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嘘の正義と放送室
放送室の独特な匂いが鼻の奥に残り、鈍い痛みが手の平をジーンとさせた小学五年生のあの日。
ワタシは、恐ろしく冷たい大人の嘘の正義によって、一生心に残る傷をつけられました。
あの日のことを、これからも忘れることはないでしょう・・・。
小学五年生になった時、担任になった先生は変わった人でした。
周りには常に可愛らしい女子たちが教卓を囲み、時には肩を組んだり、頭を撫でたりしながら楽しそうに話をしている姿を今でも覚えています。
先生と呼ぶには少しだけ違和感があるその人を、ワタシは好きにはなれませんでした。
そして彼もきっと、ワタシのような生徒を好きではなかったと思います。
お気に入りの子に対する態度と、そうでない子への態度は明らかに違っていたことを、子どもながらに感じていました。けれども、大きく威圧的な存在に何かを言うこともできなかったから、ただその光景を眺めながらほんの少しだけ羨ましいとさえ思っていました。
気に入られている子たちは毎日がとても楽しそうで、先生のところへ集まって、膝に座りながら話をしたり、時には手を繋いで教室を移動することもありました。
先生としての人望があるようには見えなかったけれど、きっと子どものワタシにはわからない魅力があったのかもしれません。
けれどもお気に入りから外れていたワタシを含めた他の子どもたちへの態度は、あからさまに冷たく、感情をどこかにおき忘れたかのような態度をとっていたのです。
分からないことを聞いた同級生は、理由もなく怒鳴られました。
先生に気に入られたくて近寄った子は、冷たい言葉を吐き捨てられ、その場で置き去りにされたように立ち尽くしていました。
そしてワタシ自身も、一つの事件を境に冷たく突き放される同級生の一人となったのです。
ある日の一限目は、漢字の小テストが行われる予定でした。
テストがあることを頭では覚えていたのですが、ふと後ろの黒板に「忘れないように!」と大きく書かれた持ち物の文字にハッとして、思わず手の甲に持ち物をボールペンで書いてしまったのです。
そのまま席に着いた時、漢字テストがあることを思い出し、慌てて手の甲に書いた文字をこすって消しました。
手の甲は少しだけ赤くなっていましたが、文字を消せて一安心した中で漢字テストは始まりました。
前日に勉強をしていたこともあって、(これならきっと大丈夫だろう)と心の中では自信が湧いていたんです。
チャイムと共に担任から「やめッ!!!」と合図をされて、答案用紙が後ろから順番に回収されていき、無事にテストを終えることができました。
すると、ある同級生がワタシの方をチラッと見たかと思うと、微かに笑みを浮かべて担任の方へと向かっていったのです。
ワタシは不思議に思ったのですが、(お気に入りの子だから、すぐに先生のところに行ったんだな)としか思いませんでした。
それから何事もなく、二限目、三限目と続き、そして四限目の終わりを告げるチャイムが鳴ったところで、ようやく待ちに待った給食の時間となりました。
テストも終わり、晴れやかな気持ちと勉強の疲れを感じながら給食の準備をしていると、教室の入り口付近から大きな声で担任がワタシの名前を呼んだのです。
その声は今にも怒りが爆発しそうなくらい大きく、そして威圧的に感じるほどでした。
何が起きたのかが分からなかったワタシは、名前を呼ばれてもすぐに返事をすることができずにいると、もう一度名前を呼ばれ、そして「放送室に来い!」とだけ言われたのです。
クラス中がザワザワする中で、何が起きたのかが分からないことへの恐怖と、周りの視線をいっぺんに集めてしまった恥ずかしさで、急いで放送室へと向かいました。
放送室に入ると担任はまだ着いていなかったので、機材がたくさん置いてある小さな部屋の真ん中で待つことにしました。
すると固く大きな扉が開く音がして、思い切り閉められたかと思うとガチャリと鍵が閉まる音がしたのです。
そしてワタシの前に立った担任は、「おい!手の平を見せてみろ」と叫ぶように大きな声で言いました。
わけも分からないまま手の平を差し出すと、いきなり両手でワタシの手の平を叩きました。
そしてそのまま「反対に向けろ」と言われ、恐る恐る手の甲を差し出すと、さっきと同じくらいの強さで叩かれてしまったのです。
じんわりと両方の手から痛みが伝わり、何が起きているのか、どうして叩かれたのか、そしてこの密閉された空間での出来事で頭が真っ白になってしまいました。
「お前がカンニングをしていると聞いたぞ。漢字テストができなくて、カンニングをしたんだろ!!!正直に言えッ!」
「・・・えっ。ワタシ・・・してません」
「嘘つけ!お前ならやりかねん。正直に白状しろ。もう一回、叩かれたいのか!」
「先生・・・ワタシ本当にしてません・・・。ただ、テストの前に持ち物を忘れないように手の甲に書いてしまったけど、テストがあることを思い出して、始まる前に消しました・・・」
「本当か?」
「・・・はい」
「じゃあ、教えてくれた子が嘘をついてるって言うんだな」
「・・・」
「答えろッ!!!」
「・・・わかりません」
「そうやって同級生のせいにするから、お前には友だちができないんだよ。もういい、今日だけは許してやる。でもな、先生がお前を叩いたことは絶対に誰にも言うなよ。分かったな」
「・・・はい」
こうしてワタシは、数分間にわたり密室で叱責をされた後、放送室を後にしました。
教室に戻ると、ワタシの顔を見ながらニヤッと笑う一人の同級生の姿に、全てを悟ったような気分になりました。
そして誰一人として心配する様子はなく、むしろ泣きながら戻ってきたワタシを笑う声が教室の至る所から聞こえてきて、その日の給食はほとんど喉を通りませんでした。
あれからもう何十年も経ちましたが、今でも放送室の景色と先生の顔と、そして手の平に伝わる痛みを忘れた日はありません。
小さな心に大きな傷をつけられた日を、忘れられないのです。
もしも、先生が平等に私たちを見てくれていたら、理由を聞いて分かってくれたかもしれません。
もしも、先生がちゃんと話を聞いてくれていたら、手の平を叩かれることもなかったかもしれません。
ふとした瞬間に思い出される悲しい思い出は、これからもずっと心の奥底で残り続けてしまうのでしょう。
大人になっても、ずっと、ずっと・・・。