PEファンド×プロ経営者の価値の本質
企業変革の担い手として「プロ経営者」の存在感が高まっている。プロ経営者とは若いうちからチャレンジングな環境に身を置くことで培われた経験を活かし、一社員ではなく「経営人材」として外部から招聘されて経営者となる人のことを指す。
プロ経営者は、終身雇用時代の王道ルートとして1社で勤め上げた先に待つ「サラリーマン経営者」、もしくは自ら事業を興し一代で経営者となる「起業家」とも異なる「経営者になるための第3のルート」として、その担い手となるプロフェッショナル人材の供給、さらに彼らを求める企業側の変革ニーズの双方が今後も高まっていくと考える。
マクロや事業環境の激変や資本市場からの要請を踏まえた企業変革が求められる中、PEファンドの存在も昨今特に認知されるようになった。PEファンドとは機関投資家や個人投資家から集めた資金により、主に非公開企業(上場企業の場合もあり得る)に投資し、企業価値を高めて売却することでリターンを上げるファンドである。このPEファンドによる企業価値向上の手段として、プロ経営者を外部から招聘するケースが広く見られるようになっている。
本エントリーでは、そんなPEファンドによるプロ経営者の登用と企業価値向上の実践知をまとめつつ、その付加価値の本質を「リーダーシップの経済学」の見地から理論的に解明した。その結果、理論が予測する企業価値向上への示唆と、優れたプロ経営者の思考・行動様式との間に驚くべき一致が見られ、大変興味深い結論が得られた。
1. プロ経営者の思考・行動様式
私自身が投資と経営の現場に身を置く一当事者として、この書籍『プロ経営者・CxOになる人の絶対法則』に書かれている内容には真に迫るものを感じたため、ここで紹介されているプロ経営者が持つ思考様式・行動様式についてまとめたい。書籍では大勢の方とは「一線を画した」様式と紹介されているが、ここでの要諦は、奇しくもファンドとして改革に取り組む際のプロジェクトにおける成功の秘訣と私が考えるポイントと通底するばかりか、一介のビジネスパーソンとしても常に心掛けたい内容であり、経営トップのみならずプロジェクトリーダー、従業員一人一人にも大切な思考/行動様式である点で、どの層にも示唆を与える、スケールフリーな内容と言える。
本書では多くの現役プロ経営者のインタビューから、彼らの思考様式・行動様式が分析されている。印象的な点は以下である。
1.1 プロ経営者として成果を出すには
JMDC松島陽介社長によれば、招聘されたプロ経営者として結果を残すための要諦は「求められた役割を超えること」だと繰り返し言及されている。
用意された舞台でその役割を全うする限りはいつまでも雇われ経営者のまま。求められることだけでなく、自分が必要と信じる思いを丁寧に組織に反映させることがプロ経営者のあるべき姿だと説く。
プロ経営者は常に外部から招聘される存在であり、彼らが従業員とゼロから信頼関係を構築することは並大抵ではない。会社を作った創業者、誰もが認める実績を築き上げた生え抜き社長、など「信頼の背景」を持たずに組織に入る場合がほとんどであり、そんな中で求心力を構築しなければならない。
つまり、雇われ経営者としての機能を超え、プロ経営者として「会社を背負っていく」覚悟をした分だけ、その企業の価値を体現できる存在として求心力が生まれ、組織がついてくる・強い組織となっていく、ということだ。
付随して、PEファンドから言われたことをやるだけでなく、もう一歩踏み込み創業者に近づこうとすると、経営者としての新たな世界が広がっていくということも述べている。
「自身に期待された役割がある」ということ自体はプロ経営者に限らず、どの従業員に対しても当てはまることだ。その役割を認識し、それを超えることで信頼感が生まれ、チームを率いる原動力となる。プロ経営者のみならず、あらゆるビジネスパーソンにとって示唆に富む内容ではないだろうか。
1.2 プロ経営者を目指すには
ショーワグローブ星野達也社長のインタビューでは、経営者を目指す若手が挑戦すべきポイントについて言及されている。
①は、経営者には高くて広い視座が求められるため、経営企画や関連会社の経営ポジションなど、早いタイミングで否応なしに高い目線から全体を俯瞰するポジションに見を置く重要性について触れている。
②は、経営者は日々孤独かつしんどいことが続くため、厳しい状況に耐える忍耐力、メンタルを維持する自己管理力の重要性に言及している。炎上プロジェクトや業績の厳しい関連会社へ参画する等の修羅場経験が、採用の場においても安心材料になる可能性がある、と述べている。
