第22話 ゼウスは不死身か?
22. 代名詞(2) it の特別用法
(7月25日 ヘラクレス宅④)
秋保大滝。――秋保温泉から名取川上流へ約12kmに位置し、夏冬を問わず、55mの高さから流れ落ちるその姿は壮大な眺めである。
ヘラクレスは今、この滝を目指して温泉街をのっしのっしと歩いていた。
真夏の太陽を背に受けながら、川沿いに点在する温泉宿には脇目も振れず、のっしのっしと歩いていく。――
舗装道路がいつの間にか砂利道になっている、と思った矢先に、前方に雄大な渓谷が現れた。
「おぉ、すげぇ」
と、汗を拭いながらさらに奥へと進むと、そこには今まで見たことのないような絶景があった。
「これかぁ」
水煙が立ち上がる自然のマイナスイオンをふんだんに浴びると、ヘラクレスは汗だくのシャツを脱ぎ捨て、滝壺へと走った。――
ザッボーン
豪快に飛び込んだかと思うと、彼は早速、流れ落ちる滝の下で両手を合わせ、アポロンのお告げを復唱するのであった。
「秋保大滝に棲む暴れイノシシを生け捕りにせよ」――
が、待てども待てども、暴れイノシシは一向にその姿を見せない。
「まぁ、今日は時間もあるし、ゆっくりしていこ、っと」
珍しく落ち着き払ったヘラクレスは、滝に打たれながら、今日の予定を考えていた。――
ふと、横を見ると、もう1人、大きな男が滝に打たれているのに気がついた。
「滝行ですか?」
と、話しかけるも、その大男はヘラクレスのことなど眼中にないようで――というよりは、滝行が余程辛いのか――、鼻息をフンフンさせて蹲っていた。
「大丈夫ですか?」
フン、フゴッ、フン、フゴッ
「あまり無理しない方が」
と、言いかけたときだった。
突然、隣の大男がヘラクレスに襲いかかってきた。
フゴーーーーーーッ
が、さすがに超人的パワーの持ち主である。
ヘラクレスは大男のタックルにびくともせず、その首根っこを脇に抱えて持ち上げた。
「わっ、毛深っ」
そう、……尻尾を生やしたこの大男こそ、本日の彼の獲物だったのである。
「ただいまー! 捕ったどー!」
と、ヘラクレスが家のドアをあけると、
「何を捕った?」と、ゼウスが叫ぶ。
「暴れイノシシ」
「でかした、我が息子。……んで、今日は、ぼたん鍋だな」と、喜ぶゼウス。「どれ、見せてみろ」
「うしろにいるよ、ほら。ちゃんと生きてるし」
「そうか。ん、……何? 生きてる?」
刹那、暴れイノシシがゼウスめがけて突進した。
フゴーーーーーーッ
「んガー!」
逃げ回るゼウス。
思わず裸足で家を飛び出した。
「助けてくれー!」
フゴーーーーーーッ
「誰かー!」
すると、幸か不幸か、前方からアイス片手に歩いてくるメドりんに出くわした。
「おぉ、メドゥサ、いいところで会った」
「あ、ゼウスのおっさん」
「おい、アイツを見ろ!」
「え、何? てか、おっさん、裸足ぃ、……ウケるぅ」
「いいから、早く見ろ! わっ、バカ、わしじゃない」
メドりんの目がみるみるうちに赤くなる。
「わっ、わっ、見るな!」
「え? もう、どっちよー」
ビカーーーッ
「わっ、か、体が、固、まっ、て、い、……」
メドりんには、見た物を石に変える能力がある。
彼女の青い瞳が赤色に変わるとき、石化光線が発射されるのだ。
どんどん石と化すゼウスを尻目に、メドりんは鼻歌まじりに去っていった。――
「ども! 家庭教師のタムラです」
「今晩は、先生」
「おぉ、ヘラクレス、いたか。……今日は、お父さんは?」
「奥で寝てる。体が固まって動けないんだって」
「何だべ、……大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃね? あの人、不死身だから」
――ま、まぁね、……。
「どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『代名詞(2) it の特別用法』ね。と、そ・の・ま・え・に、it って、どういう意味だっけ?」
「んー、『それは』みたいな」
「そ。あと、目的格のときは『それに』とか『それを』っていう意味にもなるね。で、今日やる it は何かを指して『それ』って訳さない it なんだけど、……はい、<アテナの黙示録22>を見てみましょ。
いがぁ、【1】から。時刻を表すとき、例えば、『今は10時です』って言いたいとき、日本語を見れば『今は』が主語っぽく見えるよね」
「うん」
「でもね、だからと言ってこれを、Now is ten o’clock.(×)とはしないのね。こういう場合は、it を主語にして、It is ten o’clock now. とする。よって、この it は『それは』とは訳さないよ。だって、『それは今10時です』じゃあ、何か変じゃん」
「たしかに」
「日本語には訳さないけど、主語がなければ英文として成り立たないわけだから、当然、この it は省略することはできないからね」
「何か、めんど」
「おい、それ言うな」
「はい」
「『これは本です』も、敢えて『1冊の』とは訳さないけど、This is a book. みたいに a が必要だったでしょ」
「たしかに」
「ここまで、いい?」
「o’clock って、『時』?」
「そ。of the clock の略ね」
「おぉ、何か、かっけー」
と、ヘラクレスが目を丸くする。
――そうかなぁ? ま、何をカッコいいと思うかは人それぞれだから、いっか。
「時刻をたずねる疑問文でも、やっぱりこの訳さない it を使うよ。例2)にあるように、What time is it now? は『今は何時ですか』っていう意味ね。疑問文だから、is が主語の it の前に出てるわけだ」
「なるほど」
「まぁ、what(何)みたいに、yes/no で答えられない疑問文をつくる単語を疑問詞、っていうんだけど、これについてはまた後日詳しくやりますんで、今日のところは表現を丸暗記しとこ」
「ウッス」
「てなわけで、【2】を見てちょ。
曜日・日付を表す文でも、この訳さない it を使うよ。例えば、『今日は日曜日です』って言いたいときは? テキストを見ながらでいいよ」
