第27話 アウゲイアス牧場の怪
27. 命令形/Let's +動詞の原形〜.
(8月20日 ヘラクレス宅⑤)
ヘラクレスは山中を走る4両編成の電車に揺られながら、あるチラシを読んでいた。
アルバイト募集
体力に自信のある方大歓迎!
職種:牛小屋の掃除
報酬:牛100頭
応募:随時
お問い合せはアウゲイアス牧場(奥新川駅から西へ徒歩30分、吊り橋を渡ってすぐ)まで。
このチラシは昨夜、アポロンからヘラクレスのもとへ届いたものだった。
これが第5の課題か。――
ヘラクレスは改めて、その内容に目を通した。
報酬:牛100頭
この場合、ソン太なら、100頭の牛を引き連れて牧場を経営しようと考えるだろう。
オルっぺであれば、恵まれない子供たちのために施設に寄付しようと考えるかもしれない。
しかし、偉大なる英雄ヘラクレスは違った。
「おっしゃー! 牛丼、何杯食えるんだー!」
「うるせっ、コノォ、ビックリすっぺっちゃ」と、向かいに座っているお爺さんに怒られるヘラクレス。
「ゴ、ゴメンなさい、……つい」
「ほぉ、なかなか素直じゃのぉ、……カッカッカッ」
「……、ども」と、ヘラクレスは間が持てず、すぐさま窓の外に視線を移した。
さっきまで街中を走っていたはずなのに、いつの間にか辺りは農村地帯になっていた。
やがて、民家もぽつりぽつりと目に入る程度になり、電車はいよいよ山岳地帯に入っていく。――
電車の一人旅というのは不思議なもので、窓から見慣れない風景を眺めていると、普段は考えないようなことを考えてみたりするものである。
それは今、見事な渓谷の車窓をただぼんやりと眺めているヘラクレスもまた同じであった。
自分は何のためにこんなことをしているのか。
12の課題を全てやり終えたとき、そこには何が待ち受けているのだろうか。
そう考えると、ただ目の前の課題をこなすことだけに夢中になっている自分が、何だか滑稽に感じられてくるのだった。
そんなヘラクレスをよそに、電車は予定通り、奥新川駅に到着した。
同時にヘラクレスも元の自分に戻り、また目の前の現実を精一杯生きることになる。
電車を下りると、そこは無人駅だった。――
辺りは木々の緑に囲まれ、近くに川があるのだろう、水の流れる音が真夏の暑さを和らげてくれる。
奥新川(おくにっかわ)。――駅は無人駅で奥羽山脈の山間に位置し、新川川に面している。駅前から東西にハイキングコースがあり、沢や渓流づたいに散策することができる。夏はバーベキュー、秋は芋煮会と、知る人ぞ知る秘境である。
「よし、行くか」
ヘラクレスは川沿いの山道を奥へ奥へと進んでいく。
30分程歩くと、左手に川を渡る吊り橋が目に入ってきた。
今にも落ちそうな古い吊り橋だった。
吊り橋の脇には、「Danger! Don’t cross this bridge.[デインヂャ! ドウントゥ・クロス・ズィス・ブリヂ](危険! この橋渡るべからず)と書かれた立て看板があった。
「何、なに? ダンゲル? ドント、クロス、ズィス、ブリドゲ、……はぁ? 意味わからん」
意味もわからないまま、ヘラクレスは見るからに老朽化したその吊り橋を渡ろうとしたが、見下ろすと、川面までは10メートルはありそうだった。
「怖ぇえええ」
ここから落ちたらどうなるのかと考えているうちに、以前、自宅の2階から先生といっしょに落ちたことを思い出したヘラクレスは、一人含み笑いをするのだった。
さて、吊り橋の手すりに手をかけたものの、最初の一歩をなかなか踏み出せないでいると、――川の中央辺りに大きな岩があるのだが、――その上で1羽のカワセミがじっと川面を見つめているのに気が付いた。
どうやら、川で泳いでいる魚を狙っているらしい。
鮮やかなブルーとオレンジの羽毛に包まれたカワセミは、鋭いくちばしを川面に向けたままピクリとも動かない。
だが、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで川に飛び込み、見事に獲物を捕えると、何事もなかったかのようにまた、岩の上に戻ってきた。
