【note創作大賞2024恋愛小説部門】君は僕のアンドロメダ④
翌日も理学療法に行かなかった。
また体に力が入りにくくなったと朝の診察で伝えると午後に検査室へ行く運びになった。
いつも通り身支度を整え看護師さんに検査室まで付き添ってもらう。
移動する時にりずちゃんとすれ違った。
ばちっと目が合って私の心臓にある砂時計が砂を落とすのをやめた。
りずちゃんも私の顔を見つめて歩くスピードが少し落ちる。
りずちゃんの口が言葉をだそうと動き始めるのが見えた。
2人の「また明日」の約束を破って理学療法を休んでしまったことの後ろめたさが襲ってきてとっさに目をそらす。
砂時計は砂を一気に落とす。
心がチクチクして心臓から強い自己嫌悪が体中の血管の中にドクンドクンと流れていった。
りずちゃんは何もしていないのに。
それから一週間ほどは西村さんや他の看護師さんに声をかけられても理学療法に参加することはなかった。
理学療法士さんが私の星空の絵を部屋まで持ってきてくれた。
「素敵な夜空の絵ですね。色彩も繊細だしこだわりが伝わります。」
「ありがとうございます。でも星になりたいなんておかしいですよね…。」
「星が大好きなことたくさん伝わってきましたよ。なれるなれないじゃなくて気持ちが大切ですし。」
「そうですよね…。」
「ここ一週間、理学療法参加されてないですが嫌になっちゃいましたか?」
「…そんなことはないです。ただこの絵を描いたときに自分が変なのかなって思っちゃって。」
「やっぱり星が大好きなんですね。白河さんもこの絵のことすごく褒めてましたよ。あおかちゃんの笑顔は星が似合うんだよね!っておっしゃってました。」
「りずちゃん……白河さんが?」
「そうです、でも明日で退院されるそうで。」
「えっ?退院するんですか。」
「症状が良くなっていたので先週決まったらしいです。」
「…そうですか。」
「挨拶、最後にひとつしてあげたらどうです…?」
「…」
「白河さん、理学療法に来ても姫宮さんの心配ばかりでしたよ。最後に元気な顔見たいんじゃないですかね?」
「…わかりました。」
「理学療法には無理して参加しなくて大丈夫ですので無理なさらないでくださいね。」
ピーピー。
理学療法士さんの病院内携帯が音を高く鳴らす。
携帯を見てすぐに閉じる。
「すみません。話過ぎましたね。お邪魔しました。」
理学療法士さんはぺこりと頭を下げると退室した。
誰もいなくなった部屋に私の鼻をすする音が響く。
静かに泣いた。
初めてできた友達がこんなに早く去ってしまうなんて思わなかった。
どうやって謝ればいい?
どんな顔して見送ればいい?
また一人に戻るのが怖い。
頭はりずちゃんのことだけで埋め尽くされた。
どれだけ考えても答えが出なかった。
結局は勢いで会いに行くしかないと思った。
洗面台の鏡の前へ移動する 。
「ひどい顔してる…」
びしょびしょに濡れた顔を冷たい水で洗う。
別れの挨拶をしない選択肢は私の中になかった。
泣いていたことがばれないか不安になりながら廊下に出る。
遠くのソファにりずちゃんが座って何かを描いているのが見えた。
覚悟を心の中に決めて車いすを走らせる。
近くまで行くとりずちゃんがこっちに気づく。
「えっ、あおかちゃん!?」
一週間ぶりに聞く鈴に似た心地よい声。
「あ、えっと、この前はごめんね…」
「なんかあったっけ…?それより体調大丈夫?」
「また明日って言ったのに行けなかったし廊下も目そらしちゃったし…。…体調は全然マシになったよ。」
「そうなんだ、よかったぁ。廊下で会ったときさ体調悪そうで心配してただけだよ!謝ることなんかないよ~。」
「ごめんね、えっと…ありがとう?」
「うん!わざわざそれを言いに来てくれたの?」
「えっと、明日退院って聞いたから。」
「あっ…そうなんだよね。」
りずちゃんの声は少しだけ震えていた。
「えっと、聞いちゃダメだった?」
「全然大丈夫だよ、だけど…」
りずちゃんは言葉を詰まらせた。
「…だけど?」
「私、おうちに帰りたくはないんだ。」
「そうなの…?」
「学校もおうちにいてもだめだったからさ。」
「そう…なんだ。」
「字が読めないのはだめな子みたい。」
無理に明るくしようとした声の奥に潜んだ苦しさが鼓膜に痛みを伝える。
袖の隙間に見えた腕には前よりも新しい傷が増えていた。
「そんなことないと思うよ。」
りずちゃんの震えている手に自分の手を重ねる。
「え?」
私を見つめる二つの大きな瞳から涙が零れ落ちそうになる。
「りずちゃんはだめな子じゃない。優しい子だよ。」
りずちゃんは恥ずかしそうに目をそらす。
