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震災から一年が経つ今でも
震災発生からこの一年は、まるで今にも崩れてしまいそうな長くて暗いトンネルを進まなければなりませんでした。
大好きな場所が映画のセットみたいな壊れ方をして、人が住んでいるはずなのにゴーストタウン化したみたいに人の声も聞こえなくて、同じ日本にいるはずなのに一向に復興の目処も立たなくて、現地の人はもちろん、泣く泣く故郷を離れた人も、その場所に家族を残している人も、目の前に広がる現実に何度絶望したことでしょう。
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私の祖母と叔父は、今もなお震源地であった珠洲の町に住んでいます。
だからできる限り会える時は、約7時間以上もかかる道のりを車で会いに行きました。
家族で食卓を囲んだ家は廃墟と化し、人がいないことをいいことに勝手に上がり込んで思い出ごとぐちゃぐちゃにしていった心のない人の形跡までもがそのまま残されている状態です。
けれども祖母は言いました。
「みんな大変だから、こればっかりは仕方がない。きっとお腹が空いたんだろう。寒かったんだろう」と。
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みんな同じように辛い思いをしているはずなのに、もしかしたら家に入ってきた人は近所の人かもしれないのに、全く知らない人が好奇心で上がり込んで、土足で思い出ごとさらっていったかもしれないのに・・・それでも祖母は「仕方がない」と言いました。
震災後からあまり日が経たないうちに能登半島地震の話はテレビで見かけなくなり、復興も何も進んでいないのにあたかも「進んでいます」みたいな感じで報道されて、現状回復のために国も政府も動いてくれているかのように忘れ去られていきましたが、一年が経った今でも、ほとんどの家が崩れたままになっています。
ようやく更地になった場所もあるけれど、それは本当にごく一部です。
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けれどもどこかで、私は家が壊されてしまうことが悲しくて、いっそ自然に崩れるまで残ってほしいとさえ願ってしまう気持ちがありました。
はたからみたら瓦礫の山でも、その中には多くの思い出がありました。
一つひとつの思い出を語れるくらい、長い年月をかけて大切に育んできた歴史が、思い出の宝物が、壊れた家の中にはたくさん詰まっているのです。
けれどもあの場所に住んでいる人たちは、きっと嫌というほど悲惨な状況を日常的に見ているから、もう解放されたいと思っているかもしれません。
祖母も同様に、「家はもう壊してほしい」と力なく話していましたから。
その表情が本心でないことくらい、孫の私ならすぐにわかってしまいました。けれども、もう、見るのも辛いのでしょう。
震災の傷跡が色濃く残る場所を見るたびに、トラウマのように記憶が蘇り、悲しさが余計に増してしまうのでしょう。
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だから・・・もう、見ること自体が辛いんだと思います。
そして私も、震災から何度も何度も珠洲に向かい、自分たちのできることを精一杯やってきたつもりですが、たった一人の力では無力でしかないことを痛感せざるを得ませんでした。
どうして国の偉い人たちは、話し合いばかりでもっと現地に来て、もっと話を聞いて、あの惨状を自分の目で確かめて、行動に移してくれないのですか?
「人がどんどん能登から出てしまった」そんな言葉を目にしたことがありますが、そこに住んでいる人もいて、戻りたいと涙を流しながら我慢している人がいるのに、どうしてもっと早く行動を起こしてくれないのですか。
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あの場所は、忘れられた場所なんかじゃない。
今もなお懸命に復興に向けて生きようとしている人たちが住んでいる場所なんです。
だから私は何度も足を運び、そしてあの現状をエッセイという形で、自分なりのやり方で、伝え続けています。誰だって生まれ育った場所や思い出の場所がなくなることを望むわけがない。
故郷を離れた人たちは、いつか帰れる日を夢に見て慣れない土地で懸命に生きているのです。
故郷に残った人たちは、もう一度あの町で当たり前の生活ができるようになることを望み、当たり前にならない生活を送りながら必死で生きようとしているのです。
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決して忘れないでほしい。
どれだけ時間が経ったとしても、あらゆる媒体がこの事実を伝えなかったとしても、どうか忘れないでほしいんです。
祖母の家もやがて更地になる予定が立てられて、思い出ごとまっさらになってしまう日がやってきます。
家がなくなってしまったら、どれだけ心に留めておきたくても、家が覚えてくれていた思い出たちはやがて記憶からこぼれ落ちてしまうのです。
今私たちは当たり前の生活ができていて、冬になれば暖かい部屋の中で過ごせて、欲しい物も簡単に買えて、日常生活にも困らずに暮らせています。
けれども能登の冬はとても厳しく、仮設住宅ではみんなに迷惑にならないように静かに、本当に静かに最低限の暮らしを送るしかないのです。
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安心できる家で周りの人のことも気にせずに生活を送る。
そんな当たり前のことが、いまだに叶わないのです。
だから、せめてこのエッセイを読んでくださる皆さまにお願いがあります。
ボランティアに行ってほしいとか、お金を送ってほしいとか、同じように胸を痛めながら生活をしてほしいというわけではありません。
ただ、今もしも大切な人がいるのなら、帰る家があって、その家が思い出を記憶してくれているのなら、これからも同じように大切にし続けてください。
そしてふとした時に、「能登の人たちも今を懸命に生きているんだ」と頭の片隅でもいいから思い出してほしいと思います。
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ものごとは簡単に崩れ去り、失われてしまいます。
けれどもその思い出や壊れてしまったものを元に戻すには、とんでもなく時間と労力が必要となります。
もしかしたら自分たちの場所も同じようになるかもしれない。
そう思いながら、今目の前にいる人たちとの時間を、思い出を、大切にしてほしいと思います。
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最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
そして能登半島の人たちの暮らしが、せめて今までと同じような日常に戻るように、当たり前の生活が確保されるようになることを心から願っております。
あの震災で家族を亡くされた方、家を失った方、故郷を離れて別の場所で暮らすことを余儀なくされた方、そして現地で懸命に惨状と向き合いながら生きる道を選んだ方。それぞれの想いがあって、辛く、長い、一年を過ごされたと思います。
たった一人の無名の作家では、何も力になることはできず、家族の家を建て直すほどの財力さえも持ち合わせてはいません。
けれども能登の人たちと同じ血がワタシにも半分流れていて、同じように故郷を失った一人としてこれまでもエッセイを書かせていただきました。
簡単に「復興」という言葉は使いたくはないのですが、能登の人の思いは強く、そして辛い中でも前を向いて歩みを止めない姿を現地に行って何度も見てきました。
たった一人では微力すぎるかもしれませんが、ワタシも同じ気持ちを持つ一人として、これからも伝え続けられたらと思います。
いつの日か、心の底から「ようやくスタートだ」と言える日が来ることを願いながら、真の復興につながるその日まで、伝え続けていきたいと思います。
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