「すげぇ」と、ヘラクレスが感心していると、カワセミは「どうだ」と言わんばかりに、魚を咥えたまま、ヘラクレスの方を見やった。
すると、カワセミはヘラクレスに向かって、「今だ、行け!」と、言い放った。
それを聞いたヘラクレスは、「よしっ」と、あろうことか、目の前の吊り橋を全速力で走って渡っていった。
これには、さすがのカワセミも度肝を抜かれ、自分はただ、「イワナ、見て♪」とヘラクレスに言ったつもりなのに、あのバカは何を考えているのだと訝りながら、捕りたての魚を旨そうに丸呑みするのだった。――
いつ落ちるかもわからない吊り橋をあり得ないスピードで渡り切り、3メートル程の岩壁をよじ登っていくと、眼下には山中とは思えない大草原が開けていた。
「ここか?」
が、牛の姿はどこにも見当たらない。
すると、
「ようこそ、アウゲイアス牧場へ」と、ヘラクレスの前に1人の老人が現れた。「わしは牧場主のアウゲイアスじゃ。今回の募集にたくさんの応募があったが、ここまで来たのは君が初めてじゃよ」
この時点で、ヘラクレスの息は十分切れていたが、老人の言葉に感化されたヘラクレスは、息を整え、老人の顔を見た。
「あれ? さっきのお爺さんじゃん。あ、ヘラクレスです。先程はすみませんでした。よろしくお願いします」
「カッカッカッ、……Don’t mind! どぉれ、早速、わしの牛小屋に案内するとするか」
と、アウゲイアスは西の方を指差した。
「え? あれ?」
確かに形は牛小屋だったが、それは「小屋」と言うにはあまりにも大きく、体育館か市民ホールを何棟も連ねたような建物だった。
聞けば、アウゲイアスはこの牛小屋で3000頭の牛を飼っており、しかも30年間1度も掃除したことがないと言う。
言わずもがな、小屋の中は悪臭が漂い、その最たる元である牛3000頭30年分の糞が所狭しと積み重なっていた。
「くっさー! 何、この糞。牛だけに、ぎゅうぎゅう詰めじゃん」
「カッカッカッ、……おぬし、なかなかやるのぉ。じゃあ、あとは頼んだぞ、……ヘラクレス」
そう言い残して、アウゲイアスは去っていった。――
「ただいまー!」
「おかえ、……ウッ、臭っ」と、ゼウス。「お前、どこで何してきた?」
「あら、ヘラクレス、おかえ、……ウッ、臭っ」と、アルクメネ。「てめぇ、どこで何してきたんじゃ、ゴラァ!」
「え? ちょっと、アルバイト」
「アルバイト?」
「うん。牛小屋の掃除」
「ほぉ、んで、いい小遣い稼ぎにったな」
「どぉあああ! 報酬、貰うの忘れたー! 俺の牛丼がぁあああ」
と、肩を落とすヘラクレスだった。
「どぉれ、……ウッ、臭っ」
「すみません、……ちょっと、牛小屋の掃除してきたもんで」
「あ、そうなの。そりゃあ、ご苦労さんでした」
「まったく、糞まみれにはなるわ、報酬は貰い損ねるわで、モー、……フンだりけったりだよ」
「上手い!(パンドラの父ちゃんに聞かせてやりたい) まぁ、そういうこともあるさ、……いい経験をしたと思って、次につなげましょ。どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『命令形/Let’s +動詞の原形~.』ね。早速、<アテナの黙示録27>をご覧あそばせ。
いがぁ。【1】から。相手に『~しなさい』って命令するときは、主語を省略して動詞の原形で始める、ってことね。例えば、例1)。『早く起きなさい』って言うときは」
「Get up early.」
「そ。You get up early. だったら、『あなたは早く起きます』っていう意味になるけど、you を省略して動詞の原形(=この場合は get)で始めると、『早く起きなさい』っていう命令文になるよ。『走れ』だったら?」
「Run.」
「そ。単語1語でも立派な命令文だからね。文の始めは大文字、終わりにはピリオドをお忘れなく」
「ウッス」
「はい、次、例2)。『~して下さい』みたいに相手に頼んだり、丁寧に言うときは、文の始めか終わりに please をつける。よって、『私を手伝って下さい』って言うときは」
