あなたは読めるか except for Iraq
noteに登録したことで、忘れないでおこうと思ったことを記録する習慣ができた。
私の場合、この「忘れないでおこう」は、新しく経験した何かというよりは、
今世の中で起こっていることに対して自分の過去の経験や価値観と照らし合わせて感じたこと、思いついたこと がほとんどだ。
そんな今、私のSNSのTLや私の頭の中は黒人差別解放運動のblacklivesmatterでいっぱいだ。
SNSを見ていると本当に様々意見がある。
特に私はダンスや音楽を嗜んでいたのでブラックカルチャーに詳しい人、今なおどっぷり浸かっている人、はたまた恩恵に預かっている人が多いこともあり、非常に盛り上がっている。
見て見ぬ振りをするのは無関心で悪だ、発信しないのは悪だ、発信しろとか強制するのは悪だ、自分自身で関心を持っていれば良くない?などなど。
正直一介の主婦となった今では、何が答えであろうがどうでもいい。というよりは対岸である私達が、身内で議論するならまだしも、単純な悪言を含めて言い争っている姿はあまりにも醜いとしか思えない。
さらにはこれだけ黒人文化を思いやる言葉に溢れ、日本国内で議論されているにも関わらず未だに若者間でも中国人に対する蔑視が止まないのは形容し難い違和感だ。(韓国人に対しても同様だが、これに関しては10−30代にはごく一部を除いて当てはまらないと感じる。あくまで都市圏において、だが。)
そんな感情と向き合う中で1つの記憶が思い浮かんだ。
当時は私にも立場があったので表立って意見することは出来なかったが、絶対に私の中だけで収めていい問題ではない。
これから私が書くことは、告発ととられかねないが、そういった意図ではないことも記しておく。そして全て事実である。
私は関西にある私立大学に正規職員として勤務していた。短大や高校も併設するそれなりの規模の大学である。少子化の最中で周辺大学が次々に合併や廃学していた時期であったが、何とか定員を稼ぎ、安定した経営だったと思う。
学生の中には私費留学生も多かった。私費留学生の多くは、自国の高等教育機関を卒業後来日し、大学入学に最低限必要な日本語を民間の語学学校で学び、そのまま日本の大学に留学生入試で入ってくるパターンだ。
来日する上でのビザはこの語学学校のサポートで発給され、大学進学が決まればそのまま卒業時まで延長される。更新サポートは、各大学の留学生センターで行われる。今時は、大抵の大学にセンターは設置されている。
私は私費留学生ではなく交換留学生の担当であった。
交換留学生というのは短期間のみ提携先の大学から派遣される学生のことで、当然ながら在籍期間のみ学生ビザが発給される。大きな総合大学では単位互換を前提とするが、小規模大学においては提携校交流の意味合いが強く、多くは半年〜1年間だ。
これはどこの国にも言えることだが、ワーキングホリデー以外の長期滞在ビザの発給には非常に手間も時間もかかり難易度も高い。
そのため、学校では資格保有者が母国にいる学生本人に代わって代理申請するケースがほとんどだ。私はいわゆるその資格保有者だった。
私が必要書類を用意して入国管理局に提出すれば、連休や年末年始でない限りまぁ2週間程度でビザはおりる。
とある留学生のビザ申請の準備をしていた。
事前に北欧の提携校から受け取っていたデータから、氏名を見てアラブ系だなとは思っていた。パスポートのコピーを見て彼がイラン国籍であることを知った。そして、ヨーロッパにおける滞在資格に「refugees」という文字を見た。
難民だ。
単語として知ってはいたものの、目にしたことも使う機会も無かったので印象的だった。
とはいえ彼のパスポート自体はイランが発行したものではなく現在住む国から発行されたものであるし、まぁそんなこともあるだろうと思った。
詳しくは知らないが、本人がそうでなくとも所謂二世でも表記されるのかな程度に思った。
送られてきた志望動機書もポートフォリオもしっかりしているし、日本留学への情熱も感じた。既にヨーロッパの大学には4年間在籍している。
いつものように申請をし、留学生本人に「資料ありがとう〜私のとこにビザ届いてから国際郵便で送るから1ヶ月くらいかな?待っててね〜」と軽い感じで日本からメールを送った。
1ヶ月経った。入国管理局からビザが送られてこない。
学生からもどうなっている?と催促のメールが届く。
流石に1ヶ月はおかしい。他の学生のビザは続々届いている。
私の書類に不備があったか?でも窓口で確認したしな。
不備あったなら連絡の1つもよこすだろう。忙しいのかな。
と思いながらも上司に怒られるのも嫌なので、入国管理局に問い合わせた。受付番号も申請日も控えていた。
すぐ確認します、と電話を切ったが折り返しは無かった。
2.3日後。入国管理局から通知が届いた。
彼のビザは認可されなかった。
この事態には流石に慌てた。提携先の留学生がビザの関係で入学でいないなんて大ごとだ。そして私が働いていて認可されなかったのは初めてである。
留学生センターの先輩、また国際交流に詳しい教授に相談をすると、可能性として考えられるのは彼が入国NGリストに記載されているのでは無いか?ということだった。例えば自国での犯罪や、国際手配のケースだ。しかしそんな人間が真っ当な方法でビザを申請する筈ない。
