それって、人生が豊かであることの証明じゃないか。
原付でゆく北海道の旅24日目、北海道白老町のゲストハウスで目を覚ます。今日はこの旅の最終日。17:00小樽発のフェリーに乗って、翌朝9:00には新潟港に到着予定だ。
▼前回までのあらすじ
終わり際、始まりを思い出す。
ゲストハウスのオーナーと柴犬に別れを告げて旅路につく。今日は白老を出発して、羊蹄山のふもとを通って小樽に行く。距離は約140km。100km以上の移動も慣れたもんだ。
今日でこの旅は終わりだ。北海道に上陸した頃から季節はすっかり変わっていて、気温だけでなく、風の匂いや重さも9月上旬とはずいぶん違うように感じる。
実は数日後にどうしても外せない用事があり、神奈川に戻らなくてはいけないことになっていた。半強制的に旅の終わりが来たのだ。
ホッとするような、寂しいような。
毎日長距離運転でヘトヘトだし、朝晩は凍えるほど寒いし、正直このへんでタイムリミットが来てくれて良かったと思う。ただ一方で、そんな旅が終わることを寂しく思う。
ふと、北海道に上陸した日のことを思い出す。このリトルカブで北海道に来れたことが嬉しくて嬉しくて、どうしようもなく胸が高鳴ったっけ。これから始まる旅にワクワクして、稲穂が揺れるまっすぐな道を叫びながら走り抜けたっけ。
そうやって旅が始まった頃の自分を思い出すと、なんだか少しかわいいな、と思う。よかったね、色々あったけど最高の旅だったんじゃないかな。
愛をたくさんもらった旅だった
出発した時は曇り空だったけど、走っているうちに雲間から青空が見えてきた。曇のち晴れ、旅の最終日にふさわしい天気だ。
1時間ほど走ったので小休憩。景色の良い場所にカブを停めて、ゲストハウスのオーナーが持たせてくれたゆで卵を剥く。オーナーは「塩いる?」と言って、大きめのジップロックに少しの塩を入れて渡してくれた。愛だなぁ、と思う。
愛をたくさんもらった旅だった。「3つセットだったから」とヨーグルトを分けてくれた大学生。テントを一緒に立ててくれたカップル。バイクのミラーを直してくれたライダーたち。凍える私にホッカイロをくれたレブル乗りの彼女。「待ってたよ」と迎え入れてくれた紋別の人たち。「旅人にはサービス」とケバブをプレゼントしてくれたケバブ屋さん。もらった愛をあげていったらキリがない。
私は誰かに愛を与えられただろうか?人に優しくできただろうか。なんだか、もらってばかりだったような気がする。
そんなことを考えながら走っていたら、甘くて爽やかなフルーツの香りが漂ってきた。ふと路肩の看板を見ると「フルーツ街道」の文字。いつの間にか果樹園に挟まれた道路を走っていたようだ。ぶどうの香りが鼻をかすめる。
余市に出たところでレトロな金物屋を発見。リユースコーナーに赤い花があしらわれた指輪があったので500円で購入。お会計をすると、店員のお姉さんが「ちょっとまっててください」と言ってツヤツヤのぶどうを一房持ってきてくれた。
レジにフルーツ街道と同じ香りがふわっと広がる。私がお礼を伝えると、「そんなに喜んでくれるなんて私も嬉しいです」と笑うお姉さん。あぁ、また愛をもらってしまった。
カブの駅でひとり立ち尽くす無職
旅の〆は「カブの駅 銭函」へ。きっとカブ乗りがたくさんいるんだろう、約1ヶ月一緒に旅したこの泥だらけのリトルカブを見てもらおうかな。
だ、だれもいない……(笑)
そっか、今日平日だもんね、みんな働いてるよね…。自分が無職独身女性(29)だったことを思い出す。写真を撮って、ステッカーを購入して、カブの駅を後にした。
北海道最後のご飯は回転寿司。北海道は回転寿司のクオリティが高すぎることで有名だ。最後なので、値段は気にせず食べたいものをどんどん注文していく。無職だけどさ、豪快に行こうぜ。
お腹いっぱいのまま、今晩フェリーで食べるものを買いに走る。小樽名物の若鶏半身揚げと、ご当地ドリンクのガラナをゲットして、小樽港に到着だ。
あ、いい顔してる。
小樽港のフェリー乗り場にてバイク積み込みの列に並ぶと、たくさんのライダーたちが談笑していた。みんな、表情が清々しい。きっといい旅だったんだろうな。
船の写真を撮っていたら、近くにいたライダーが「写真、撮りましょうか?」と声をかけてくれた。ひぇー、すっぴんだし旅の疲れでボロボロだし……いや、せっかくだからその姿を収めてもらおう。
いい顔してんじゃん。盛れてるとか可愛く写ってるとかではないけど、いい顔してる。スッキリしてるというか、いきいきしてるというか、「旅、楽しかったんだね」って感じの表情。
いい顔してるなら、あとはもうなんでもいいんだと思う。やりたくない仕事のために毎日1時間半かけて東京に通ってた頃、地下鉄の窓に映る自分の顔を見て驚いたことがある。この世の終わりみたいな表情をしていた。
私はいま無職で、貯金は減りゆく一方だし、将来に何の約束もないし、人生計画なんてこれっぽっちもないけど、すごくいい顔してる。それでいいじゃないか。それだけで、人生が豊かであることの証明じゃないか。
フェリーに乗り込んで、甲板に出る。出航すると、カモメたちが船の周りをまとわりつくように飛び回った。まるで見送ってくれているみたいだ。
ゆっくりと離れゆく小樽を眺めながら、小さな声で「ありがとう」と呟いてみた。
「もうこんな旅は嫌だ」そう言って旅人は、また。
ビンボーなので、帰りもやっぱり一番安い二段ベッド席。荷物を整理してから、半身揚げとぶどうを持って外のテーブルへ移動する。
半身揚げにかぶりつく。まだほんのりと温かくておいしい。途中まで食べたところで、手を拭くものがないことに気付いた。
どうしよう。洗い場もない。医者のオペ前みたいに手を上に向けてウロウロキョロキョロしていると、近くにいたおじさんトリオが「ほい」とお手拭きを渡してくれた。
愛だ。手についた油を拭き取った私は、ぶどうを持っておじさんたちのテーブルに行った。「一緒に食べませんか?」
愛はきっと大げさなことじゃない。そこにいる人が、少しでも幸せになったらいいな。そう思って何かをすること。それが愛なんだ。これは、この旅で出会ったみんなから教えてもらったこと。優しいおじさんたちがぶどうを食べて「甘くておいしいな」って、なんかちょっと幸せになってくれたらいいな。
おじさんたちは北海道をチャリで周っていたらしい。ずいぶん過酷な旅だったみたいだけど、その話をするおじさんたちは、3人ともすごくいい顔をしていた。
「もうこんな旅は嫌だー」なんて言いながら。
目尻に幸せのシワを寄せて。
―原付でゆく北海道の旅 終わり―