「Please help me.」
「あるいは?」
「Help me, please.」
「てことね。OK?」
「オッケーっす」
「んで、次、例3)。誰かに、例えば、ケンに呼びかけて、『ケン、急ぎなさい』っていう場合」
「Ken, hurry up.」
「そ。あるいは?」
「Hurry up, Ken.」
「そ。まぁ、コンマで区切って名前を付け足せばいいってことね。Ken hurries up.(ケンは急ぎます)っていう普通の文と区別するようにね」
「ウッス」
「んで、次、例4)。動詞がbe動詞の場合は、原形の be で始めるよ。例えば、『静かにしなさい』だったら?」
「Be quiet[クワイエトゥ].」
「そ。これを、Is quiet.(×)とか、Are quiet.(×)とはしない、ってことね。OK?」
「オッケーっす」
「おしっ。んで、【2】にいこう。
いがぁ。否定の命令文、つまり『~してはいけない/~するな』みたいに、相手に何かをするのを禁止するときは、<Don’t +動詞の原形~.>で表すよ。例えば、『ここで走りなさい』だったら、Run here. だけど、『ここで走ってはいけない』だったら? 例1)だな」
「Don’t run here.」
「てことね」
「なるほど。じゃあ、Don’t cross this bridge. って?」
「『この橋を渡るな』ってことだろうね」
「ゲッ、渡っちゃった」
「ん?」
「今日、そういう看板があったもんで」
「まぁ、無事だったんなら、Don’t mind[マインドゥ]. ってことで」
「あ、それ、どういう意味ですか」
「『気にするな』ってことさ。よく、『ドンマイ、ドンマイ』って言うじゃん」
「な~るほど、そういうことか」
「OK?」
「ウッス」
「んで、例2)。be動詞の否定の命令文は<Don’t be ~.>で表すよ。よって、『うるさくしてはいけない』だったら?」
「Don’t be noisy.」
「そ。イコール、『静かにしなさい』ってことだから?」
「Quiet.(×)」
「ノーノーノーノー、quiet は『静かな』っていう形容詞だから、be動詞が必要よん」
「あ、そっか。じゃあ、Be quiet.」
「そ。ここまで、いい?」
「はい」
「おしっ。んで、【3】にいくぞよ。
いがぁ、『~しましょう/~しよう」って、相手を誘うときは、<Let’s +動詞の原形~.>で表すよ。よって、『いっしょに行きましょう』だったら?」
「Let’s go together.」
「そ。答えるときは、『はい、そうしましょう』だったら、Yes, let’s. ね。『いや、やめましょう』だったら」
「No, let’s not.」
「そだ。ちょっと変わった答え方だね。会話では、That’s a good idea.(それはいい考えです)な~んて答えるときもあるよ」
「フムフム」
「ちなみに、let’s は let us の略ね」
「let is(×)かと思った」
「じゃ、ないんだね」
「じゃあ、let って、何だ?」
「もともとは『~させる』とか『~するのを許す』っていう意味の動詞なんだけど、まぁ、ここでは、相手を誘うときの決まり文句ってことで、Let’s を覚えときましょ。で、意味も大事なんだけど、もっと大事なのが、うしろは必ず動詞の原形、ってことね。今の場合、Let’s going(×)な~んてやらないように。OK?」
「ウッス」
「んで、【4】。
いがぁ。『~しなさい、そうすれば…』って言うときは、<命令文~, and …>で表すよ。よって、例1)、『急ぎなさい、そうすればあなたはその電車に間に合うでしょう』だったら?」
「Hurry up, and you will catch the train.」
「そ。and のうしろの文は未来の話だから、<will +動詞の原形~>を使ってるわけだ」
「フムフム」
