
牛丼ウォーズ
「ヨッシー!ペロン!ヨッシー!ペロン!ヨッ…」
うるさい目覚まし時計を止めて、俺は布団の中で伸びをする。いい歳して毎朝ヨッシーの頭をしばいているのも俺くらいのものだろう。遠い昔に両親からもらったこの時計を、なぜか未だに捨てられずにいる。とうの昔に両親はどこかへ行ってしまったのに。そんな感傷に浸っている時間もないか。
布団から起き上がり洗面所へ。鏡の向こうには冴えないアラサーの男がいる。もちろん俺。すき家の店員をしている28歳独身、趣味は野球観戦だ。今ではすっかりファンが減ってしまったが、ずっと巨人一筋である。そんなことは今はどうでもいい。歯を磨き、テキトーな服に着替えて職場に向かう。
仕事場は徒歩圏内にある牛丼チェーン。すき家である。牛丼=すき家であるから、わざわざ説明する必要もないだろう。最強にして唯一の牛丼屋、それがすき家である。あらゆる牛丼販売の独占はもちろん、家庭での牛丼の調理作製にも細かい基準がある。それを破ってしまうとかなり重い罰があるし、なによりすき家で食べればよいので誰も破ろうとしない。そんな超巨大企業の末端で毎日必死に働いている。
仕事自体は忙しいがやりがいのあるいい仕事だ。賄いで好物の牛丼が食べれるのも素晴らしい。あと、お客さんの話をこっそり聞くのが密かな楽しみだったりする。今日の仕事中、いつものようにこっそり話を聞いていると、驚きの話題が耳に入ってきた。
簡潔に言うと、戦後の一斉植樹から時間が経ちすぎたため、来年からソメイヨシノの伐採が全国規模で始まるらしい。代わりに植えられるのは新しい品種の桜ということだ。花見大好きな俺にとってはショックが大きい。花見ができるまで数年はかかってしまうし、もうソメイヨシノを見れなくなってしまうかもしれない。寂しい気持ちを抱えたまま俺は帰路についた。
家に帰ってすぐ違和感があった。ベッド脇の時計が昼の時間で止まってしまっている。電池はこの前替えたばかりだ。どうやら壊れてしまったらしい。毎朝イライラしながら起きていたが、いざ壊れてしまうと非常に寂しい気持ちになる。俺はヨッシーの時計がどうやら好きだったらしい。
悪いことは続くものだ。つい1ヶ月前も、20年以上応援している巨人のユニフォームカラーが変わるということで落ち込んだばかりなのに。あのオレンジ色の大観衆も来シーズンからはどこにもいないらしい。好きなものがどんどん失われていく。こんな世の中はクソ喰らえだ。
そんな状況でも大好きな牛丼はまだ残っている。俺は持ち帰ってきた牛丼に手を伸ばす。これだけは死ぬまで無くなることはないだろう。これさえあれば俺は……、牛丼??
目の前の牛丼に初めて何か違和感を覚えた。一度そう思ってしまうと、その違和感は加速していく。俺の好きなもの、牛丼、ヨッシー、桜、巨人…。オレンジ色、、ソメイヨシノ…。うっ!
その時、俺の脳内に電撃が走ったような気がした。オレンジ色の看板、父と母と俺、牛丼。それは確かに存在した記憶、!。そう!それは、、『吉野家!』
俺は全てを思い出した。5年前のすき家大侵攻。そこで俺は仕事も家族も吉野家も、全てを失ったのだ。今まで忘れていたのはきっとすき家の陰謀に違いない。この世界ではあの戦いはなかったことにされ、吉野家派の人間の多くは存在を消されてしまった。優秀な吉野家スタッフだった俺は記憶を改ざんされ、今日まですき家で働かされていたのだ。
全てに気づいてしまった俺は、「すき家の」牛丼をゴミ箱に捨てた。そして仕事から着たままになっていたユニフォームも脱ぎ捨てた。きっと同じような人がこの世界には多くいるに違いない。俺はできる限り多くの人を目覚めさせ、すき家と戦っていく覚悟を決めた。この身が滅びるその日まで戦い抜いてやる。吉野家のある世界を夢見て!