cafeプリエールのうさぎ #8 愛子②
愛子編、前回まで流れはこちらから。
「どうぞ。
悲しみを認めたくないお怒りの女王様へ、
というコーヒーと、本日のおすすめです」
ふっと顔を上げると、
見たこともないような透き通るほどの男性が、
コーヒーを差し出してきた。
好みの顔ではないけれど、
世界のかっこいい顔ランキングで上位に居そうなタイプだ。
やんわりと、ふんわりとした雰囲気なのに、
それでいて有無を言わさぬ眼光の鋭さに、
少しだけドキッとしてしまった。
恋なんていつからしていないだろう。
それすらもわからないほど、私は仕事に生きてきたのだ。
「えっと……
このコーヒー、もう一度教えてもらえますか?」
「はい。
悲しみを認めたくないお怒りの女王様へ、という豆です。
その包みもセットですので、どうぞご確認ください」
コーヒーの隣に置かれたまっ黒な包み。
コーヒーもある程度知っているが、そんな豆は知らない。
常識的に、○○産の豆とか、深煎りとかそういう紹介じゃないのか?
イケメンの笑みに騙されそうになったが、
ものすごい失礼なことを言われた気がする!
なんか納得のいかないまま、黒い包みの中を開くと、
本とともに、まっ黒なメッセージカードがあった。
そこには金色の文字で、こう書いてあったのだ。
――
言葉以上の思考はできない
――
本のタイトルは「幸せになる言葉、幸せにする言葉」
表紙に、やわらかく生きると書いてあるが、まったく興味がない。
本屋に並んでいたら、
無視して通り過ぎるかもしれない。
いや、こんなのあったわ、と友人にメッセージを送り、盛大に批判するだろう。
私のシアワセを勝手に決めんな!
やわらかくって、
やわらかくいたら仕事にならなかったの!
仕事で社会に還元してるっての!
結婚して子どもを産むのがそんなに偉いんか!
と、食って掛かる気がする。
とはいえ、
メッセージカードの文字が気になるのだ。
――言葉以上の思考はできない――
どういう意味だろうか?
「あの……このメッセージカードってどんな意味なんですか?」
ちょっと嫌味だけど、
それも許せてしまうような、かっこいいお兄さんに聞いてみることにした。
「そのままの意味ですよ?」
馬鹿にすることもなく、
心底、不思議そうに返された。
スマホもってますか?
はい、もってますけど当たり前ですよね?
というやり取りに似ている。
えっ……理解できない私が悪いの?
イラっとした。
沸点が低いわけではないが、
この店に入った当初から、虫の居所も悪い。
「意味わかんないから聞いてるんですけど?」
怒りを抑えたつもりだったが、
言葉のチョイスで不機嫌さが伝わってしまったかもしれない。
「では……」
宇佐は言葉を選びつつ、言葉を紡ぐ。
「言葉って不思議なものです。
私たちが考える時は、
きっと言葉で考えていると思うんですね。
日本人は、日本語で。
アメリカ人は英語で…というように。
まだ考えることが苦手な赤ちゃんだったり、
子供たちでも、日本語で考えて日本語で答えてますよね。
私たちって英語で考えて
日本語に翻訳して口には出せないじゃないですか。
だから持ってる言葉以上の思考ってできない。
だからこそ、
自分の中にどんな言葉を持っているか?
どんなチョイスをしているか?
どんな言葉を体に入れているか
ってとっても大事だと思うんです」
宇佐は、愛子と目を合わせて、もう一度やさしく包み込むように笑った。
好みの顔ではないとはいえ、整った顔立ちなのだ。
こんな風に笑われたら、恋愛市場から引退宣言している愛子でも、頬が染まってしまう。
「まずは、この本いちど開いてみてください。
きっと何かあなたにとって役に立つことがあると思います。
コーヒーとともに、文字も味わってくださいね」
そう笑って彼は店の奥に消えた。
私に役に立つことってなんだろう?
そんなのは何も考えたことがなかった。
口が悪いって言われて育ってる。そういう環境だった。
言葉のやわらかさなんて考えたことも聞いたこともない。
とにかく本をパラパラと見てみることにしたのだ。
ふと開いていたページに気になる言葉があったのだった。
《つづく》