cafeプリエールのうさぎ #8 愛子③
連載小説です。
愛子編はこちらからどうぞ!
――労働は罰である――
愛子には理解ができなかった。
自分にとって
この仕事は楽しいもので
嬉しいもので、やりたくて就いた仕事である。
だからこんなにも続いてる。
でも西洋では労働は罰であると考えるそうだ。そんな価値観、わたしにはない。
――
アダムとイブは、神から3つの罰も与えられます
1つ目は働かないと食べられないという労働の罰です。
つまり労働は神から与えられた罰なのです。
2つ目は陣痛の罰です。
女性は子供を産み育てるのが仕事です。
英語では陣痛のことを「労働の痛み」といいます。
3つ目は死の罰で、人間は有限の命を与えられたのです。
欧米人が早く仕事をリタイヤしたいと思うのは、
汗水たらして仕事をするのは罪深い人だという考えだからかもしれません。
――
そんな文章の横にもう一つあった。
―――
それとは反対に、働く事は尊いという考え方です。
実は日本の神様は一生懸命に働いています。
田植えをしたり稲刈りをしたり、機織りや蚕を飼うなどと
いろいろな仕事をしているのです。
ですから、日本人はお掃除のひと拭きにさえ思いを込められます。
そうすると、お掃除自体が尊い仕事になるのです
労働そのものが全身全霊で働くことで、
その美しさが現れ、神仏の存在を感じることができるのだと思います。
労働そのものが尊いと感じる心がある。
私たちは、労働の痛みを越えたところにある精神性を見ることができるのです。
―――
働くということに関して、そんな風には考えたこともなかった。
でも愛子も同じなのだ。
新人がどうして働きたくないのか?
どうしてこんなに楽しい仕事なのに、
やる気もなく熱量もなく、
ただひたすら時間が過ぎるのを待っているのか?
そんなこと、気にもしなかった。
いや、自分と同じだと思っていた。
きっと、この根本的な考え方の違いなのかもしれない……と、頭をよぎる。
そんなことをふと思った時に、
やはりメッセージカードの言葉が気になったのだ。
ーー
言葉以上の思考はできない
ーー
愛子自身、
できることならもっと穏やかな心で幸せな毎日を過ごしたい。
職場の上司や同僚ともギスギスしたくないし、新人にも仕事をきちんとしてほしい。
でも、それ自体がストレスになって、
結局は友人に愚痴ってしまうし、
家族にも距離をとって大事な話は避けているようにも思う。
ことり。
目の前に角砂糖が置かれた。
ドラゴンのカタチと、りんごのカタチ。
「さっきの言葉の意味はわかりましたか」
またイケメンさんに聞かれた。
よくわからないけれど、
口からふっと言葉が出てきたのだ。
「……最近、仕事が思うようにいかなくて、ちょっとしたことで、イライラしたり落ち込んでる気がします。心に余裕がないですよね……きっと」
他人に弱音なんか言ったことがない。
ましてや、他人に……。
そしたら店長はにっこり笑ってこういったのだ。
「きっと悩んでいる原因は、言葉にあると思いますよ」
言葉……?
そう言われて少し考える。
周りの同僚にも
自分1人だけが熱いと言われ、
それを馬鹿にされた態度や言葉で傷ついてきた。
昔から男社会だったところに女1人。
オンナだてらに1人で乗り込んで、
セクハラまがいの言葉に戦った。
それに対して毎回戦ってきたし、
戦って戦って勝ち取った地位だ。
私だけが傷だらけで、強い女と嫌煙された。
なのに、
ゆるふわの新人がその地位にすっと収まっている気がして腹が立つ。
腹が立つのだ。
私が勝ち取ったものを、うまくかすめ取られた気がする。
あの子は……
あの子は戦っていないじゃないか!
「何か思い当たる節はありましたか?
人はちょっとした言葉で
傷ついたり悩んだりしますよね。
でも喜ばせたり楽しくさせる言葉もあります。
しかし、同じ言葉でも、
声の調子1つで気持ちが伝わってきたりもしてしまう。
だからこそ、持ってる言葉以上に考えるってことはできないなぁと思うのです。
もしも汚い言葉遣いをしているのであれば、
その言葉が普段の思考に使われている言葉なんですよね……。
だからこそ、きれいな言葉で、
素敵な言葉で思考ができれば……
もしかしたら口から出る言葉は、
きれいな言葉で
素敵な言葉になるかもしれませんね」
「わたし……もう戦いたくない……」
「戦いに疲れたら、このお店がありますよ?」
やさしい笑顔とともに、
繊細な細工の施された美しいコーヒーカップを差し出された。
白とピンクがマーブルに混ざる……
まるで雪景色に桜吹雪が舞っているかのような、そんな絵柄だった。
「どうぞ。甘くてほろ苦い、ミルクコーヒーです。お砂糖も溶かしてみてください」
角砂糖をひとつ。
コーヒーに入れてゆっくりと溶かす。
愛子は、こんなに甘くて優しいコーヒーと、その時間を飲んだことがなかった。
あぁ……傷ついてたんだ。
私、つらかったんだ。
戦わないといけないから戦っただけで……
いつからこんなに武装していたんだろう。
ピコンとスマホが鳴った。
「お時間のようですね」
スマホ画面に現れたのは新人ちゃんからのメッセージ。
「何時に帰ってきますか?
早く戻ってきてほしいです」
ぴえん、というふざけたスタンプに笑ってしまった。
「店長、また来てもいい?」
「はい、いつでもお待ちしています」
「お釣りはいいわ!」
そう言って、カウンターに5000円札を置き、愛子は笑った。
「ご馳走様」
店を出ると、
愛子はすがすがしい気持ちで新人に連絡した。
「今から適当な理由をつけて出てきて。作戦会議よ!」
「……はぃ!!」
使えない新人だけど、私だって昔は新人だったんだ。
同じ戦いをするんじゃなくて、この子と一緒に乗り切ってみよう。
さっき降っていた雨は上がり、愛子の後ろには虹が出ていたのだった。
―― 怒りの根っこは悲しみである ――
つぎは、おとなしい男の子編!
いつ描き終わるかなぁ…苦笑
気長に①から
また読んでいただけると嬉しいです。