「じゃあ、例2)、『急ぎなさい、そうしなければあなたはその電車に乗り遅れるでしょう』だったら?」
「Hurry up, or you will miss the train.」
「そ。これも、or のうしろは未来の話だから、<will +動詞の原形~>を使ってるわけだ」
「フムフム。あれ? 今の、Hurry up, or you will not catch the train. じゃ、ダメっすか?」
「もちろん、いいよ。『急ぎなさい、そうしなければあなたはその電車に間に合わないでしょう』ってことね。ただ、せっかく『乗り遅れる』(=miss)っていう単語があるんで、こっちを積極的に使いましょ」
「ウッス」
「てなわけで、<スピンクスの謎27>、Let’s try! ……って言われたら、何て答えるんだっけ?」
「え? んー、……」
「はい、テキスト、テキスト」
「あった。Yes, let’s.」
「そのとーし!
んで、(1)から、答え入れて読みぃ」
「Show me your notebook, please.」
「そのとーし! ところで、なんで?」
「え? 『なんで?』って言われても、主語がないし、……最後に please があったりなんかして」
「そのとーし!」
「え? いいの?」
「いいよぉ。立派な理由になってるよ」
「おっしゃー!」
「はい、意味は?」
「私にあなたのノートを見せて下さい」
「おしっ。んで、次、(2)、……答え入れて読みぃ」
「Don’t be afraid of mistakes.」
「そのとーし! ところで、なんで?」
「Don’t のうしろは、動詞の原形!」
「そ。is/am/are はbe動詞の『現在形』だからね。いでしょ。はい、意味」
「afraid って?」
「afraid[アフレイドゥ]は『恐れる』、……と言っても、動詞じゃないよ。だから、be動詞を使ってるわけで」
「てことは、『失敗を恐れるな』ってことか」
「そ。まさにチミに捧げる言葉」
「ガハハハ」
「はい、次、(3)、……答え入れて読みぃ」
「Let’s play baseball.」
「そのとーし! ところで、なんで?」
「Let’s のうしろは、動詞の原形!」
「そ。ちなみに、『はい、そうしましょう』だったら?」
「Yes, let’s.」
「おぉ、じゃあ、『いや、やめましょう』だったら?」
「No, let’s not.」
「そだ。No のときは、not をお忘れなく。はい、意味」
「野球をしましょう」
「おしっ。はい、次、(4)、……答え入れて読みぃ」
「んー、……late って、何すか?」
「そだね、late[レイトゥ]の意味がわからないと、答えは出せないからな。<be late for ~>で『~に遅れる』」
「てことは、Hurry up, or you will be late for school.」
「そのとーし! 意味は?」
「急ぎなさい、そうしなければあなたは学校に遅れるでしょう」
「そ。ちなみに、選択肢の but は『しかし』、so は『だから』だけど、命令文のうしろで使えるのは、and か or だからな。and は『そうすれば』の意味だから、この場合はちょっと変。よって、or が正解。はい、最後、(5)、……英作文」
「Careful, Mike.(×)」
「チョイ待ち。careful[ケアフル]は『注意深い』っていう意味の形容詞で、動詞の原形じゃないぞ」
「てことは」
「be動詞が必要、ってことだな」
「じゃあ、Be careful, Mike.」
「そ。あるいは、Mike, be careful. でも、いでしょ。はい、通してどっか、質問ある?」
「ないっす」
「おしっ。んで、本日終了! あとは、さっさと風呂に入るべし。 Hurry up!」
バキバキバキバキッ
素直なヘラクレスは暴れ牛のごとく、部屋の壁を突き破って風呂場に駆けていった。
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