それはたぶん、恋。
歌舞伎座12月大歌舞伎公演を鑑賞してきた。
1日で第一部から第三部まですべての演目を観るという、なかなか体力のいるスケジュール。しかしながら、濃密な時間だった。
これまで歌舞伎はご年配の方が観るものと、食わず嫌いをしていた。だが、今年の春に読んだ成毛誠さんの著書『ビジネスマンへの歌舞伎案内』がきっかけで、歌舞伎に興味を持った。
成毛さんは、楽しいからとにかく観てほしいという。それならと、試しに近くの映画館で上映されるシネマ歌舞伎を観たところ、美しく幻想的な舞台にすっかり魅了された。生で観てみたい。すぐにチケットを予約した。
それからは月に一度のペースで歌舞伎座へ足を運んでいる。といっても、いつも座るのは一幕見席という4階席。名前のとおり一幕のみ鑑賞できるチケットで、料金は1000〜2000円とお手頃だ。4階席を見渡すと、コアなファンもいれば外国人観光客も多くいる。緊張したのは最初だけ。歌舞伎に対する敷居が一気に低くなった。
まだ数えるほどしか歌舞伎を観たことはないが、少しずつ愉しみ方がわかってきた。
歌舞伎の演目は豊富で、お芝居だったり、踊りだったりする。いくつか鑑賞していると、自分の好みがわかってくる。わたしは明るく華やかな踊りがすき。夫はとにかく人情もののお芝居がすき。
そして歌舞伎役者たちの迫力にはいつも圧倒される。みなスポーツ選手のように鍛えられているのがわかる。体幹がすこしもぶれない。そして表情、声、立ち居振る舞い、たくさんある役を見事に演じ分け、通うたびにあたらしい感動と発見がある。徐々に顔と名前をおぼえ、そうしてすきな役者さんがあらわれてくる。
気がつけば、中村七之助さんばかりを目で追っている。
シネマ歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』の夜長姫は、なんとも無邪気で残酷で、そして美しい姫だった。また八月納涼歌舞伎での『裸道中』では、中村獅童さん演じる博打好きのダメ亭主勝五郎を支える女房みき役。貧しくてもいい、どんなときも勝五郎に寄り添う、強い女性だった。
お伽話に出てくるお姫様から、からりとした世話女房まで演じる幅の広さ。とにかく、その妖艶さには憧れすら感じる。
そして今回の第二部『爪王』と第三部『天守物語』に、すっかりまいってしまった。
姫路城(白鷺城)の天守に隠れ住む、妖しくうつくしい富姫。姫川図書之助への恋を知ったせつなさや、やがてふたりに襲いかかる悲劇。物語が進むにつれ、自分の体温が上がってゆくのがはっきりとわかる。
終演後に劇場の前で撮影した写真は、手元が震えて大きく揺れていた。そして新幹線のなかで本を開いても、文字がひとつも入ってこない。
目に浮かぶのは銀座の街に輝くイルミネーションではなく、はらはら舞う紙吹雪のなか金色の衣装を身に纏い踊る『爪王』の鷹だった。
ほうっとため息が出る。
同じ場所にいられて幸せ。もういちど会いたい。
この気持ちはたぶん、恋に似ている。
第一部
『旅噂岡崎猫』
『今昔饗宴千本桜』
第二部
『爪王』
『俵星玄蕃』
第三部
『猩々』
『天守物語』
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