「It is Sunday today.」
「そ。『今日は7月25日です』だったら?」
「It is July 25 today.」
「てことねん。OK?」
「ウッス」
「んで、次、【3】を見てちょ。
天気・寒暖・季節を表す文でも、この訳さない it を主語にするよ。例えば、『昨日はたくさん雨が降りました』っていうときは?」
「It rained a lot yesterday.」
「そ。『昨日は』が主語っぽく見えるからと言って、Yesterday rained a lot.(×)な~んてやらないように」
「ウッス」
「この場合の rain は『雨が降る』っていう動詞ね。『昨日』の話だから、過去形の rained になってるわけだ」
「フムフム」
「はい、過去を表す語句、7個」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。はい、yesterday から」
「yesterday」
「それから?」
「……」
「はい、ノート、ノート! なければ、<アテナの黙示録11>を調べるべし!」
慌てて調べるヘラクレス。
「あった! yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day」
「おしっ。復習を忘れずに」
「ウッス」
「はい、次、未来形を使った表現、『明日は暑いでしょう』は?」
「え~と、It will hot tomorrow.(×)」
「まてまてまてまて、hot(暑い)は動詞じゃないから、be動詞が必要よん。will のうしろは動詞の原形、……よって?」
「It will be hot tomorrow.」
「そのとーし! はい、未来を表す語句、7個」
「ゲッ、……少々お待ちを」と、テキストを調べるヘラクレス。「あった! tomorrow, next ~, soon, in +時間を表す語句, hope (that) のうしろ, this evening, some day」
「おしっ。復習を忘れずに」
「ウッス」
「はい、次、『今、オーストラリアでは冬です』だったら?」
「It is winter in Australia now.」
「てことねん。OK?」
「オッケーっす」
「んで、最後、【4】を見てちょ。
いがぁ。距離を表す文でも、この訳さない it を主語にするよ。はい、例1)、『ここから駅まで2マイルです』を英語で言うと?」
「It is two miles from here to the station.」
「そ。from ~ to … は『~から…まで』っていう意味の熟語ね。この機会に覚えましょ」
「ウッス」
「例2)は入試レベルの英文になるけど、距離のたずね方ね。How far is it from A to B? で『AからBまでどれくらいの距離ですか』っていう意味になるよ。『ここから駅までどれくらいの距離ですか』であれば、『ここ(=here)』がAで、『駅(=the station)』がBにあたるね。そうすっと?」
「How far is it from here to the station?」
「てことさ。OK?」
「ウッス」
「ほんじゃあ、<スピンクスの謎22>でもやってみっか。
はい、(1)から、……答え入れて読みぃ」
「“What time is it now?” “It three(×)”」
「ん・ん・ん、チョイ待ち。2つ目の( )は It だけだと、文中に動詞がないぞ」
「ん?」
「『です』にあたるbe動詞が必要だよね」
「そっか。てことは、It’s だ」
「そのとーし! ( )が1つしかないから、It is を縮めて It’s にすればいいね。こういう問題では、そういうところも注意よん」
「ウッス」
「んで、次、(2)、答え入れて読みぃ」
「“What’s the date today?” “It is August 5.”」
「そ。日付けを表す文でも、it を主語にするよ。はい、次、(3)、答え入れて読みぃ」
「It’s very warm today.」
「そのとーし! よくできた。( )が1つしかないから、It is を縮めて It’s にすべきだよね。おしっ、次、(4)、答え入れて読みぃ」
「“How far is it from here to the zoo?” “It’s three miles.”」
「そ。これは距離をたずねるときの決まり文句だ。いでしょ。はい、ラスト、(5)、答え入れて読みぃ」
「we have much rain in June. It rains a lot in June.」
「そのとーし! もとの文を直訳すると『私たちは6月にたくさんの雨を持っています』ってなるけど、それじゃあチョット日本語らしくないんで、要は『6月にはたくさん雨が降ります』ってことだから、天気を表す it を主語にして『雨が降る』っていう動詞 rain を使って書き換えればいいね。ところで、なんで rain に s がついてるの?」
「複数形だから」
「おい! この rain は動詞だぞ」
「あ、そっか。it が主語だからだ」
「そ。3人称単数主語のときの一般動詞の現在形は、原形に s をつけた形になるんだったよ。大体、名詞だとしても、rain(雨)は数えられない名詞だからね、複数形なんてないからね」
「そうだった」
「だから、もとの文で『たくさんの雨』っていうときの『たくさんの』は、many じゃなくて much を使ってるわけだ。この辺、怪しければ、<アテナの黙示録20>を復習しとくべし」
「ウッス」
「てなわけで、どっか、通して、質問ある?」
「特にないです」
「おしっ。んで、本日終了。おつかれさ~ん」
キッチンの方から、母アルクメネの声がする。
(ヘラクレス、……終わったの?)
「終わったよー!」
(じゃあ、このイノシシの皮をはいでくれるぅ? あ、あと、牙、もいでちょうだい。 ぼたん鍋、作るからぁ、……)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?