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神聖ローマ帝国の成立とその歴史

ドイツに住むことになった私は、ドイツの歴史に興味を抱きました。特に、世界史におけるドイツといえば、神聖ローマ帝国です。今回はその成立について学んだことを共有します。

神聖ローマ帝国??の誕生

「神聖ローマ帝国」という名前を聞いて、初めての人は「なぜそのように呼ばれるのか?」と思うかもしれません。私なりの解釈を共有します。

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神聖ローマ帝国は現在のドイツ地域に相当します。
10世紀、東フランク王国の国王であったオットー1世がローマ教皇から西ローマ帝国の皇帝として戴冠されたことにより、この地域は、以降「神聖ローマ帝国」と呼ばれるようになりました。

「神聖ローマ帝国」は、英語で Holy Roman Empire と言います。
この名前は、ローマ教皇によって選ばれたことから「神聖」、
過去のローマ帝国を継承する意味で「ローマ」と冠されたものです。
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オットー1世以降、神聖ローマ帝国はカトリック教会の強力な政治的・軍事的支持者として、また西ローマ帝国の後継者としての役割を果たしていきます。

神聖ローマ帝国の領土(16世紀ごろ)@世界の歴史まっぷ

このように、神聖ローマ帝国の名前には、単なる地政学的な意味だけでなく、深い歴史的・宗教的な背景が込められているようです。

神聖ローマ帝国の名前の由来については、この動画をご覧ください。

神聖ローマ帝国の学習の題材

ユーテラ世界史佐藤幸夫先生の世界史講義『ドイツ史/神聖ローマ帝国』をご覧ください。
フランク王国の成立から、ハプスブルク家の台頭までを主な政治的出来事を中心に解説されています。興味のある方はぜひご覧ください。

オットー1世の戴冠までの道のり

カロリング朝の終焉後、東フランク王国では国王を選挙で選ぶようになりましたが、国王の権力は弱く、諸侯(部族大公)たちが各地で強い影響力を持っていました。オットー1世はこれらの諸侯と婚姻関係を結び、支配力を強化しました。

この時期、東方から侵攻してきたマジャール人を、オットー1世は諸侯と協力して撃退しました。また、イタリア王国から王妃を迎え、ローマ教皇の支持を得てイタリア王国を滅ぼし、教皇との関係を深めることに成功しました。

その結果、オットー1世は、ローマカトリック教会の守護者を意味する西ローマ帝国皇帝に選ばれました。

神聖ローマ帝国の中世~近世の出来事

中世における神聖ローマ帝国は、国内外でさまざまな出来事に見舞われました。

「カノッサの屈辱」(1077年)

ハインリヒ4世(ザーリア朝): 聖職者の叙任権を巡ってローマ教皇グレゴリウス7世と対立し、破門されるという「カノッサの屈辱」を経験しました。

十字軍での神聖ローマ皇帝の活躍(12世紀ごろ)

フリードリヒ1世、フリードリヒ2世(シュタウフェン朝)の十字軍での活躍が特筆されます。
また当時の帝国はイタリア政策への関与したため、内政が蔑ろになり、ドイツ国内の諸侯の力が強い状態が維持されました。

金印勅書(14世紀頃の神聖ローマ帝国)

オットー1世によるローマ帝国戴冠後、ザクセン家が王位を継承します。以降は、神聖ローマ帝国の皇帝は国内の有力諸侯の中から選挙で選ばれるようになります。

王家を引き継いだ家は直系男子が存在する限り、その家は王位を継承します。

しかし、13世紀中ごろ、王家から跡継ぎの男子がいなくなる時期が訪れます。1256年~1273年のことです。このことを大空位時代と呼びます。

この後、皇帝を選ぶ選挙のルールが定められ、14世紀にはカール4世によって「金印勅書」が発布され、7人の選帝侯が選出されました。

このような条件で選ばれる、神聖ローマ帝国は当時の有力諸侯に対し、強い影響力を及ぼすことはありませんでした。同国は、約300の領邦により分割統治される国家となり、「領邦国家」と呼ばれるようになります。

ハプスブルク家の台頭

15世紀になると、ハプスブルク家が皇帝に選出されます。同家は、その後、西ヨーロッパの歴史の中心的な家系となり、ヨーロッパの歴史を動かします。ハプスブルク家の家訓は『汝、戦争よりも婚姻せよ!』、という通り、領土の拡大は婚姻政策によって行うように子孫に言い伝えていたと言われています。

神聖ローマ帝国の歴史を振り返って

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神聖ローマ帝国はローマ教皇を守る帝国として成立しましたが、常に諸侯(領邦)の力が強い国家でした。

成立当初は皇帝の権威が強かったものの、イタリア政策に傾注した結果、帝国内での権威は次第に弱体化しました。
ハプスブルク家が皇帝となった後、国外との戦争を通じて権威が強化されましたが、30年戦争が終わると再び諸侯の力が強くなりました。
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参考文献

神聖ローマ帝国 (y-history.net)

ヨーロッパへの興味が尽きません。旅行も楽しみたいのですが、楽しさを倍増させるために歴史を少しずつ学習しています。
今回も最後まで読んで頂いてありがとうございます。中世ヨーロッパの出来事についてまた書かせて頂きたいと考えます。

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