第4話 メガネの冒険
深夜、メガネは星空を見ていた。まったく知らないビルの屋上だ。
散歩がてら街をうろついているうちに道に迷ってしまい、自分がどこに居るか目星をつけるために上ったビルだった。
驚くほど多くの星が見える。
(例えば今ここにミハダさんが居たら・・・)メガネは考えた。(『宝石を散りばめたようだわ』と言うに違いない。『好きよ』って言うかもしれない)メガネの空想はさらに膨張を続ける。(『愛してる、なんて軽々しくは言えないよ・・・でも、ミハダ、俺、お前のことを・・・ア・イ・シ・テ・ル』)
ぐぅ~、腹の音が夜空に木霊し、メガネはその気持ちの悪い妄想を止めざるを得なかった。
「腹へったなぁー。」
口に出してみるとちょっとは気がまぎれると思ったが、そうでもなかった。
「ん?なんだあれ?」
夜空に浮かぶ瞬きの一つがこちらに近づいてきている。‟UFO!”という文字がとっさに浮かんだ。しかしその光が近づくにつれて、バラバラと喧しい音がする。残念ながらそれは、ただのヘリコプターだった。
そしてそのヘリコプターは、メガネの今立っているこのビルよりちょうど五階分くらい低い、向かいのビルの屋上に着陸しようとしていた。
ヘリコプターからの強烈なサーチライトが辺りを照らし出し、プロペラの巻き起こす風で埃が舞い上がる。まるで映画のワンシーンのようだ。
「かっこいぃ~!」
メガネは感動のため息をついた。何となく、得した気分だった。
きっと大金持ちの社長がアメリカかなんかから帰ってきたところに違いない。ヘリを見ていると何となくそんな気がした。
着陸はしたが、まだプロペラの廻っているヘリから四人の男が飛び出してきた。プロペラの起こす風で服がもみくちゃにされている。そして建物から、二人の男が出てきてその四人に合流した。建物から出てきた二人のうちの片方が六人の中で一番チビだ。周りに立つ男達の半分くらいしかない。
『あの小さいのがわがままワンマン社長だな。そして他の奴らがボディーガードか・・・』メガネは思った。(きっとマフィアのボスでもあるに違いない。巨大なカジノを何件も経営して、家に帰るとバブルのお風呂に美女が六人入っていて・・・)メガネの連想が暴走を始めようとしたときだった。
「あーっ!あいつ、メルトモじゃないか!」
彼らの様子をずっと目で追っていたはずのメガネが今、ようやくそれに気付いた。メルトモは、建物から出てきた二人のうちの一人だった。巨大な体、そして、寒くて縮こまっているかのような極端な猫背。顔は見えないが間違えようのない特徴的なシルエットだった。ちなみに、社長風な男のシルエットといえば、ずんぐりとした、丸っこい感じで印象が薄い。(所詮は社長か・・・)メガネが意味なくチビをバカにした。自分もチビのくせに。
男たちは屋上の陰でしばらく話していたが、チビとメルトモが、四人の男たちに代わってヘリに乗り込んだ。起立した四人の男たちに見守られながら、ヘリの羽音が段々大きくなっていった。
(ここは見て見ぬふり、だよな、やっぱり)そう考えると、メガネはヘリコプターに背を向けて、コンクリートの上にしゃがみ込んだ。向こうに金属製の物干し台がいくつか立ち並び、安物のハンガーと一緒にベッドシーツが何枚か干されており、それらが風に揺れている。
(ここで俺がヘリコプターに飛び乗り、バッシバッシと社長以下をやっつけてメルトモを捕まえて、ヘリでミハダさんを迎えに行ったら・・・)
― かっこいい・・・ ―
アホである。が、何を思ったか、彼は起き上がると、急いで物干し台のいくつかを倒し、干されていたシーツを外して、それを丸めた。そうしておいて、いくつかのハンガーを組み合わせて丸くなったシーツの周囲を囲うと、ハンガーボールのようなものを二つ作った。次にメガネは物干し台の、竿の代わりに使われていたロープを三つの台からそれぞれ外し、それを全てつなぎ合わせると、長いロープを作った。そのロープの両端に二個のハンガーボールをくくりつけ、さっきの場所に走り戻った。飛び立ったヘリが、方向を変えてメガネのいるビルに向って来た。
(『メガネ、あなたって人は・・・』)メガネの脳裏にミハダの甘い声が響く。
彼はロープのちょうど真ん中を自分の体に巻きつけると、二つのハンガーボールを握り締めた。そして、ヘリが彼の頭上を通り抜けようとしたとき、メガネの手から二つのハンガーボールが次々と飛び出していき、ヘリの足に絡まった。
グン、と衝撃を感じた瞬間、メガネの体が宙に浮いた。
「ぐわっ!」
激しく後悔したのは、ビルの屋上から離れ、数百メートル下の夜景を足元に見た瞬間だった。
ヘリはまた加速し始め、その光は今やさらに遠ざかり、星の海の中に入り込んだかと思うと、次には星々の間の闇に紛れ込み、消えていってしまった・・・
(第五話に続く)