兎にも角にも彼にこの状況を報告しなければ。彼は既に日本行きのチケットも買っているのだから。
私は日本人らしく、なるべくオブラードに包んで、やんわりと
『ビザ降りなかった。何か心当たりはない?』 と送った。
翌日、彼から長文で怒りのメールが届いた。fu●kとsh●tの応酬だ。めっちゃキレてる。
メールには、「お前ら日本人は俺が難民だから拒否したんだろう。くだらない。差別民族め。俺は日本で勉強したいだけなのに。俺は確かに難民だが、もうイランに帰るつもりもないしこの国から移住するつもりもない。」
と書いていた。
上司は、ビザだけはどうにも出来ないから提携校にお詫びして断る?あー学長に怒られるかな、なんて言ってた。私もこんな口の悪い学生の面倒見たくない。
お断りだ。
ただ私自身納得できなかったので、彼には「少し待ってほしい、頑張るから」とメールを打った。彼は酷い口調のメールをすぐに詫びてくれた。悪い奴じゃない。
その後私は、上司の許可をとり入国管理局に問い合わせた。ビザ不認可の理由を教えて欲しいと。
管理局からの回答には、「イラン以外入国禁止とパスポートに記載されておりますので」だった。
母国以外ダメ?そんなん書いてたか〜??と改めて彼のパスポートのコピーをよくよく見ると、彼の渡航可能な箇所に
『except for Iraq』
これだけだった。つまり、イラク以外なら渡航できると。
え、イラクじゃん。イラン関係ないじゃん。ってかそもそも「渡航可能」の箇所に書いてるわけだから、イランとイラク勘違いしたとしてもイラン以外渡航OKって意味になるじゃん。日本OKじゃん。
上記の内容を再度入国管理局にぶつけた。英語読み間違えてますよね?ちゃんと書類見てます?辞書使いました?ってハッキリ言うたった。
そしてこれでは納得できないので、もう一度発行手数料を払ってもいいので再審査に回してくださいと伝えた。自腹を切る覚悟だった。
折り返しの電話はなかった。
2日後に速達でビザ認可の通知が送られてきた。
私は彼にビザを送り、無事彼は日本への入国を果たし、半年間学んで帰国した。
イランではなく、彼の住んでいたヨーロッパにだ。
笑顔で帰ってくれたが、満足してくれたかはわからない。
以上が顛末である。ただただ、つらつらと起こった事象を時系列に書いただけだが、ここにあるのは純度100%のレイシズムとヘイトである。
■彼のパスポートに書いてある『難民』の文字
■彼の母国が『イラン』であること
■多くの人のパスポートには記載されていない渡航可能国の欄
このフィルターを通じて偏見し、脳内で処理した結果「except fot Iraq」を読み違えることになった。
入国管理局は国家公務員だ。試験もある。そんなにアホはいない。特に直接対面する審査官においては2.3ヵ国語くらい話せて当たり前の人間しか働いていない。
そんな人間が、中学生レベルの英語を誤読するのだ。
今回がパスポートで予備知識を得た上での入国審査ではなく、試験問題として彼らに出されていたなら決して間違うことはなかっただろう。
レイシズムは低レベルな問題ですら読解力と理解力を奪うのだ。
そして彼のビザが降りなかった時、皆が「彼が何か自国で悪いことしていてNGだったんじゃない?」と言った。そりゃそうだ。あの国際交流のプロである入国管理局がダメと言ったんだから、よっぽど彼はダメなのだろう。そう判断するのも仕方ない。すごい人がそうだと言ったんだから、そうなんだ。
この画像は、当時私が模索していた中で見つけたものだ。
頭を思いっきり殴られたようだった。
レイシズムと一言で言っても、それは外見やバックボーンだけで生まれているものではない。外見やバックボーンは【目に見える事実】だからだ。
レイシズムが生まれるのは、イメージによる偏見=prejudice と、後は社会的な力=social power だ。
今回のpowerは役所である。
役所が誤った判断をする筈ない、という私たちの偏見ももちろんそこにはある。
黒人は肌の黒さだけで差別を受けている。そんなことない!黒い肌美しい!ブラックヘアもかっこいい!私黒人好き!
これは私の意見だけど、彼らはもう肌の黒さで悩んでいることはないと思う。
だから黒い肌かっこいいなんて言葉はすごく浅く聞こえてしまう。だから私は馬鹿にする意図ではなかったのに、黒塗りして炎上するメディアにも違和感を感じる。
何故ならもしこの世からレイシズムがなくなったとして彼らが白い肌を選ぶと思えないからだ。
人種差別の話に及ぶと、肌の色だけで会話を進めてしまうけど、本当に問題があるのは色じゃないんだ。目に見えないprejudiceとsocial powerなんだ。
彼らが訴えているのは、その見えない力の消滅なんだ。だからその見えない力を、目に見える暴力で訴えているのかもしれない。
その見えない力を打ち消すために、見えない力が必要なのであれば、私は喜んで手を貸そう。
一介の主婦である私がその力を発揮できるのは、レイシズムを目の当たりにしたときに後から意見を言うのではなく、その場でつっこむことだと思っている。
関西人だからね。
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