HSPを受け入れた先の光が見たい
恐れつつも新学期を迎え、なんとか1週間。小学校でも幼稚園でも感染者が出ることなく今のところ一安心。子供たちのコロナ感染は怖いけど、自分の心の安静も必要で、1人になれる時間があることは本当に有難い。夏休みは精神的にもギリギリになりかけていたから。
HSPである自分にとっては、1人の時間は本当に重要で、できれば何かしている時には話しかけられたり構われたりしたくない。そのことに集中していたい。母親としては割と致命的な性質で、子供がいる限り心乱されないなんてありえないこと。自分に余裕がある時ならなんとか対応できるのだけど、そうでない時は心が苦しくて仕方なくなる。
家族がいることは嬉しいし、家族はとても大切なんだけど、ひとりであることもとても大切で、子供の頃両親とよくドライブに出かけたのだけど、母に頻繁に話しかけられるのがとても苦痛だった。私はただ、流れる景色をずっと見ていたかったから、愛想のない返事しかできなかった。それがなんでなのか分からず、自分はなんて冷たい人間なのだろうと自己嫌悪に陥ったことは数知れない。
でも今ならそれがHSPの性質だからと思える。そこに理由が付くだけで、私は救われた。そういうものだから仕方ないと思えた。自己嫌悪を抱えていた子供時代の自分にも大丈夫だよ、そう笑いかけられる気がする。
生きていれば後悔や苦しかったこと、辛かったことがたくさんある。私の場合、HSPであることが原因だった出来事がいくつもあって、HSPだと知ることで心の中にたくさん点在していた苦い記憶たちを一つ一つ解き放つことができた。
もっと早くHSPという存在が知られていたら、少しは違う生き方ができたのかなとも思うけど、きっと私が知るべきタイミングで知れたのだと思う。知ることができてよかった。知識は自分を助けることができると思う。このところ、自分が燃え尽きてしまったような、余韻を生きているような気持ちでいたけれど、やっぱりそれではつまらない。自分は自分の人生をしっかり生きよう。それにはもっと、知りたいことを諦めずに知っていこうと思う。
毎日に彩りを求めていきたい。