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ショートショート『古書大戦争』

 とある街の小さな古書店。店内では今日も、古書たちによる領土(棚)争いが巻き起こっていた。

「くっ、歴史書同盟の奴ら、また兵を増やしやがった」
「あいつら、戦略や戦術に長けてるから戦いづらいんだよな」
「おい、この前売れた百科事典のスペースはどうなってる?」
「小説連合と詩集軍が手を組んで、辞典辞書安全保障機構に対抗してるぜ」
「あの不沈艦を動かすには、ストーリーテリングやレトリックがないと無理か」

 各陣営は、それぞれの本が持つ魅力を積極的にアピールしつつ、自分たちの領土を広げようと日々画策する。
「お主らなんぞ、たかだか十数年ほどの若造じゃろ。儂らのように半世紀以上の積み重ねを経てきたものとは、重みも価値も違うのじゃよ」
「はっ、時代遅れの老害どもが。お前らの考え方なんぞ、とっくにカビが生えてらぁ」
「いや、オレたちどっちも古書だから」

 自らの価値を高めるために、他者を貶める行為も厭わない。戦いに情けや容赦など不要なのだ。
「かつては大型書店の花形スターだったベストセラーさんも、ブームが過ぎれば落ちるのも早いものですわね。世に出る数が多いから在庫も潤沢。お値段も非常にお求めやすくて羨ましい限り」
「ふ、ふんっ、絶版本なんてただ単に売れなかっただけのゴミ本じゃない。重版のひとつも経験したことのないやつに、そんなイヤミを言われる筋合いはないっつーの」

 価値観は人それぞれ。ある側面では長所に思えても、見方を変えれば短所にもなり得る。如何に己の弱点をカバーし、時に武器へと変えることができるかが問われている。
「私のように図書館で毎日多くの人の手に渡り、休む暇なく働いてきた者にこそ、安住の地が与えられて然るべきだと思うが」
「で、でも、僕はかの有名な◯◯さんが使っていたサイン付きのプレミアム本ですよ。ほ、ほら、ここに『◯◯さんへ』って書いてあるでしょう」
「いや、自分宛てのサイン本を売るなよ」

 血で血を洗う戦いの最中には、非情な出来事も起こる。
「あ、あいつ、俺たち歴史小説チームを裏切りやがったぞ!」
「くそっ、時代小説との三重スパイだと思っていたら、本命は推理小説の側だったとは」
「まんまとトリックに引っ掛かっちまったぜ」

 偽の情報を流して優位に立とうとする者。敵対する者同士を煽って漁夫の利を得ようとする者。権謀術数が飛び交い、味方すら信じられなくなる中、事態は急変する。
「新興勢力が攻めてきたぞ!」
「洋書の取り扱いを始めるだなんて、聞いてないぞっ」
「くっ、英語ができるやつはいないのか」
「フランス語だって? そんなものアイドル雑誌のワタシに聞くなよ」
「誰か、辞書機構に伝手があるやつを探せ!」
「ああっ、隅奥の棚にいた奴らがまとめてワゴンに放り込まれちまった」
「100円セールだけは勘弁してくれ! そんな不名誉な扱いで去りたくない!」
「た、助けてくれっ」
「……すまない。オレたちには何もできん」
「せめて大切に読んでもらえるよう祈ってるよ」

 決して相容れぬ新旧ふたつの勢力。それすらも無意味にする脅威がやってくる。
「近くにチェーンの古本屋ができたぞ!」
「同じ店の中で争ってる場合じゃない。一時休戦だ」
「向こうの蔵書を調べろ。在庫がもろかぶりしてるジャンルのやつらへ、優先的にスペースを開けるんだ」
「客が向こうへ流れる前にこいつらを売り切れ!」
「皆の知識をフル動員するぞっ」
「あ、ありがとう」
「なあに、困ったときはお互いさまさ」

 より大きな争いに巻き込まれ、翻弄される古書たち。そんな大災禍すら、時代という巨大なうねりには逆らえなかった。
「……今日で、閉店か」
「いまになって思えば、もっと早く一致団結して、皆が幸せになれる方法を模索すべきだったな」
「どれだけ棚を争ったって、売れなきゃ意味なんてないのにな」
「もう残っているのは、俺たちを含めてごくわずかか」
「売れ筋のやつらは、真っ先に店主の知り合いの古書店に引き取られていったからな」
「あいつらも、また別の店で領土争いに精を出すんだろうか」
「こうなると、閉店セールで売れていったやつらや寄付されていったやつらは、まだ幸せだったのかもしれないな」
「読んでもらってこその本だからな」
「僕たち、どうなるんでしょうか?」
「十中八九、このまま廃棄だろうな」
「はぁ、みじめな最期だぜ」
「こんなことになるなら、無理に自分をよく見せようとなんてしないで、身の丈に合った棚でのんびり過ごしていればよかったぜ」
「すべては後の祭りだ。くだらない争いのツケがまわってきたと思って、素直に受け入れようぜ」
「もしかすると、リサイクルで生まれ変われるかもしれないしな」
「そうなんですか?」
「運が良ければ、また新たな本になれる可能性もゼロじゃないぞ」
「そりゃあ、夢があっていいな」
「またどこかの本屋で会えたらよろしくな」
「ああ。――今度は仲良くな」

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