「そうかなぁ…?」
「うん、変わらないでいてね。」
「…うん。あおかちゃんもね。」
ふとりずちゃんがかいていたものに目を遣る。
「これって?」
「本当の将来の夢。」
そこにはお姫様じゃなく女の子が二人手を繋いでいる絵があった。
「…お姫様じゃなかったの?」
「お姫様みたいに皆から愛されるよりも一人から愛されたいし。」
「いいと思う。りずちゃんならその夢叶えられると思う。」
「へへ、ありがとう。頑張るね。」
頭上のスピーカーから病棟の放送が流れる。
『夕食前のお薬を配るのでお部屋に戻ってください。』
「私薬飲まなきゃいけないから、戻らなきゃ。えーっと、短い間だったけど…」
私の言葉をりずちゃんが遮る。
「またどっかで会おうね。私、あおかちゃんのこと待ってる。」
「うん。ありがとう。」
「へへ、照れるなぁ。次は破らないでよ~?」
りずちゃんはいたずらっぽく笑って立ち上がる。
「うん、それまで元気でね。」
「ありがとう、あおかちゃんもね。」
手を振りあって自分の部屋に戻る。
久しぶりに食前の薬の味がした。
苦くて切ない味だった。
りずちゃんの絵に描かれてた女の子二人は私とりずちゃんで間違いなかった。
車いすの横に二人で立って手を繋いでいた。
りずちゃんが退院してから時間は流れるように進んだ。
数日経ったころから理学療法に参加することができてリハビリで体の力も回復した。
少しの距離なら歩けるようになった。
そのまま何事も起きずただただ時間だけが過ぎた。
そして4年生に上がるタイミングで退院をした。
春から学校に通う。
傷のない赤いランドセルに教科書を詰め込み前に背負う。
ストレスがかかると歩けなくなってしまうので学校内の移動は車いすだった。
通院して診察とリハビリを繰り返しながら憧れの学校というものに通った。
勉強は院内学級で学校からの課題をこなしていたので不自由なく追いつくことができた。
人間関係の方が複雑だった。
「あおかちゃんっていうんだ!よろしく~!」
「あ、うん、よろしくね…!」
緊張して笑顔が引きつる。
「私はみなみ!好きなように呼んでね。」
「うん…!」
「あおかちゃんは好きなものとかあるの?」
「…絵と星かなぁ?」
みなみちゃんは困った顔をした。
「そうなんだ、んーっとなんかすごいね!」
「…ありがとう?」
みなみちゃんは含みのある笑顔をして女の子の輪に入っていった。
そのあとこちらをチラチラ見ながら女の子たちがくすくす笑っているのがわかった。
何を間違ったのかもわからず下校時間まではひたすらそのことを考えた。
それからずっとみんなの輪の中に馴染めないまま季節は流れた。
みなみちゃんは私に話しかけた。
「あおかちゃん、みなみに答え教えて?」
「あおかちゃん、みなみの荷物も移動教室持って行って~」
「あおかちゃん、体育見学できるのうらやましいなぁ」
みなみちゃんは他の子が私に話しかけるとみなみちゃんは怒った。
「体が悪いからってあおかちゃんをひいきするのは違うくない?」
「休み時間に絵描くとか自慢に見えるよ〜?」
私のことが嫌いならはっきりそう言ってくれればいいのに。
でもそうじゃなかった。
4年生から6年生の三年間みなみちゃんとはずっと同じクラスだった。
大凶を三年間弾き続けた気分だった。
状況が変わったのは6年生の夏のこと。
みなみちゃんがお手洗いに行ったときに、こそっと話しかけてくれた子がいた。
さらさらのポニーテールに白いシュシュがトレードマークのりんちゃん。
いつもみなみちゃんと一緒にいる子。
「あおかっち~」
「?」
「みなみって本当は優しいから嫌なことは嫌って言っていいんだよ」
「そうなんだ…。えっと、たぶん嫌じゃないから大丈夫だよ」
「たぶん?」
「そもそもうまく話せない私が悪いし…」
「そんなことないし今話せてんじゃん?」
「あぁ、えっと…。そうだね、ありがとう」
「みなみ、あおかっちの絵好きらしいし」
「え、そうなの?」
りんちゃん
後から声が聞こえた。
「ねえ!」
涙目のみなみちゃんが立っていた。
「りん、なんでそれ言っちゃうの!言わないでっていったじゃん!」
「ごめんごめん、まぁ仲良くしてあげて」
りんちゃんはへらっと笑った後に自分の席に戻った。
みなみちゃんは私を見つめながら沈黙をし続けた。
口を膨らませて涙目になりながら私を見つめる。
1分たったあたりで私が耐え切れず口を開いた。
「えっと、私聞かなかったことにするけど…?」
「別にいい。みなみ、あおかちゃんの絵好き。」
「そう…なの?」
「でも、みなみがクラスで一番絵うまかったから悔しかった」