③は、今後の社会の多様化を見据え、言語、文化、人種、年齢、性別など多様な人と働くことで、世の中の解像度を上げる重要性について触れている。松島社長の言う求心力を生み出す上でも、多様なバックグラウンドを持つ組織のメンバーに寄り添い、納得感のある解を出し続ける上で非常に重要なポイントに感じる。
1.3 両プロ経営者の共通点
ここまで2人のプロ経営者の異なる視点からのインタビューを見てきたが、両者のコメントには驚くほど共通点が多いことが分かる。星野社長が触れたプロ経営者を目指す若手が抑えるべきポイントが、そのまま松島社長の言う「役割を超え、組織を率いる」ための要諦に繋がっている。両名が言及した共通点をまとめると、以下の3点に集約されるであろう。
率先して修羅場に飛び込むこと。若手のうちから敢えて苦境に身を置き乗り越えることで、自身のスキルやメンタリティが向上し、その実績が組織のメンバーにも安心感を与える。経営参画後は常にストレスがかかり、時に火中に飛び込む胆力を要求される覚悟が必要となる
組織を俯瞰で捉えること。早いうちから全体を俯瞰できる「経営」のポジションを経験することでプロ経営者としてのノウハウが蓄積される。それは将来のリスクを誰よりも見通し、常に納得感のある解を組織にもたらし続けることにもつながっていく
伝えることに最善を尽くすこと。様々なバックグラウンドを持つメンバーを束ねるにあたり、彼らの価値観を理解しつつ、組織のビジョンを示し、彼らに役割を与え、各自が経営参画意識をもって取り組めるような舞台作りをすることが、プロ経営者の大きな役割の一つである
2. PEファンド×プロ経営者の価値の本質
本章では、ここまで見てきた優れたプロ経営者に備わっている思考・行動様式が如何に組織に付加価値をもたらすのかという問いに、Hermalin(1998)モデルを手掛かりに理論的な答えを導く。結論は以下の3点であり、いずれも大変興味深い示唆である。以降の節ではこれらの結論がいかなるメカニズムによって導かれるか、数理モデルを用いて理解を試みている。
2.1 Hermalin(1998)のリーダシップモデル
リーダーシップの経済学における著名な論文であるHermalin(1998)は、リーダーシップを「組織のメンバーが強制ではなく自主的にリーダーの指示に従うこと」と定義した上で、何故組織のメンバーが自主的にリーダーの指示に従うのかを分析している。Hermalin(1998)のモデルは、リーダーがメンバーよりも情報の優位性を持っていることを前提とし、組織全体に影響を与えうる情報の存在がリーダーシップの源泉であるとして議論を展開している。
メンバー全体に影響を与える情報として「組織の生産性」を考える。リーダーとしては、メンバーには常に多く働いてもらいたいため、真の生産性の高低に依らず、常に生産性は高い値であると組織に伝達して働かせようとするインセンティブが生じる。これを予想するメンバーは、リーダーが組織の生産性が高いというシグナルを送ったとしても、それを信じないということが起きうる。この構造下で、リーダーはどのような対応をとれば、自らが真実を語っているとメンバーに確信させることができるのか。
第一は、リーダーの「犠牲」である。リーダーがメンバーに対して付加的な支払をするなどの犠牲を払うことで、その犠牲を払ってでも高い利益が実現することを示し、メンバーに高い生産性を納得させる方法である。
第二は、リーダーの「率先垂範」である。リーダー自身がまずは努力を自ら率先して行うことで、一人で努力をしても価値があるほど組織の生産性が高いことを行動で示し、メンバーの信頼を獲得する方法である。
そしてHermalin(1998)では「率先垂範」の方が社会的に望ましいことを示している。更に本エントリーで分析を進めた結果、これまで見てきた優れたプロ経営者の思考・行動様式がいずれも、このモデルが示唆する付加価値創出のメカニズムと非常に整合的であることが分かった。何故そう言えるのか、以下、Hermalin(1998)モデルをベースに議論を展開する。一部簡略化しているが、モデルの問題設定は以下の通りである。
$${n}$$人の同質的なメンバーから構成されるチームを考える
チームの合計生産額を$${V}$$とする
メンバー$${j}$$の努力量を$${e_j ≥ 0}$$、努力に伴うコストを$${d(e_j)=\dfrac{e_j^2}{2}}$$とする
チームの生産性を表すパラメータ(確率変数)を$${\theta}$$とする。
この時、$${V=\theta\cdot\displaystyle\sum_{i=1}^n e_i}$$とするチームの合計生産額$${V}$$のみが観察可能かつ立証可能で、$${\theta}$$も個々のメンバーの努力量$${e_j}$$も立証可能ではないとする。このため、契約は合計生産物$${V}$$のみに基づいて可能である
