cafeプリエールのうさぎ　#8　愛子①

「ちょっと聞いてよ。
　新人、本当使えないの。
　新人って言っても、もう2年目なのよ？
　使えないならまだしも、嘘までつくの！　　
　本当、仕事のフォローする身にもなれっての！」

ガン！　とビールジョッキを置きながら、
愛子は今日も友人に一気に話し始めた。

そんな愛子は、
バリキャリと呼ばれる生き物だ。
自分でもそう思うし、仕事が楽しいからそれでいいと思っている。
バリキャリは誉め言葉である。

専門学校を出て、もう20年以上経つが、
この業界でやっと任せてもらえるまでなったのだ。
「女の子は結婚するのが幸せよ」
という母だったし
「いつになったら結婚するんだ？」
という父だったけど。
弟が結婚して、孫も生まれたら、
私には何も言ってこなくなった。
孫を溺愛している。
それにさみしさを覚えるほど、子どもでもない。
心配性がすべて甥っ子姪っ子に行くなら、本当にありがたい。

弟嫁の話を聞いていても、やっぱり自分には、子育ては向かないと思うのだ。
かろうじて血のつながってる……と言えるか言えないかの、甥っ子姪っ子に、
いい距離感でいろんなものを買い与えている方が、ずっと簡単で楽である。

仕事に生きて何が悪い。
たのしいのだから、しょうがないじゃないか。
この仕事でやりたいことも目標もある。

だからこそ熱が入ってしまう。
「若い子みたいに怒れるなんて、あなたも情熱があるのねぇ」
と上司は言うが、
情熱無くして仕事はできないし、
お金をいただく以上、
自分史上最高で、
お客様にも最高のものを提供したいというだけだ。
男社会の中で、戦いながらここまで来たのだ。
セクハラにも泣かず戦ったし、
ある程度の下品な発言にも、にっこり笑顔で、足を踏むくらいの度胸も身に着けた。

なのに、である。

「ちょい新人ってどんな子？」
「ゆるっとふわっとしてて、「できないんですぅ」って話すタイプ！　
　できないんですぅ、って言ってる暇があるなら、ひとつでいいから覚えろ！　
　そういいながら定時で帰ったり……」
「あー、愛子が一番嫌いな「オンナ出して仕事してる」ってやつか」
「ホントそれ。
　この前なんてさ、頼んだ資料が全くできてないから注意したら、「なんでそんなに怖い言い方するんですかぁ？」って言いやがって、悪者は私よ。
　意味わかんない。
　打ち込みすらできてないじゃん。
　ゆとりが何だ！　2年目だろうが！！　
　なのに全体会議では、
　新人の自己肯定感下げるような指導はするな？　
　ふ・ざ・けん・な！！」

ガツン！　と置いたビールジョッキから、泡がこぼれる。

「まぁ、落ち着きなって。こぼれたビールがもったいないよ」
「大体さぁ……」

今日も今日とて、愛子の愚痴は続いたのだった。

そんな日常でも、業務は相変わらずあるわけで。

今日は、外回りの営業。
その帰り、ぽつぽつと雨が降ってきた。
雪ならそこまでぬれずに済むが、雨はちょっと困るのだ。
雪より、解けかけたときの雨の方がきつい。体が芯まで冷えていく気がするのだ。

どこかにないかな？
と
周りを見渡して、見つけたのがここだった。
カフェプリエール。

小走りで向かう途中、会社から連絡が入った。
いい知らせだといいな、と淡い期待をしながら電話に出ると、聞きたくない声が聞こえてきた。
「せんぱ～ぃ……もう無理です。私、辞めます」
「はっ！？意味わかんないんだけど」
「だってぇ……まだ資料できてないって言ったら、先輩に聞けって言われるし。
　先輩、すぐ近くにいないし、聞いたら聞いたで怖いし」

半泣きの声で、えぐえぐしているが、
私の悪口を言っているだけである。
だんだん心が冷めていく。

「資料ってこれですよね？　
　田中運輸の見積もりデータって書いているやつで、
　先輩が朝にポンって私に投げてきたやつですよね？」
「朝にそういって渡したよね？」
「締め切りまで聞いてないですもん。
　なんで急に昼とかいうんですかぁ……。
　もっとなんか、ないんですかぁ？」
「だからさ、それって言ってんじゃん。
　はじめてするわけじゃないし、もうその手の資料を任せるのも3回目じゃない」
「できませんよぉ……こんなの意味わかんないし、元データ見つからないし」
「意味わかんないんだけど」
「もうみんなに怒られるし、会社辞めちゃおうと思って」
「なんでそうなるのよ？」
「はじめやさしかったのに、最近みんな怖いもん……」
「だからさ、そう言ってんじゃん。
　意味わかんないんだけど。なんでそうなるの？　もういいわ！」

そんな電話をしながら店内に入ったものだから、
へらっと笑った店員さんが彼女とかぶって八つ当たりをしてしまった。

メッセージアプリで、
上司に事の顛末を伝え、
フォローしてもらうように頼み、
早々に休憩することにする。
というより、休まないとやっていられない。

マジ、あいつなんなの？
仕事を何だと思っているわけ？
自己肯定感減らさないようにやさしく怒りましょう、とか上司に言われるし。
やさしくしてきた結果がこれよ、これ！
給料分働こうとか最低限のことも思えないわけ？
パワハラ？　
仕事ができないやつにむかって「仕事できない」ってふんわり伝えただけで何がパワハラ……。
何でもすぐにこっちのせい！
辞めますって簡単に言うけど、引き留めてほしいとか？
マジかまってちゃん。
　
いい加減にしろ。
　
教育係なんかめんどうだっての。
誰が好き好んであいつの相手するかってんだ。
　
　
どんどん口が悪くなっていく。
どす黒いものがおなかの中にあるのは、幼少期からだ。

親にも昔言われたことがあったなぁ……あんたの口の悪さはどうしてだろうって。

本当……知るか！

《つづく》