危険の感性は育児でこそ生きる
見事な連携プレーだった。
娘がひとつ咳をすると、私が素早くライトを点灯。旦那は受け皿を娘の前にセット。私がその受け皿を支えると同時に、旦那は娘の髪を束ねて背中を優しくさする。
それぞれの動きが流れるように、見事なチームプレーだった。
昨夜のことだ。娘は夜中に4回ほど嘔吐した。原因は痰が絡んだ咳だった。
実は、ちょうど3週間前にも全く同じようなことがあった。そのとき私たちは準備を怠り、大失敗をした。咳をしているな…とは思いつつも、「大丈夫だろう」と油断し、何も準備をせずに眠ってしまったのだ。その結果、娘は眠いのにお風呂へ連れて行かれ、私は夜な夜な布団を洗う羽目になった。眠気と疲れで散々な夜だった。
しかし、今回は違った。「こうなるかもしれない」を予測し、事前にしっかり準備していたのだ。いざというときも慌てることなく、私たちはスムーズに対応することができた。そのおかげで、娘も私たちも大きな混乱を避けることができた。
育児とは、まさに「危険予知」だ。
私は10年ほど工場で勤務していた。工場では何よりも安全が最優先される。その環境で、安全管理やリスクマネジメントを徹底的に叩き込まれた。そして今、その経験は育児にも応用できるのではないかと強く感じている。
ここで、安全管理の基本となる2つの有名な概念を紹介したい。
まず1つ目は「ハインリッヒの法則」だ。これは1件の重大事故の背後に、29件の軽微な事故と300件のヒヤリハット(危険に気づきながらも災害には至らなかった事象)が存在するというもの。この法則が示しているのは、軽微な事故やヒヤリハットを見過ごさず、しっかりと対応することで重大事故を未然に防ぐことができる、ということだ。育児においても、小さな危険を軽視せず、丁寧に対応していくことが大切だ。些細な危険を放置していると、いずれ大きな問題へと発展してしまう可能性がある。
2つ目が「スイスチーズモデル」だ。これは、安全管理における防御策をスライスされたスイスチーズに例えた考え方だ。スイスチーズには「穴」が開いているが、安全対策の「層」にも同じように不完全な部分(=穴)があるとする。この穴が複数の層で偶然一列に並んでしまうと、リスクが通過して事故が発生する。つまり、事故を防ぐには、防御策を多層的に設け、不完全な部分を補い合うことが重要なのだ。
さて、これらの考え方を育児に置き換えてみよう。
育児は、日常生活の中で小さな「ヒヤリハット」の連続だ。子どもは予測不能な動きをし、大人が思いもよらない行動をとる。そのたびに親は「こうなるかもしれない」と予測し、危険を回避する術を学んでいく。
例えば、キッチンで包丁を使っているとき。小さな子どもは好奇心旺盛で、大人の道具に興味を持つ。包丁を子どもの手の届かない場所に置くことはもちろんのこと、作業をしている自分自身の動きにも注意を払う必要がある。子どもが突然足元に来るかもしれない、と予測しておくのだ。これが「ハインリッヒの法則」を育児に応用した一例だ。小さな危険を減らしておくことで、大きな事故を未然に防ぐことができる。
また、「スイスチーズモデル」であれば、育児には多層的な対策が必要だとわかる。例えば、家の中での安全対策を考えるとき、ひとつの防御策だけでは不十分だ。階段にはベビーゲートを設置し、さらに子どもの動きに常に目を配る。目を離すときは安全なスペースに移動させる。このように複数の防御策を組み合わせることで、事故のリスクを限りなくゼロに近づけることができるのだ。
子どもの行動をいかに予測し、準備し、迅速に行動できるか。それが育児の重要なスキルだと思う。とはいえ、初めての育児は失敗の連続だ。予期せぬ事態が起きることは日常茶飯事。それでも少しずつ経験を積み、「ああ、こうなると思った」という感覚を育てていく。それは育児における「感性」の成長とも言えるだろう。
ただし、同じ失敗を繰り返して改善しなければ、いずれ大きな事態を招くこともある。それを肝に銘じておかなければならない。
今回、私たちが見事な連携プレーを発揮できたのは、過去の失敗から学び、それをしっかりと次に活かすことが出来たからだろう。育児には、反省と改善がつきものだ。そしてそれは、親としての成長そのものでもある。
しかしながら、親として完璧な安全対策をするのは難しい。だからこそ大切なのは、「完全を目指す」のではなく、「より良い選択を重ねる」ことだと思う。どんなに準備をしていても、予想外の出来事は必ず起きる。失敗や反省も、育児の一部だ。そしてそのたびに、親としての「危険予知能力」は確実に成長していくと思う。
育児におけるリスク管理は、子どもを守るためだけでなく、親自身が安心して育児に取り組むための手段でもある。毎日の中で少しずつ学び、改善し、成長していく。その積み重ねによって、子どもと過ごす時間がもっと安心で豊かなものになる。それができれば、十分なのだ。
そして今更ながら改めて感じたのは、家族で支え合うことの大切さだ。ひとりでは対応が難しい場面でも、家族が連携すれば驚くほどスムーズに物事が進む。育児はチームプレーだ。お互いの得意なことを活かしながら支え合えば、大変な状況でも乗り越えられる。
何よりも、子どもが元気に笑顔を見せてくれると、それだけで疲れも吹き飛ぶ。夜中に何度も起きて対応するのは確かに大変だ。だが、それ以上に「守りたい」という気持ちが勝るのは親であるからだろう。だからこそ私たちは頑張れるし、家族としての絆も深まっていくのだ。
育児は決して楽ではないけれど、その中にたくさんの喜びと学びが詰まっている。これからも私たちは失敗を重ねながら、少しずつ親として成長していくのだろう。そしていつか、こうやって一生懸命に向き合った日々を振り返ったとき、きっと「やってよかった」と思えるに違いない。
今夜の好プレーは何回あるだろうか。少しだけ自信がついた私たちは、今日もライトと受け皿を枕元に準備をして眠りにつく。
それでは皆さん。今日はこの辺で。サラダバー!