ここのメンバーは、チームの合計生産額の$${\dfrac{1}{n}}$$を受け取る
生産性を表すパラメータ$${\theta}$$は、一人のメンバー(これをリーダーと呼ぶ)にのみ知らされる。かつリーダーは、自身の努力量を決定する前にこの情報を知らされる。そして、リーダーが$${\theta}$$の値を知ること自体はチーム内での共有知識であるとする
メンバー$${j}$$が$${\theta}$$について頂いている信念(予想値)を$${\theta_j}$$とする
メンバー$${j}$$の効用$${u_j}$$は、チームの合計生産額のうち自身の取り分に対する期待値から自身の努力量のコストを差し引いたものである
$${u_j=\dfrac{E[V|\theta_j]}{n}-d(e_j) = \dfrac{E\bigg[\theta\cdot\displaystyle\sum_{i=1}^n e_i\bigg|\theta_j\Bigg]}{n}-\dfrac{e_j^2}{2}=\dfrac{\theta_j}{n}\Bigg(e_j+\displaystyle\sum_{i≠j} e_i\Bigg)-\dfrac{e_j^2}{2}}$$
2.2 チーム生産問題と最適努力量
メンバー$${j}$$は、自身の効用を最大化すべく努力量$${e_j}$$を決定する。
$${\displaystyle\max_{e_j} u_j = \displaystyle\max_{e_j} \dfrac{\theta_j}{n}\Bigg(e_j+\displaystyle\sum_{i≠j} e_i\Bigg)-\dfrac{e_j^2}{2}}$$
上式右辺は$${e_j}$$に関する2次式より、$${e_j = \dfrac{\theta_j}{n}\equiv e(\theta_j)}$$が効用最大化の解となる。すなわち、メンバーにとって望ましい自己の努力量は、生産性$${\theta}$$に対する予想が大きいほど大きくなる。
但しこの努力量は、次の通りチームの合計生産額を最大化するファーストベストの場合の努力量よりも小さくなることが分かる。例えば全てのメンバーが$${\theta}$$についての同じ予想$${\bar \theta}$$を抱いているとすると、全てのメンバーが努力量$${e(\bar \theta)=\dfrac{\bar \theta}{n}}$$を選択する。一方、ファーストベストは$${V-\displaystyle\sum_{i=1}^n d(e_i)}$$を最大化することである。すなわち、
$${\displaystyle\max_{e_j} \bar \theta\cdot\displaystyle\sum_{i=1}^n e_i-\displaystyle\sum_{i=1}^n \dfrac{e_i^2}{2}=\displaystyle\max_{e_j} \Bigg(\bar \theta e_j-\dfrac{e_j^2}{2}\Bigg)+\displaystyle\sum_{i≠j} \Bigg(\bar\theta e_i-\dfrac{e_i^2}{2}\Bigg)}$$
$${\Rightarrow e_j=\bar \theta \equiv e^*(\bar\theta)}$$
となり、全てのメンバーが$${\theta}$$についての同じ予想$${\bar \theta}$$を抱いている場合の各メンバーの努力量$${\dfrac{\bar \theta}{n}}$$は、チームの合計生産額を最大化するファーストベストの場合の各メンバーの努力量$${\bar \theta}$$よりも小さい。これは自己の努力に基づく成果をチームで分かち合うために努力量が減少する、チーム生産問題(フリーライド問題)が生じていることを意味している。
2.3 リーダーが存在する場合
以上の準備の下で、チームにリーダーが存在する場合、つまりチームの生産性を表すパラメータ$${\theta}$$の値がリーダーにのみ知らされている状況を考える。これは現実的には、外部から招聘されたプロ経営者が自身の能力を活かして組織の状況を俯瞰的に把握する状況や、先んじて参画したPEファンドが投資検討時のデューデリジェンスによって客観的に分析された情報をプロ経営者が受け取る状況に相当しよう。いずれにしろ、経営ノウハウを駆使することで社内役員や従業員よりも組織の課題を客観的・科学的に把握できている状況を作り出すことが、このモデルの前提を成立させる鍵である。