「…みなみちゃんも絵うまいよ?」
「あおかちゃんの方がうまかった」
「…」
「あおかちゃんの絵は気持ちが飛び込んでくる感じする。みなみそれできないし。」
「みなみちゃんならできるよ。」
「…できないよ。」
「やってみなきゃ分かんないかなって思うけどな」
とっさに出てしまった言葉に焦って口を閉じる。
みなみちゃんの顔が少し曇ったので怒らる準備をして目をキュッと閉じた。
「……じゃあ、あおかちゃんがみなみに絵教えてよ。 」
「へっ?」
「絶対ね」
キーンコーンカーンコーン。
その言葉だけおいてみなみちゃんは席に戻った。
次の日から放課後に二時間、絵の特訓が始まった。
絵ってどうやって教えればいいんだろう。
考えていると向かいに座っているみなみちゃんがつまんなさそうにペンを回す。
「あおか先生、はーやーく」
「何描こっか…?」
「じゃあ、教室」
「わかった」
はじめは人がいることに緊張して進まなかった鉛筆が時間を追うごとにすらすら進むようになった。
ある程度デッサンを済ませてペンで上から線を綺麗になぞる。
「あおか先生、教室の表情ってどうやって描くの?」
初めて見る真剣な顔は夕日にオレンジに照らされていた。
「誰がどんな風にこの場所を作って何を想って過ごしているのかを想像しながら線を描く…かな?」
「んーーー、難しい!でもなんとなくわかった。やってみる。」
「うん、よかった」
頬が緩む。
「なんだ先生、普通に笑えるじゃん。」
「私だってたまには笑うよ…。ていうか先生って呼ばれるの恥ずかしいよ…。」
「この時間を特別にしたいなって。ダメ?」
「だめじゃないけど」
「やった」
ふと時計を見ると下校時間の十分前になっていた。
「そろそろ時間だし帰ろうか」
「色塗りは明日?」
「そうだね。またあし…」
「ん?先生どした?」
「また次ね」
明日が来るなんてわからないからそう伝えた。
二人で絵を描いて一緒に帰る。
それを繰り返しているうちに少しずつ心も打ち解けていった。
「あおか、今日放課後何描く?」
「みなみは何描きたい?」
「何がいいかね~?」
二人で話しているとりんちゃんがむすっとした顔で言う。
「もう、絵の話ばっかりやめてよねぇ。」
「ごめんごめん~」
いつしか季節は過ぎ去り冬になった。
いつも通り絵を描いているとみなみが窓の外に降る雪を見つめて言った。
「来月で卒業だね。」
「でも中学も一緒でしょ?」
「そうだけど。部活とかで放課後二人では描けないじゃん?」
「あぁ。私は美術部入るかも。」
「そっかぁ。」
「みなみは入らないの?」
「先生と二人で描くのが好きなだけだしなぁ。」
「そうなんだ。…ちょっと照れる。」
「 先生ってよく笑うようになったよね。」
「みなみのおかげだよ。」
「どうかな?」
「この時間好きだし。」
「よかった。この時間がずっと続いたらいいのにね。」
キーンコーンカーンコーン。
「「はははっ。」」
タイミングの悪すぎるチャイムの音に二人で大きく笑う。
「じゃあ、また次ね。」
「うん、また次。」
人生で一番続いてほしかった冬はあっけなく終わり春を感じ始めたころ、私たちは卒業式を迎えた。
りんちゃんは私とみなみに中学受験で都会の私立中学校に進学が決まっていることを淡々と告げた。
みなみはボロボロ泣いて私ももらい泣きをした。
だいすきだって叫びながら三人で抱き合って解散した。
帰り道が逆方向のりんちゃんを二人で大きく手を振って見送った。
小学校最後の帰り道もみなみと二人だった。
泣いてしゃっくりの止まらなくなったみなみは顔をべたべたにしながら話す。
「あおかっ、どこにもっ、行かないでっ」
「どこにもいかないよ。」
「”またっ次っ”あるっ?」
「あるよ、みなみ泣かないで。」
みなみはいつしか私の車いすを押してくれるようになった。
「みなみちょっとしゃがんで」
振り返ってみなみの顔を見る。
「こう?」
みなみの頭についた桜の花びらをとって見せる。
「ありがとぉ」
「私はどっか行ったりしないよ。」
頭をなでて前を向く。
「なれないことして耳赤くなってるよ?先生」
「先生っていうなっ!」
「私はあおかが心開いてくれてよかったよ」
「うん、絵の力だね」
「この景色ずっと覚えてたい。」
「じゃあ描く?」
「うん、描く。」
そのまま二人で桜と帰り道を描いた。
いつもと違う場所でする最後の放課後時間。
私たちの卒業式は終わった。
「また次ね。」
「うん、先生。」
桜舞い散る季節に私たちは中学校へと進学した。
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