれは面白くて、宿泊客全員の爆笑をかっさらっていた。内容は泊まってからのお楽しみということで、ここには書かないでおこう。

マイクを持って一人ずつ自己紹介

おばちゃんの話が終わり、端にいた宿泊客にマイクが渡る。自己紹介の項目は、名前、生年月日、どこから来たか、乗っているバイクのことなどなど。初対面の人たちの前でマイクを持って話すのはなかなか緊張する。

みんなの自己紹介を聞いていてわかったのは、この日の宿泊客の半数がリピーターだということ。ライダーは7割程度で、あとの3割は車や電車で来ているということ。最年少は19歳で、最年長は74歳ということ。

マイクが回ってきて、私も自己紹介をする。何か面白いことを言おうと思ったが、噛んでスベるのが目に見えていたので、無難に済ませた。


肩を組んで松山千春を合唱

全員の自己紹介が終わると明かりがついた。次はみんなで肩を組んで、松山千春の「大空と大地の中で」を合唱する。おばちゃんが天井から垂れ下がる紐を引っ張ると、歌詞が大きく書かれた紙が下りてきた。

大きな音で音源が流れ出す。前奏でおばあちゃんが「みなさん大きな声でお願いしま~す」と言い、テーブルを囲んだみんなが肩を組んで、左右に揺れながら歌いだす。

はて~し~ない~♪おお~ぞら~と~♪
ひろ~いだいち~の~♪その~なか~で~♪

みんな、いい顔してた。うまく言い表せないけど、歌ってる時のみんなはすごくいい顔をしていた。みんな色々な人生を歩んでここにいるんだな、と思った。

【僕らが旅に出る理由】

そのあとは宴会がスタート。私はみんなの輪には入らず、74歳のおじいちゃんと一緒に、おじいちゃんが15年前にここに来た時の写真を探していた。たくさんあるアルバムの中から自分の写真を見つけた時、おじいちゃんは頬をピンクにして喜んでいた。

そういえば自己紹介で、20代の男の子が「仕事でメンタルを崩して、お世話になってる人に『北海道に行ってこい』と言われてここに来た」と話していた。彼は今、休職中らしい。

私も新卒1年目の頃、社会の波にうまく乗れなくて会社に行けなくなったことがあった。月曜日の朝、体が動かなくなったのだ。

それから精神科に行って、うつの診断を受けて、休職することになった。少し体が動くようになった私は、何を思ったか青春18きっぷを買って初めての一人旅に出た。それで、東北を5日間かけて鈍行列車で周った。あの時から今日まで、なんだか繋がっているように思う。あの旅の延長が今であるように感じる。

旅に出る理由って、みんな結構そんな感じなのかもしれない。今はポジティブな理由で旅に出ていても、旅に出会ったきっかけって、もしかするとちょっと暗かったりするのかも。

彼とはタイミングが合わなくて話せなかった。何か良い話をできるわけじゃないけど、「大丈夫だよ」ということを伝えたかった。いや、正直全然大丈夫じゃないしなにひとつ安定していない人生だけど、今こうして生きてる。海の匂いの違いを感じたり、やきとり弁当のおいしさに感動したりして、落ちたりふわっと浮いたりして生きている。

彼はこの旅で、このライダーハウスで何を思うんだろう。いつかどこかで会えたら聞いてみたいな。



みんなが宴会をしている中、私はこっそりと部屋に戻り、楽しそうな声を子守歌に眠った。賛否両論のみどり湯、私は圧倒的に「賛」でした



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おさつ
一緒に旅をしている気分で読んでいただけたら、この上なく幸せです。