かくして、リーダーはメンバーが自己の努力量を知る前に$${\theta}$$の値を完全に知り、その後リーダーは他のメンバーに対し「$${\theta}$$の値は$${\hat \theta}$$である」とアナウンスする。仮に各メンバーがリーダーのアナウンスメントを信じれば、自己の努力量を$${e(\hat \theta)=\dfrac{\hat \theta}{n}}$$とする。この時のリーダーの効用$${u_L}$$は、自身が$${e_L}$$の努力量を選択するとすれば、次のようになる。
$${u_L = \dfrac{\theta}{n}\Bigg\{e_L+(n-1)\dfrac{\hat\theta}{n}\Bigg\}-\dfrac{e_L^2}{2}}$$
上式は$${\hat \theta}$$の増加関数より、リーダーは$${\theta}$$真の値に関わらず生産性が高いとアナウンスすることが常に望ましい。つまり嘘をつくインセンティブが存在し、それ故に他のメンバーはリーダーのアナウンスメントを単純に信じることはしない。このため、信用しないメンバーに対して、リーダーは自らにとって何らかコストとなる行為を行うことで、アナウンスメントが嘘でないことを伝えなければならない。ここで鍵となる2つの方法が、①犠牲によるリードと、②率先垂範によるリードと呼ばれる方法である。
2.4 リーダーの犠牲によるリード
第一の方法は、リーダーの「犠牲」によるリードである。以下では簡単のため、生産性が高い状態と低い状態の2つの状態だけがあり得るとする。すなわち$${\theta \in \{\theta_0, \theta_1\}, \theta_0 < \theta_1}$$とする。
A) 真の状態が、生産性の低い状態$${\theta_0}$$である場合
この時、リーダーには生産性が$${\theta_1}$$であると嘘をつくインセンティブが存在する。この時、リーダーが正直に$${\theta_0}$$をアナウンスし、メンバーたちがそれを信じたとすると、リーダーの効用は次のようになる。
$${u_L(\theta_0 | \theta_0) = \dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\{e_L+(n-1)\dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\}-\dfrac{e_L^2}{2}}$$
次に、リーダーが嘘をつき$${\theta_1}$$のアナウンスをし、メンバーたちがそれを信じたとすると、リーダーの効用は次のようになる。
$${u_L(\theta_1 | \theta_0) = \dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\{e_L+(n-1)\dfrac{\theta_1}{n}\Bigg\}-\dfrac{e_L^2}{2}}$$
この場合、$${u_L(\theta_1 | \theta_0) > u_L(\theta_0 | \theta_0)}$$となり、このままではリーダーには嘘をつき$${\theta_1}$$をアナウンスするインセンティブが生じる。ここで、$${t_L(\theta_1)\equiv u_L(\theta_1 | \theta_0) - u_L(\theta_0 | \theta_0)}$$と定義する。リーダーが$${\theta_1}$$をアナウンスする場合に限り、他のメンバーに対し合計で$${t_L(\theta_1)}$$のコストを支払う(つまり「犠牲」を払う)ことに合意すれば、リーダーには嘘をつくインセンティブが無くなり、この結果、メンバーはリーダーのアナウンスを信じることになる。この時、各メンバーはそれぞれ$${\dfrac{t_L(\theta_1)}{n-1}}$$を受け取る。
ここでのリーダーの「犠牲」とは、大きなプロジェクトが終了した後の打ち上げや長い休暇の約束、残業メンバーへの食事の提供といったことを指す。すなわち、努力が大きな便益に結びつくと確信させるためにチームに見返りを約束するものであれば、広く条件に適合する。プロ経営者が就任直後から一気に改革100日プランを立ち上げて見返りに大盤振る舞いを約束することでメンバーの指揮を高める、といった手法が現実に採られているかは定かでないが、モチベーションの上げ方として持続性に欠ける方法には映る。
B)真の状態が、生産性の高い状態$${\theta_1}$$である場合
この時、リーダーが$${t_L(\theta_1)}$$のコストを支払ってでも、正直に$${\theta_1}$$とアナウンスするかを確認する。そのために、以下のように$${t_L(\theta_1)}$$と$${u_L(\theta_1 | \theta_1) - u_L(\theta_0 | \theta_1)}$$を計算する。
