音楽と人と生きる
※これは「音楽と僕」シリーズの最後ですが、最終回だけ見ても満足できるタイプのやつだと思います。
これまで8本にわたって音楽のことを書いてきた。音楽を通してこれまでの人生を見つめ、それと同時に自分を通して音楽を見つめなおしてきた。こんなに長い時間をかけてやってきたのは、「私にとって音楽とは何か?」という問いの答えを見つけるためだ。1本目を書いているときには分からなかったが、今なら少しは文字にできる気がする。前置きはこれくらいにして、問いに答える努力をしていこう。
私は音楽を通じて仲良くなった人が沢山いる。また、仲良い人から教えてもらって好きになった音楽も沢山ある。音楽というのは話のネタとしても大変優秀だ。そんな音楽は、社会や人と私を繋いでくれる命綱のようなものだと思っている。社会や人との繋がりなしで生きていくことはできない。
誰かを好きになると恋愛ソングを聞くたくなる。そんな曲を聞くと好きだという感情はさらに大きくなり、恋がより美しいものに感じられる。失恋した時は失恋ソングばかり聞いていた。そんな曲は現実と向き合う勇気をくれるし、失恋を過去の思い出にしてくれる。音楽はそうやって人生をドラマにしてくれる。例えていうなら演出家だろうか。
私はその時の気持ちに合わせて、自分で曲を選んで聞いている。だから当たり前のことだが、音楽は辛い時には寄り添ったり、慰めたりしてくれる。まだまだやれるときには奮い立たせてくれたり、叱ったりしてくれる。私をとても理解していて、時には私のために厳しいことも言ってくれる。1番の親友みたいだ。
そして街中やSNS、いろんなところに音楽は溢れている。意図しなくても音楽は勝手に耳に入ってくる。そうやって偶然耳にした曲で、気持ちが強く揺さぶられることがある。自分で選ばないことにはそんな魅力がある。そんな思いがけない驚きや喜びを、私はスパイスのようだと感じている。普段あまり食べないし主役にもなりづらいが、時々素晴らしい役割を果たしてくれる山椒やコリアンダー。そんなイメージを持っている。
また私は音楽と共に成長してきたし、精神面においては音楽に成長させてもらった部分が大きい。野田洋次郎が書く哲学的な歌詞に悩みの答えを見出したし、ラブソングには人を愛するということを教わった。人生の先生と言ってもいいかもしれない。
ここまで書いてみて、私にとって音楽とは、人や社会との繋がりを与えてくれる親友のような存在であり、人生に彩りや驚きを提供してくれ、生き方を教えてくれる先生のような存在でもある、ということになる。予想通り上手くまとまらなかったが、今書いていて「ドラえもん」みたいだと思った。何千文字もかけてたどり着いた答えがドラえもんなのは情けないが、今一番しっくりくるのはその単語だ。
ドラえもんと違うところがあるとすれば、私は音楽なしで絶対に生きていけないというところだろう。ドラえもんとの生活を通して成長したのび太は、ドラえもんなしでもきっと何とかやっていける。しかし、私はいくら成長しようとも音楽なしでは生きていけない。むしろ、歳をとるほどに、精神的に成長するほどに音楽との関わりは深くなっている。
結局出た答えは「ドラえもん」だった。音楽は人生だ、なんてありきたりで綺麗な答えは嫌だったので、何とか粘ってみたがダメだった。何となく締まらない感じは私らしいのかもしれない。これまでのシリーズで沢山の曲を紹介してきたが、それはSpotify500曲+サブスクにない好きな曲のうちのほんの一部分だ。自分の全てを語るのは不可能だし、それが良いことだとは思わない。それでもこのシリーズはいい自己紹介(長い)にはなったと思っている。
もうそろそろ終わりにしようと思うが、答えがアレだし、綺麗な締めくくりは特に必要ないだろう。これからも私は音を楽しみ、人と生きていく。それが変わることはきっとない。これにてシリーズ完結。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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