$${t_L(\theta_1) = \dfrac{n-1}{n}\theta_0 \Bigg(\dfrac{\theta_1}{n}-\dfrac{\theta_0}{n}\Bigg)}$$
$${u_L(\theta_1 | \theta_1) - u_L(\theta_0 | \theta_1)=\dfrac{n-1}{n}\theta_1 \Bigg(\dfrac{\theta_1}{n}-\dfrac{\theta_0}{n}\Bigg)> t_L(\theta_1)}$$
従って、真の状態が$${\theta_1}$$の時、リーダーは$${t_L(\theta_1)}$$を支払ってでも正直に$${\theta_1}$$とアナウンスするインセンティブがある。
2.5 リーダーの率先垂範によるリード
メンバーに対して、リーダーが自分にとってコストとなる行為を行うことでアナウンスメントの信頼性を高めるための第二の方法が、リーダーの「率先垂範」によるリードであり、この方法がHermalin(1998)がメインのテーマとして主張したいケースである。ゲームのタイミング設定は次の通りである。
リーダーは、他のメンバーが努力量を決める前に、自己の努力量を選択
他のメンバーは、リーダーが決めた努力量を観察し、その後に各々の努力量を、独立かつ同時に選択
この状況で、リーダーが選択する努力量は、コストのかかるシグナルとしての機能を果たす。リーダーが生産性$${\theta_i}$$を観察した時、リーダー自らが選択する努力量を$${e_i}$$とする。この時、チームメンバーはリーダーの努力量$${e_i}$$を観察した時に真の生産性の状態が$${\theta_i}$$と信じるならば、$${e(\theta_i)}$$の努力量を選択する。これがリーダーの「率先垂範」によるリードである。
では、リーダーの「率先垂範」によるリードが成立するためには、リーダーはどのような$${\theta_i}$$を選択しなければならないか。換言すれば、真の状態が生産性の低い$${\theta_0}$$であるとき、リーダーが正直に$${e_0}$$の努力量を選択したくなるようにできるだろうか。
真の状態が生産性の低い状態$${\theta_0}$$である場合、リーダーが正直に努力量$${e_0}$$を選択する場合と、偽って$${e_1}$$を選択する場合のリーダーの効用は、それぞれ以下の通り記述できる(いずれの場合もメンバーはリーダーの選択を尊重して自身の努力量を決定すると仮定する)。
$${u_L(e_0 | \theta_0) = \dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\{e_0+(n-1)\dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\}-\dfrac{e_0^2}{2}}$$
$${u_L(e_1 | \theta_0) = \dfrac{\theta_0}{n}\Bigg\{e_1+(n-1)\dfrac{\theta_1}{n}\Bigg\}-\dfrac{e_1^2}{2}}$$
この時、リーダーが正直に$${e_0}$$を選択した方が自身の効用が高くならなければならないため、$${(e_0, e_1)}$$は次の制約式を満たさねばならない。
$${u_L(e_0 | \theta_0) ≥ u_L(e_1 | \theta_0)}$$
真の状態が$${\theta_1}$$の場合も同様に、リーダーが$${e_1}$$を選択した方が効用が高まるための条件を満たす必要があるため、以下の不等式が成り立つ。
$${u_L(e_1 | \theta_1) ≥ u_L(e_0 | \theta_1)}$$
両制約式を満たす$${(e_0, e_1)}$$の領域は、下図のような青い双曲線の上側と赤い双曲線の下側に挟まれた紫の領域となる(下図は$${n=10, \theta_0=30\%, \theta_1 = 70\% }$$とした場合の数値例)。この領域内で、例えば$${e_1}$$を最小化する観点で考えると、黒点$${(e_0, e_1)=(e(\theta_0), \hat e_1)}$$となる。但し$${\hat e_1}$$は$${u_L(\hat e_1 | \theta_0) = u_L(e_0 | \theta_0)}$$、すなわち前者の制約式において等号成立となる点である。
$${e_1}$$は、真の状態が$${\theta_0}$$の時、偽って$${e_1}$$の努力量を示すインセンティブが発生しない程度にはコスト重くなければならない(青い領域)。その中ではリーダーにとっても最もコストの軽い点という意味で、不等式を統合で満たす値が選ばれることになる。
これらの議論の結果、証明は割愛するが、もしチームの規模$${n}$$が大きければ$${e(\theta_1) < \hat e_1}$$となり、その結果、リーダーによる「率先垂範」の場合の方が、全てのメンバーが真の状態を知っている対称情報の場合よりも、かえってチーム全体にとってはチームの合計生産額が大きくなり、総効用が高まる(Hermalin[1998]のオリジナルのモデルでは$${\theta}$$を連続変数として考えているが、この場合は$${n}$$の大きさに関わらず$${e(\theta) < \hat e_1(\theta)}$$が成立する)。
対称情報のケースと比較すると、リーダーが$${e(\theta_1)=\dfrac{\theta_1}{n}}$$ではなく、$${\hat e_1}$$の努力量を選択し「余計に」働くことで、チーム全体の合計生産額はファーストベストの状態に近づくことになる。注意を要するのは、この場合リーダーは他のメンバーよりもハードワークをしなければならない一方、他のメンバーの努力量は対称情報ケースと率先垂範ケースで変わらない。すなわち、各状態におけるリーダーとメンバーの努力量は、次のようにまとめることができる。
真の状態が$${\theta_0}$$の場合、リーダー:$${e(\theta_0)}$$、メンバー:$${e(\theta_0)}$$
真の状態が$${\theta_1}$$の場合、リーダー:$${\hat e_1}$$、メンバー:$${e(\theta_1)}$$
2.6 率先垂範の優位性
リーダーの「率先垂範」によるリードの場合、リーダーの「犠牲」によるリードの場合よりも、チームとしてより大きな総効用をもたらす。リーダーの「犠牲」の場合には、リーダーからメンバーへの移転が生じるだけで、真の状態が$${\theta_0}$$の時はリーダーもメンバーも努力量として$${e(\theta_0)}$$を選択し、真の状態が$${\theta_1}$$の時も、リーダー・メンバー共に努力量として$${e(\theta_1)}$$を選択する。
これに対し、「率先垂範」の場合、真の状態が$${\theta_0}$$の時は「犠牲」の場合と同じく、リーダーもメンバーも努力量として$${e(\theta_0)}$$を選択するが、真の状態が$${\theta_1}$$の時は、メンバーの努力量は$${e(\theta_1)}$$で不変だが、リーダーの努力量が$${\hat e_1 > e(\theta_1)}$$と大きくなり、よりチームの合計生産額を最大化するファーストベストの場合の努力量に近づく分だけ、チームの総効用が増大するのである。まとめると、以下のような結論である。
リーダーの「犠牲」によるリードは移転・移し替えであり、チームの総効用には直接影響を与えない。これに対し「率先垂範」によるリードは生産的な行為であり、直接的にチームの総効用を増大させる点で、「犠牲」によるリードよりも優れていると言える
また「率先垂範」は、全てのメンバーが真の状態を知っている対称情報の場合より、かえって優れている。この点は、組織の構造を考えるにあたって、情報をリーダーの手元に置き、時期尚早のうちに社内に広く行き渡らせないようにすることがかえって望ましいことを示唆する可能性がある
前者の帰結は、まさに優れたプロ経営者が若手の時代から修羅場の経験を積み、経営人材として組織に参画して以降も、決して修羅場から逃げず、背中で語り組織を率いていく姿勢こそがプロ経営者の「機能を超えた付加価値」に繋がっていくという松島社長、星野社長から得られた示唆に通ずる。
さらに後者の帰結は、外部者として経営に参画するPEファンドや招聘されたプロ経営者による改革の優位性に一定の示唆を与えるものと言えよう。すなわち組織の内情をよく知る既存経営陣の合議制に基づく改革よりも、PEファンドや彼らが招聘するプロ経営者による非連続的な改革が優位になる局面が存在する可能性を示している。これは、外部から参画し組織を引っ張るリーダシップの強烈なエネルギーと、その改革を信じて突き進むメンバーが一丸となった時にもたらされる付加価値の大きさを物語っていると言えよう。
***
かくして、PEファンド+プロ経営者による付加価値の本質に迫った。理論が予測する示唆と現場で活躍している優れたプロ経営者の思考・行動様式との間に驚くべき一致が見られる点は大変興味深く、これらの間に企業経営における普遍的な法則が隠されているのではとの期待を禁じ得ない。今後もあらゆる経営と組織の理論と実践をテーマに、探求を続けていきたい。